第五話 星空と笑顔
南方の街カサール
王国との国境近くにあるこの街は、帝国の重要な防衛拠点として存在している。近くを流れるカサール川と、エルスの森が存在することによって、敵は簡単に街を突破することができないだろう。
そんな街に辿り着いた俺とアルフィンは、極力顔を見られないようにして、服を購入、その後近くの酒場で少し遅めの夕食をとっていた。
「うふふ、美味しいねぇ」
そう言ってニヤニヤしているのは、俺の反対側に座ってグラタンを食べているアルフィン王女だ。
ボロボロの服を捨て、パーカーに短パンという服装に着替えた彼女は、今から走りに行きます的な格好だった。
フードを被っているので髪の色でバレる危険性も少ない。
しょうがないだろう、お金持ってなかったんだもの。
倒したレインからこっそり頂いていたお金(この世界ではゴルと言う)を使い、購入した安物だ。
てか、レインのやつ、金欠だったのかな・・・。ごめんよ。
「普段もっと美味いものを食ってたんじゃないのか?」
「確かに王城のディナーは美味しいかったけど、こうして酒場とかでご飯食べるの夢だったんだぁ」
「ふーん」
本当に美味しそうに食べるな、この子は。あれか、美味しいのばっか食べてると飽きてしまうのか。
幸いそれなりにまだ人がいて、ワイワイ騒いでいるので、王城とかそういう単語を聴き取れたやつはいないだろう。
これからどうするかな。ふとそんなことを思った。七魔導をボコボコにしたんだ。多分指名手配されるだろう。そうなると帝国に留まるのは危険だな。
てか、七魔導をぶっ飛ばせるぐらいに強くなった俺だが、どうして急に力が上昇したのだろうか。魔法を使えるだけでも驚いたが、更に上のレベルに達することができるとは。
元いた世界から飛ばされて来るときに身についていた力なのか?
いきなり周りの動きが完全に停止すると共に手に入れたこの力。
うーん、謎だ。
「どうしたの、ユウ君」
「ん。ああ、アルフィンは本当に可愛いなと」
「ふぇっ!?」
ぼーっとしてたみたいだ。魔法のことは今考えてもしょうがないか。
「明日にはここを出て、王国に向かうか?国境近いし」
「国境を越えればロックスタ砦があるよ。そこに辿り着けたら安全だと思うけど」
ロックスタ砦は、めちゃくちゃ大きいカサール川の反対側にあり、ここからなら船を使うことで辿り着くことができる王国の防衛基地である。
王国最強の騎士と噂される男が在駐しているらしい。ゲームでは出会えなかったが。
とりあえず明日はそこに向かうことにしよう。
と、そこまで話をまとめたわけだが、よく考えたら今日泊まる宿探すの忘れてた。
「アルフィン、今日どこに泊まるよ」
「え、えーと、残りのゴル確認するからちょっと待ってね」
そう言ってアルフィンは小さめの袋からテーブルの上にゴルを広げた。
「夕食の分を引いたら、残るのは・・・」
「2ゴルて」
これではとても宿に泊まることなどできない。どうしたものか。
「じゃあ、今日は野宿だね!」
「ん、おお・・・」
王女様が野宿とか、嫌じゃないのか?めちゃくちゃ楽しみにしてそうな顔してるが。
「私、野宿とかしたことないから、してみたかったんだ〜」
「そうか、じゃあ野宿でいいか」
とりあえず代金を払って酒場を出て街を出た後、カサール川の横にある芝の上に二人で寝転がった。
空を見上げると、満天の星空が広がっている。
「これはすごいな・・・」
「綺麗だねぇ」
日本の都市に住んでいた俺にとって、これ程の星空を見る機会は今まで無かった。
「あの、ユウ君」
「なんだ?」
アルフィンに声を掛けられ、横に顔を向ける。思ったより近い距離に寝転がっていたので少し焦った。
「どうしてユウ君はあんなにすごい魔導師なのに、帝国に連れてこられたの?」
「あー・・・」
この世界の人からすれば、恐らく七魔導クラスの魔力を持っている俺が奴隷として捕まった意味が分からないのだろう。
言うべきなのか。俺がこの世界とは別の場所からやって来たことを。
「そうだなぁ・・・」
まあ、彼女これから行動を共にする仲間だ。信頼もできる。
言っても損はしないだろう。
「長くなるかもしれないけど、いいか?」
「うん、もちろん」
そんな返事を聞いて、俺はこの世界に来た経緯を説明し始めた。
『俺はこの世界とは別の場所から来たんだ』
一緒に鉱山を脱出した頼れる少年が口にしたことは、今まで聞いてきた話の中で、一番衝撃的だった。
彼は『日本』と呼ばれる別の世界の国で事故に遭い、気が付いたらあの地下牢の中にいたという。
レインを圧倒した魔法も、あの戦いの最中に突然使えるようになったものらしく、覚醒した原因が分からないらしい。
「と、いうわけで、俺はこの世界の人間じゃないんだ」
どこか悲しそうな顔でそう言う彼は、恐らく嘘はついていない。
「そう・・・なんだ」
気が付いたら見知らぬ世界に飛ばされて、彼も酷く混乱したはずだ。なのに、そんな様子を微塵もみせず、私を連れ出してくれたんだ。
「・・・悪ぃ、流石に信じられねーか」
「ううん、信じるよ」
即答すると、彼は少し驚いていた。
「ユウ君が嘘ついてないのは、目を見たら分かるよ」
「まじか、アルフィンもしかしてエスパー!?」
えすぱーとはなんだろうか。たが、こんな時でもふざけようとするのは彼らしい。
「その、帰りたくないの?」
そう聞いてみた。いきなりこんな戦乱の世に放り出されて不安だろう。だが、
「いーや、別に」
「えっ?」
「だって俺、多分死んじゃってるし」
「ぁ・・・」
そうだった、事故に遭ったんだ。なら、彼は生き返ったということだろうか。
「それに、せっかくこんな場所に来れたんだ。ちゃちゃっと戦争終わらせて、第二の人生を謳歌したいんだ」
と、彼は言った。元いた世界に未練もあるだろう。でも、自分にはどうすることもできない。それが悔しかった。
「う、うぅぅ・・・」
「えっ、ちょっ、アルフィンさん?」
星空の下、王女様と二人きり。いつの間にかお互い体を起こし、俺がこの世界にきた経緯を説明していると、急にアルフィンが泣き出してしまった。まじか、泣かせてしまうようなことを言っただろうか。
「ご、ごめっ・・・」
「な、なにが?」
「わ、私、ユウ君の力に、なれないしっ、それに、鉱山でもっ、見てることしかできなくて・・・」
そんな理由で彼女は涙を流したのか。別にこの世界に飛ばされてきたことも、帰れないことに彼女は関係ないし、鉱山での戦闘も、巻き込みたくないから下がらせていたのに。
なのに、自分の力不足を嘆き、涙を流してくれるなんて。
なんて優しい子なんだろう。ゲームではED直前にしか出てこない王女様。その時はどんな女の子かなんてまるで分からなかった。
恥ずかしがりだが優しくて、元気があって、思いやりがある。
他に知らないことは沢山あるが、半日共に過ごしただけで、彼女が素晴らしい人間であることをこの世界は教えてくれていた。
「気にすんなって。アルフィンは笑顔のほうが似合ってるぞ」
「う、うん・・・」
「力不足なんて、まだまだこれから補えるしな」
「うん・・・」
「だから、泣くなよ」
「うん」
そう言って頭を撫でてやる。髪の毛さらっさらだな。
「ユウ君・・・」
「ん?」
「ありがと」
暫く撫で続けていると、少し落ち着いたのか、彼女は顔を上げ満面の笑みでそういった。
突然の笑顔に俺は固まってしまった。あかん、これは破壊力ありすぎだって。
「おっ、おう!」
さて、そろそろ寝よっと。照れ隠しをするために明日に備えようと彼女に伝え、横になって目を閉じた。
しかし、先程の彼女の笑顔が頭から離れず、しばらく眠ることができなかったのだった。
「おはよー、ユウ君」
次の日の朝、目を覚ますとアルフィンは謎の果物を食べていた。林檎のような、オレンジのような・・・そんな果物である。
「はよー」
やべ、寝不足だ。まぶたを擦りながら、俺はゆっくり体を起こした。昨日、彼女の破壊力抜群の笑顔を見てから、なかなか寝付くことができなかったのだ。
「アルフィン、それなんの果物?」
「これはラキっていう果物だよ」
ラキ・・・ねえ。聞いたことねぇな。そのラキを一つ受け取り、口に運ぶ。
「うっま、なんだこれ」
めちゃくちゃ美味かった。絶妙な甘さが、俺の口に広がっていく。うへー、さすが異世界。
「ラキは、王国に行ったらどこにでも売ってるよ」
「こんなに美味しいのが食べ放題・・・だと!?」
「私達、お金持ってないけどね〜」
そう言う彼女は、どこか吹っ切れたようにみえる。
うんうん、それでいい。これからもっと強くなれる機会はあるんだからな。
「さーて、しばらくしたら出発しますか、ロックスタ砦に」
とりあえず顔洗お。そう言って俺は、巨大な川の反対側にある砦を眺めた。