第三話 道化師
現在、俺とアルフィンはロックスタ砦の司令部にいます。食べていいと言われて受け取ったお菓子がめちゃくちゃ美味くて感動しております。
「待たせたな」
そう言って部屋に入って来たのは金髪(目つきは悪くない)の20代ぐらいの大柄な男だった。
彼の名はザイン・ヴァゼック
この砦の最高責任者であり、王国最強の剣士として慕われているらしい。
まさか、ゲームで会うことができなかった英雄をこの目で見ることができるとは・・・感動だぜ!
「とりあえず、部下には待機するように言っといたから、安心してくれよ」
「ありがとうございます、ザインさん」
「いいってことですよ。で、何から話しましょうか」
そう言って真剣な表情になるザイン。彼から感じる魔力は、以前戦った七魔導の一人であるレイン・レーグスよりも高かった。
「どうしてカサールに攻撃を仕掛けるんですか」
そう質問したのはアルフィンだ。確かに、ゲームでも王国は帝国に対して防戦一方で、最後のほうでやっと帝国軍を撤退させるのだ。
なのになぜ突然攻勢に出ようとしているのだろうか。
「それは、国王様からの命令だからですよ」
「っ・・・、お父様の?」
「昨日、国王様が直接この砦にお越しになってね。帝国軍が北方の攻防に全力を注いでいる隙にカサールを占領しろとのことです」
「で、でも、お父様がそんな命令出すはずがありません!あれだけ戦うことを嫌がっていたのに・・・!」
「いえ、確かに国王様直々の命令ですよ」
どうやら本当に国王からの命令でこの砦の兵達はカサールを攻め落とそうとしているらしい。
「そ、そんな・・・」
確かにアルフィンからすれば信じられないのだろう。誰よりも戦いを避けようとしていた父が、手薄になった街に攻撃を仕掛けようとしているのだから。
「国王様には後で兵を一人遣わします。アルフィン様の無事を知ればきっと安心するでしょう」
「・・・・・・」
「ですから、この作戦が終わるまで、ここで待っていてくださいよ。おーい、黒髪君」
声を掛けられ、俺は顔を上げた。
「アルフィン様のこと、宜しく頼むぜ」
そう言ってザインは立ち上がると、再び部屋を出ていった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が辛い。
「その、大丈夫か?」
「大丈夫・・・だと思う」
「でも、本当にアルフィンのお父さんがそんな命令を出したとおもうか?」
「ううん、思わないよ。だって、お父様は・・・」
とうとうアルフィンは泣き出してしまった。優しい父がそんなことをするはずがないと信じていたから辛いのだろう。
「うーん」
本当に国王の命令なんだろうか。彼はゲームでも出てきたが、最後まで一度も帝国領内に攻撃を仕掛けたことはなかった。
その時、外で兵士達の声が響いた。窓から覗くと、彼らは大型船に乗り込み、カサール川を渡り始めていた。
本当に戦うつもりなのか・・・。
カサールは割といい街だった。そんな街がこれから地獄と化してしまう──────あ。
そうだ、そうだった。今カサールには、エリナがいる。
このままでは戦いに巻き込まれてしまう。ゲームでの彼女は強力な魔法をバンバン使えていたが、今の彼女はまだ旅に出ておらず、魔法も覚えていないはずだ。
「アルフィン、まずいぞ」
「え・・・?」
「カサールにはガルムさんやエリナがいるんだ」
「あ──」
くそっ、こんなところで待機してる場合じゃない。
「ま、待って、カサールに行くつもり?」
「ああ、このままじゃエリナ達が危ない!」
「どうやって川を渡るの!」
「ぐっ、それは・・・」
次の瞬間、爆発音が鳴り響き、外を見ると、煙を上げながら沈んでいく王国軍の大型船がみえた。
「なっ・・・!」
「今のは・・・!?」
次々に爆発していく王国の船は、帝国領に辿り着く前に川底へと消えていく。
「どういうことだよ・・・」
帝国軍は今北方のほうに集中しているんじゃなかったのか?なのにどうして王国の奇襲に対応できているんだ。
そのままカサールのほうに視線を移すと、街から煙が上がっていた。燃えている家も確認できる。
「なっ、王国軍はまだ攻撃を仕掛けていないはずだぞ!?」
なぜ街が燃えたいるんだ。さっぱり意味が分からん。
「み、みんなが・・・」
アルフィンは沈んでいく船を見つめていた。鎧に身を包んだ騎士達は、その重さで浮くこともできず、次々に水中に消えていく。
まさか、ザインさんもやられたのか?いや、あのレベルの人がそう簡単に死ぬはずがないか。
「くっ、アルフィンはここにいてくれ!」
俺は魔力を前進に纏わせると、窓から飛び降りた。4~5階くらいの高さしかないし、いけるいける。
「え、ちょっ、ユウ君!!」
そんなアルフィンの声を背に受けながら、俺の体は一気に下に落ちていく。そして、派手に地面を砕いて着地し、川沿いへと疾走した。
だが、あちら側に渡る手段が無い。泳ぐか?
しばらくそんなことを考えていると、アルフィンが砦のほうから駆けてきた。
「んなっ!?どうやって追いついてきたんだよ!!」
「部屋の中にあった非常用の梯子を使って降りてきた」
この王女様は、本当にとんでもないことばかりしてくれる。お父さんそれ見たら多分失神しちゃうぞ。
「で、どうやって川を渡るの?」
「ってついて来るつもりか!?」
「当たり前じゃん!」
「〜〜〜っ、まったく!とりあえず乗れる船とかがないか探してみる!」
そう言って辺りを見渡すが、船などどこにもない。本気で川を泳ごうかと考えた時、川の向こう側からガチムチのおじさんがこちらに向かって来ているのが見えた。
「おーい、お前さんら!」
「ガチムチさん!」
「ガルムだっつってんだろうが!」
間違いない、やつは本物のガチムチだ。
「ガルムさん、どうしてこちらに?」
「おー、嬢ちゃん、無事だったか。いやー、お前さんらを送り届けた後、カサールに戻ろうとしてたらよ、王国の船が凄いスピードで俺のことを追い抜いてきてな。そいつらを眺めてたら、突然船が爆発してよ。良く見たらカサールの方でも火が上がり出してよ、もう訳がわからねぇ」
んん?どういうことだ?王国の船が爆発したのと、カサールから煙か上がったのは同じタイミングなのか?
だとしたら、誰が船と街を攻撃しているんだ。
「ガルムさん、この舟貸してくれ!」
「ああん?まさかお前、カサールに向かうつもりか!?」
「ああ、知り合いがいるんでな」
「むぅ・・・」
「ガルムさん、お願いします!」
「たく、しょうがねえ、使いな!」
そう言ってガルムさんは舟を貸してくた。ありがたい。
「ありがとう、お礼はまた後でな!」
「いらねーよ、んなもん!それより、気をつけろ!」
「ああ!」
そして、俺とアルフィンは舟に乗り込んだ。さて、ゆっくりオールを漕いでても間に合わないな。よーし。
俺は舟の最後尾に立ち、魔力を手に集中させた。
「アルフィン、何かに掴まってろ」
「え、何かって──きゃあぁぁ!!」
手に集中させた魔力を一気に放つ。その勢いで舟は物凄いスピードで発進した。まだまだ!
減速する前に魔力を放ち、更に加速させる。煙を上げて沈みかけている王国船の横を通り抜け、ぐんぐんカサールへ迫って行く。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
アルフィンは必死に俺の足にしがみついていた。ごめん、後で土下座しよう。
ちらりと後ろを確認すると、もう陸に辿り着く寸前だった。よし、このまま────ん?
よく見ると、舟にカードのような物が刺さっていた。なんだあれ、トランプ?
次の瞬間、カードが燃え上がったかと思うと、勢いよく爆発した。
「うぉっ!」
「きゃぁぁ!」
俺は咄嗟にアルフィンを抱え、だいぶ近付いていた陸地に向かって跳躍した。
「よっと」
着地し、辺りを見渡す。今のは、恐らく魔導師による攻撃だ。
「あらら、まさかそんな大ジャンプで爆発を躱すとはね〜」
近くに生えていた木の上から声がしたので顔を向けると、そこには膨大な魔力を身に宿した女が立っていた。
「まさか、君がレインを返り討ちにしたっていう黒髪の男の子かな?」
「何?」
こいつ、まさか、七魔導か?
「ふふふ、私の正体が知りたいみたいだね」
そう言うと女は木から飛び降り、ふわりと着地すると、礼儀正しくペコリと頭を下げた。
「はじめまして、黒髪の少年君に王女様。私はベルフレア・フラッド、帝国軍所属魔導師、《七魔導》のNo.Ⅶよ」
「どーもはじめまして、なんで七魔導がこんなところにいるんだ?」
「ふふ、愚かな王国軍を返り討ちにするためだけど?」
「だったらなんでカサールが燃えてるんだよ」
王国軍はまだカサールに攻撃を仕掛けていない。なのになぜ街は燃えているのか。
「まさか、お前さんの仕業かい?」
「ふふ、ご明察」
「自分の国の街を燃やした理由は?」
「簡単なことよ。王国軍がカサールを攻撃したように見せかけるため。実際に街で戦闘が行われてたら被害はもっと大きかっただろーし」
「お前、国王さんのフリしてザインさんに嘘の命令送っただろ」
隣のアルフィンが目を見開いた。
「へえー、どうしてわかったのかしら?」
「アルフィンのお父さんは絶対そんな命令出したりしないし。国王さんに変装してザインさんに接触し、わざと王国が攻撃してくるように仕向けたんだろ」
「うんうん、その通り!これでようやくやっかいなロックスタ砦の連中に壊滅的打撃を与えられたってわけ」
「それに、お前の二つ名思い出した」
ベルフレア・フラッドはメモリアハーツの中盤辺りで登場する、使用してくる魔法がかなり厄介なボスキャラで、しょっちゅう変装しては物語に絡んできた。そんな彼女は、ゲーム内でこう呼ばれていた。
No.Ⅶ 『道化師』ベルフレアと。
「アルフィン、こいつは俺に任せてくれ。そっちは街の確認を頼む」
「でも・・・」
「大丈夫、俺強いから」
安心させるため、にっこり笑いかけると、躊躇いつつもこくりと頷き、彼女は街に向かって駆けて行った。
「ふふ、彼女を巻き込みたくなかったみたいね」
「別にそれだけじゃねーよ」
頭に思い浮かんだのは心優しいシスター見習いの少女。無事だといいが。まあ、そっちのほうはアルフィンに任せよう。
「さて、始めようか、道化師さん」
「ふふ、楽しませてあげるよ、黒髪の魔導師君」