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古の従者の再誕  作者: nanodoramu
一章 月氷華《げっひょうか》
8/13

七話 運命の出会い

 音が聞こえる。

 風斬音のような、破裂音のような、衝撃音のような。

 止むと同時に、次に聞こえたのは地響きだ。

 まるで地震のように、伝わってくる。

 それは、段々と大きくなった。


 薄っすらと眼をあける。

 そこには、未だに燃え続ける焚き火があった。

 焚き火の前には、座る赤い全身鎧姿のレイト。

 その姿を見て、ルヴィスの意識は覚醒した。


「なんの音だ……」


 寝ぼけ眼で、そう尋ねる。

 

「起きたのか……。これは結界式の音だろう、結界式は知っているか?」


「ああ、なんかシャルが言ってたな……」


 思わずルヴィスの口からでたのはシャルロットの事。

 案外と本人は気にしているのかもしれない。


「シャル……というのは友人か?」


「そう、友達かな? 女の神官なんだけど、なんか魔法みたいな事できる変な奴」


聖騎士(パラディン)か……」


 ルヴィスの答えに、レイトは静かに呟いた。


「そうそれそれ、なんか傷とか治せるんだ……白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)に囓られた俺の足も治してくれた」


「……命の巫女、今でも生まれるのか」


 小さなあ声で呟かれたそれはルヴィスには聞き取れなかった。


「え?」


「いや、何でもない……そうか、友人が頑張っているのだな」


 レイトは首を振って、微笑んだ。

 といっても兜で顔が隠れているので、ルヴィスが感じ取った雰囲気ではある。


「ああ、泣き虫で魔物と戦うのが怖い癖に神官やってる……だけど、家族のために頑張ってる」


 ルヴィスはどこか誇らしげに語った。


「そうか、家族のためか……」


 レイトは、呟くと静かに頷いた。


「そういや、レイトの……」


 ルヴィスが言いかけた時だ。

 唐突にレイトが空を見上げ、立ち上がる。


「馬鹿な……、なぜあれがこんな所に? なぜだ?」


 レイトのその視線の先、その先には何もない。

 少なくともルヴィスには、何も視認できない。


「どうしたんだ?」


大司教(アークビショップ)級が動かねば、マチュピーは動かないはずでないのか……まさか結界式を!?」


 ルヴィスが尋ねるも、レイトはそれどころではないのか、慌てた様子で、口走るだけだった。


「おい、何言ってんだよ? レイト、結界式がどうしたって?」


「すまない、ルヴィス……確認する事ができた。聖水を置いていく、これでなんとか地上まで抜けてくれ、けれど、もし抜けれそうにないならここに居ろ。聖水が切れる前には迎えに来る」


「えっ、ちょ、レイト!?」


 レイトは聖水の小瓶を何個かルヴィスに押し付けると、走りだす。

 勢いをつけて、飛び上がる。

 そして氷の壁を駆け上がり始めた。


「うっそぉ?」


 驚くべきはその事実か、それともそれを可能とするレイトの身体能力か。

 ルヴィスが驚いている暇もない。

 レイトは軽い足音で、あっと言う間に登り切った。

 そして振り返る事もなく、そのまま姿が見えなくなった。


「なんだってんだ?」


 とはいえ、ルヴィスには何がなんだか解らない。

 その手には押し付けられた、小瓶に詰められた聖水が三つ。

 

 時刻は昼下がり、まだ外は明るいが一刻もすれば不死族(アンデット)達が闊歩する時間になるだろう。


 しばらく、呆然としていたルヴィスだが、我に帰って聖水を己が体に振りかける。

 レイトが居ない今、不死族(アンデット)が現れでもしたら危険である。

 少なくともこれで六時間は不死族(アンデット)が近寄らないはずである。


「冷てぇ……」


 

 しかし、ルヴィスとてそんなに時間があるわけではない。

 既にここに来るまでの道中で十日近く使っている。

 なれば、期限は後二十日程。

 とはいえ、人の体調にたいする見立てなど完全に当たるものではない。

 長いかもしれないし、短いかもしれない。

 どちらにせよ、早めに薬を飲ませるのが先決だ。


 キレビアに帰るまでの日程を考えれば使える日にちはそう多くない。

 故にルヴィスは一人でも進むことを決めた。

 眩い光を放ちならが蒸発する聖水を尻目に、ルヴィスは出口にであろう方角の洞窟の中を覗きこむ。

 中は暗く、けれども、先ほどあがってきた道よりは広く見えた。

 

「……Light it(炎よ)  up flame(照らせ)……Torch(松明)


 ルヴィスの呪文詠唱。

 その手に魔法陣が展開。

 朱色の炎が、浮き上がる。


 ルヴィスはそれをランプのように掲げて歩き出す。


 残りの聖水は、レイトに渡されたものを含めても僅か五つ。

 一つ六時間、ならば三十時間持つと思われがちだが、そうではない。


 あくまで、近寄り難くくなるというだけで、近寄ってこないわけじゃない。

 だが有ると無いとでは、大違いなのもまた事実。


 聖水があれば、五匹寄ってくるのが一匹に成る。

 それくらいの効果が見込めるのだ。


 一匹ならば、下位不死族(アンデット)程度、ルヴィスでもどうにかなる。

 少なくともルヴィス本人はそう思っている。


 とはいえ、切り札として聖水自体を不死族(アンデット)に振りかける。

 そんな使い方もできない事はない。

 非常に対費用効果の悪い行動ではあるが、その効果は抜群だ。

 下位不死族(アンデット)であれば、振りかけるだけで滅する事ができるのだ。


 もっとも、そんな事を繰り返せば、あっというまに聖水は尽きてしまう。

 そうなれば手詰まりだ。


 子供である、ルヴィスが聖水なしに霰の渓谷を抜けることなどできはしない。


 故にここからは、ルヴィスはできるだけ聖水を節約し、ある程度自身の力で不死族(アンデット)を倒さなければ行けない。


 ルヴィス自身の戦闘経験など、先日の白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)が初めてだ。

 それも奇襲を掛けられて、とっさの事で無我夢中。

 何かを考えている暇など無い。


 そして、今までの不死族(アンデット)は全てレイトが倒してきた。

 ルヴィスが何をする間もなく、一瞬で。


 つまりだ。


 自身で覚悟を決めて挑む戦いは、初めてなのである。


 歩き続けて一刻程たった時だった。

 既に、地上が近いのか、段々と気温が下がっていく。


 息が白くなり始めた頃、それは現れた。


 ゆっくりと動く黒い影。


 ルヴィスの目前に居る、黒い動く骨(スケルトン)をゆっくりと睨みつける。 

 まだルヴィスに気づいていないのか、聖水の効果なのか、ただ静かにゆらりゆらりと揺れている。


Transfer(炎よ) flame(乗り移れ)……Flame()grant(付与)


 ルヴィスは短剣(ダガー)を引きぬき、先ほどTorch(松明)の呪文で作り上げた炎を、呪文と共に抜身の刀身へと近づけた。


 すると炎は、先ほどのレイトの剣のように、ルヴィスの短剣(ダガー)に宿る。

 短剣(ダガー)の切っ先が炎を宿す。


 其処まですれば、流石に動く骨(スケルトン)とて気づくのか、ゆっくりとルヴィスと相対する。


 その手に持つのは、黒い槍。

 それを両の手にかまえて、ルヴィスを見る。


 腰を落とし、切っ先は地面すれすれに、その黒い双眸はルヴィスを射抜く。


 思った以上に確りとした構え。

 むしろ歴戦の戦士のような凄みがある、


 ルヴィスはすこしばかり焦り、冷や汗を流す。

 この時ルヴィスは失念していたのである。


 不死族(アンデット)とはすなわち死者の念。

 下位不死族(アンデット)なら兎も角。


 特に人型の中位不死族(アンデット)は生前の技術を用いる事ができるのだと。

 そう、この黒い動く骨(スケルトン)は下位の動く骨(スケルトン)ではない。


 動影骨(シャドースケルトン)と呼ばれる中位不死族(アンデット)

 通常の動く骨(スケルトン)とは違いその姿は黒く、暗所ではより見つけにくく。

 別名暗殺骨(スケルトンアサシン)と呼ばれる程明確に、生前の技量を残す不死族(アンデット)だ。


 ルヴィスは剣を構える逆の手で、聖水の小瓶を取り出し、口で蓋をあけて投げつける。

 小瓶は聖水をまき散らしながら、不死族(アンデット)へと降り注ぐ。


 はずだった。


 聞こえるのは、硝子の砕け散る音。


 聖水の小瓶は空中でその姿を無残に散らす。

 黒い槍が貫いた。


「まじかよ……」


 あり得ない出来事に歯噛みする。

 

 ルヴィスが今ままで出会った不死族(アンデット)はレイトが尽く瞬殺してきた。

 まともに相対した場面すら見た事がない。


 だからだろう、ルヴィス自身も完全に不死族(アンデット)を舐めていた。

 故に起きた、この結果。


 貴重な聖水を無駄にした事実に苛立ち、同時に不死族(アンデット)のその技量に驚嘆した。


「っ」


 黒い槍が迸る。


 それを避けられたのは奇跡か偶然か、ルヴィスはなんとか躱す事に成功した。

 けれども、勢い余って転がり、倒れ、短剣を取り落とす。

 

 直後、響く鈍い破砕音。

 黒い槍は岩を砕き、岩盤に突き刺さる。


「ひっ」


 その威力に思わず息を飲む。

 岩が削れ、破片が飛び散りルヴィスへ降り注ぐ。


「いて」


 動影骨(シャドースケルトン)は破片を受けても、気にもしないで歩みを進める。

 ゆっくりと槍を引き抜いて、再び槍をルヴィスに向けて構えた。


「あ……」

 

 突き刺さる黒い槍。

 何も言わない己が躯。


 ルヴィスは瞬間、死を幻視した。


 ルヴィスのからだから、汗が吹き出した。

 体が震え、声も出せない程に怯えてしまう。


 白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)との戦闘とは確実に違う。

 あの時のルヴィスはキートへの苛立ちとシャルロットを守る思いで体が動いた。

 怒りと、親愛、その二つが動力源だった。


 故に動けた。


 けれども今はどうだ。

 

 その身にあふれるのは恐怖のみ。

 動く事などできもしない。


 そこにあるのは絶対的な格差。


 強者と弱者の格差である。


「かあ……さん……」


 思わず、出るのは母への哀願。


 けれども、声にだした事で、ルヴィスは思い出した。

 自身が何のために、ここに居るか。


 有りたっけの金を使い果たして準備をし、何を目的にここまで来たのか。


 母のために来たというのに、母に哀願して何になる。

 そうだ、己は母を救うためにここに来た。


 そんな思いが、ルヴィスに巻き起こる。


 ルヴィスの心に火が灯った。


 瞬間焦げる音。


「あちっ」


 炎を宿した短剣(ダガー)の切っ先がルヴィスの手に触れた。

 感じる熱、痛み。


 けれども、そのおかげでルヴィスは意識を確りと持てた。

 そして、叫ぶ。


「ふざっけんじゃねー!」


 その叫びは誰に対してのものか、己か、それとも動影骨(シャドースケルトン)へ対してか、或いはその両方か。


 ルヴィスは短剣(ダガー)を拾い、突っ込んだ。


 槍の間合いは短剣(ダガー)より長い。

 だが、致命傷になるのはその先にある刃先だけ。

 

 超近接に持ち込めば、その脅威は薄れ、殆ど為す術はない。

 故にルヴィスが飛び込んだのは、悪い判断ではなかった。


 そう、仮に生前の技術を持ちえるとはいえ、動く骨(スケルトン)動く骨(スケルトン)


 彼らに、明確な意思などなく、そこにあるのは本能のみ。


 先ほどと同じ構え、同じ行動。

 槍を下げて、再び突きを放つ。

 

 だが、来ると分かっているものは避けられる。


 ルヴィスは真横に跳躍し回避する。


 突きはその威力のまま、再び岩盤に突き刺さる。

 

 動影骨(シャドースケルトン)は緩慢な動作で槍を引き抜こうとする。


 槍の利点はその長さ。

 弱点はその長さ故の次の攻撃に移るまでの時間である。


 さらに超近接に入ってしまえばその利点は完全に失われる。

 故に動影骨(シャドースケルトン)が攻撃を外したこの瞬間。


 この瞬間のみがルヴィスの勝機である。


 「くらえよな!」


 ルヴィスの短剣による一閃。

 

 狙うは、その背骨の隙間。

 下半身と上半身を繋ぐその腰椎。


 骨が焦げる匂いが、充満する。

 削岩するような音が響き渡る。


 刹那か、瞬間か、数秒か、僅かな拮抗。

 短剣(ダガー)は火花を散らす。


「ああああああああ」


 ルヴィスの咆哮。

 同時に、ルヴィスの咆哮に答えるように短剣(ダガー)の炎は勢いを増し、動影骨(シャドースケルトン)を包み込む。


 短剣(ダガー)は徐々に動影骨(シャドースケルトン)を削る。


 そして……。


 遂に、短剣(ダガー)動影骨(シャドースケルトン)を分断した。

 そして、炎が動影骨(シャドースケルトン)を灰にする。


「は、ははは……」


 ルヴィスに思わず笑いがこみ上げる。


 やったぞ、やってやったぞ、やったんだ。


 歓喜の思いが満ち溢れる。


 興奮もそのまま、未だ心臓は早鐘を打ったように、鼓動が早い。


 そして、歓喜もそのままに、ルヴィスは進もうと前を見る。


 けれども、感じるのはそれの気配。

 それを確認するために、未だ炎を灯す短剣を掲げた。


 不死族(アンデット)がなんだ、一匹残らず倒してやる。


 ルヴィスは意気揚々に進もうとして、眼をひんむいた。


「は……?」


 そこに居たのは、動く骨(スケルトン)だった。

 何の変哲もない、動く骨(スケルトン)


 今まで見てきたのと代わりもない、白い動く骨(スケルトン)

 武器ももっていたりなかったり、先ほどの黒いのとは比べるまでもなく、危険度は低い。


 けれど。


 問題はその数だった。


 一、二、三、四、五、六、七……。


 多い、兎に角多い。


 目視で数えれる数ではない。

 そしてうごめく気配から、奥に居る数はその程度ではないと理解する。


 ルヴィスは慌てて聖水を使おうと取り出した。


 これでいくらか逃げてくれるはず。

 

 そんな思いで聖水の蓋をあけ振りかけた。


「なんでだよ?」


 けれども、聖水は降りかからなかった。


 思わず、小瓶を見て、それを理解する。


「凍ってやがる……」


 ふとエフレディアの騎士の言葉が脳裏によぎる。


 ――聖水が途中で大変だった。


 聖水は呼んで字のごとく、聖なる水だ。

 水なのである。


 水はある一定の低い温度に達するとどうなるか?


 凍るのだ。


 言われるまでもない。

 子供だって知っている。 

 ある種常識の範疇だ。


 だか、だからこそ、気付かなかった見落とし。


「そういう意味かよ畜生ー!」


 溶かす暇などありはしない。

 動く骨(スケルトン)達は緩慢な動きで、けれども確実にルヴィスを追いかける。


 故にルヴィスに選べる選択肢はただひとつ。

 逃走だった。


「くそったれ!」


 悪態をつき、駆け抜ける。

 後ろなど振り向く暇もない。


 全力、遮二無二、無我夢中。

 持てる全てを掛けての逃走だ。


 けれども、それは遮られた。

 目前に立ちはだかるのはまたしても動く骨(スケルトン)


 何処に居たのか、その数は四。

 

 前も後ろも囲まれた。

 まさに絶対絶命の危機である。


「ちくしょうっ、ふざけんなよ……」


 聖水を投げつけるも、凍ったままでなんの役にもたちはしない。

 甲高い音が、洞窟内に響くだけ。


 次いで、なにかないかとポケットを漁る。

 すると、見つけたマムル婆さんが寄越したソレ。


 光弾や煙玉と違い、小さな導火線が一本小さく伸びた赤い玉。

 

 炎玉……。


 その威力は大型の建築物を吹き飛ばす程。

 洞窟内で使えば、どうなるかなど、ルヴィスでも検討がついていた。


 けれどもルヴィスは、ためらうことなく、導火線に火を付ける。


 同時にルヴィスのうちから湧き出る白い光。

 光はルヴィスを包み込む。


 そしてルヴィスはソレを空に放つ、同時に本人は岩陰に飛び込み、地に伏せた。


 轟くような音が洞窟中に響き渡る。

 次いで熱風。

 熱いなどいう次元ではない。


 炎が狂い踊り、爆風が駆け巡る。

 衝撃が世界を破壊する。


 刹那か、数秒か、数分か、少なくともルヴィスには解らない時間が立った。


 ルヴィスがむくりと起き上がる。

 辺りを見回した。


 そこには、衝撃と熱風で燃え尽きたであろう動く骨(スケルトン)であったもの。

 小さな黒ずみしか、残っていなかった。


 未だ燃えているのは、ルヴィス荷物。

 そして短剣(ダガー)

 柄はぼろぼろだが、其の刀身は無事だった。


「はぁはぁ……」


 ルヴィスの体を包む白い光が消えていく。


 本来それは、結界と呼ばれる原始的な魔法。

 他の魔法と違い、詠唱を必要としない。

 男であれば誰もが使える技術である。


 本来魔法は魔力と呼ばれる力を使う。

 個人の持つ魔力を小魔力(ポリ)

 大気に満ちる魔力を大魔力(モノ)と呼称する。


 小魔力(ポリ)を呼び水に、大気に満ちる大魔力(モノ)を呼び寄せ、体内へ吸収、馴染ませる。

 そして、呪文によって体内で集めた大魔力(モノ)に指向性をもたせ、魔法名を唱える事で発動するのが、魔法の原理である。


 けれども、結界は大魔力(モノ)に使用しない。

 小魔力(ポリ)をそのまま放出する事によって魔法に対する障害物として、魔法を防ぐ。

 それが結界の原理である。

 単純で明快。

 己が魔力だけを使用する。


 だがそれ故に、燃費の悪さも折り紙つきである。

 本来大魔力(モノ)を呼び水にするためにだけに使うはずの小魔力(ポリ)

 それを直接魔法として使うのだ。

 小魔力(ポリ)の使用量、及び体にかかる負担は甚大だ。


 器用な者なら、キートのように首だけに部分的発生させたりでて、消費を最小限に抑える事も可能だが、生憎とルヴィスは不器用だ。


 全力でもって、体を包むことしかできなかった。

 故にルヴィスは既に限界だ。

 立っているのが奇跡に近い。


 一時的に暑く……熱くなった洞窟内部。

 ルヴィスは喉が乾き、聖水を取り出した。

 熱のせいで使える程度には溶けていた。


「飲めるかな……」


 うだるような暑さ。

 思わず汗が吹き出た。

 背に腹は変えられない、そんな思いで一本を飲みきった。


「ただの水だ……」


 もう一本を己に振りかける。

 またたくま蒸発し、その効果を現した。


 これでルヴィスの聖水は残り二本。

 魔法道具(マジックアイテム)は何もない。

 荷物も気づけば燃え尽きた。

 手元にはボロボロになった短剣一つのみ。


 ルヴィスは大きくため息を付いた。

 思わずへたり込みそうになる。

 

 けれども今座ってしまうと立ち上がれない。

 そんな気がして、堪える。

 

 ルヴィスは辛うじて、火が残っている短剣(ダガー)を掲げる。

 小魔力(ポリ)が尽きかけの今、再び魔法を詠唱するのは不可能だ。

 これが消えたら、まっくらだ。


 ルヴィスはそんな事を考えながら炎玉で加熱された洞窟の中を歩いて行く。

 暑さのなか、ぼろぼろになった毛皮のコートを脱ぎすてた。


 しばらく歩くと、涼しい風が突き抜けた。

 否、それは冷たい風だった。


 ルヴィスは思わず、風の来た方向に短剣(ダガー)を向けた。

 そこにあるのは小さな穴。


 大人なら抜けるのは難しいが、子供であるルヴィスでギリギリ通れる程の。

 

 吹き抜ける風から、ルヴィスは其処が外であると確信する。

 同時に冷たい風のせいか、短剣(ダガー)に灯った炎が消えた。


 まっくらになると思いきや。

 その穴からは小さな光が漏れていた。


「月灯りを霰が反射してんのかな……」


 幸運(ラッキー)だ。

 そんな感想を抱きながら、ルヴィスは進む。


 岩に手をかけ、前に進む。

 やはり外なのだろう、岩はいてつく程に冷たく。

 霰の影響だろう、凍りついていた。

  

 小さな穴を這いずり、進む。

 凍った泥の上を進んでいく。


 気づけば、いつまにか、手袋は破け、手のひらが露出していた。

 手は冷たく、冷たさにかじかみ、真っ赤に染まる。

 痛みをこらえながらも、ルヴィスは穴を進む。


 不思議な事に進めば進むほど、出口に近づけば近づく程、光が強くなった。


 そして、光が最も強まったその瞬間。

 ルヴィスは落ちた。


 穴の出口は氷の上だった。

 ルヴィスは霰の上に転がり落ちる。


 雪と霰の交じる天気。

 ルヴィスの体は、冷たい氷と泥に塗れる。


 しかし、落下する視界のなか、それはあった。


 青白い光を放つ、白い百合のような花畑。



 それは偶然だった。


 ――俺は見たんだ、霰の渓谷で光る、月氷華(げっひょうか)の淡い光を!


 たまたま出会った騎士。


 ――月氷華げっひょうかっていうのはね、万病を癒やす薬として有名なんだ。


 居合わせた、商人。


 ――結界を張るのは明日だから付いて行って見に行ってみたらどうだい?


 女将さんの提案。


 ――……でるな……。


 体を張って自分達を守ろうとしてくれたラデル。


 ――これは聖騎士パラディンの奇跡の一つなの!


 傷を治してくれたシャルロット。


 ――体は大丈夫かな?


 薬を飲ませてくれた上に、途中まで送ってくれたレイト。


 まるで走馬灯のように、これまでの旅を思い出す。


 そして、最後に浮かぶのは、優しい母の顔……。


「あ……」


 声にならない。

 声にできない。


 何かを考えたわけではない。

 何かを考える余裕などない。


 ルヴィスはこの感情がなんなのか理解できなかった。


 けれど。

 

 ただ思いが、涙が、溢れた。


 ルヴィスは泣いた。


 大きな声をあげて、泣いた。


 如何程そうしていただろう。

 ルヴィスは顔を泣きはらし、けれども、すっきりとした、そして満ち足りた表情でそこへ向かう。


「母さん、待っててくれよ……」


 花畑にたどり着く。

 青白い光が燦爛する。


 一つ、毟り、二つ毟り、懐に入れていく。

 大事な大事な宝もののように。


 そして、気づく……花畑その中心。

 雪の中に、仄かな輝きを放つ、幻想的なその世界。

 その中心。

 そこに有るのは、異彩を放つ大きな氷。


 そして、その中に見えた。


 まるでお伽話のお姫様のように美しい女性。

 眼をつむり、静かに眠っている。


「綺麗だ……」


 掛け値なしのその言葉。

 エフレディアの騎士が来ていたような白い服。

 光沢を放つ銀の髪。


 娼館育ちのルヴィスでさえ、見惚れてしまうその美貌。

 少女と女性の間のような未発達なその肢体。


 全てが美しく見えた。


 思わず顔を近づけそれが見えた。

 手に握る、子供の拳程の大きさの水晶球。

 それが青白い光を灯していた。


「なんだこれ……?」


 感じるのは未熟なルヴィスでも解るほどの濃密な大魔力(モノ)


 商人は言っていた。

 月氷華(げっひょうか)大魔力(モノ)溜りに生えるのだと。


「これが原因……」


 思わず手を伸ばす……。

 すると、それは光を増した。


「え?」


 青白い光は、溢れだし。

 そして、消えた。


「消えた?」


 瞬間、違和感。


 音が聞こえる。

 ここにはルヴィスしか居ないといはずなのに。


 それは、小さな胎動。


 まるで脈打つ心臓のような……。


 否。


 ようなではない。

 それは、紛うことなき鼓動であった。


 瞬間、女性の眼が見開かれた。


「おわっ、え。生きてんの?」


 驚き、覗きこむ。


 紅い、まるで血のように紅い瞳だった。

 そして、その眼に十字の光が灯る。


「何だぁ?!」


 女性の体のあちこちに十字の光が浮かび上がる。

 同時、女性は左人差し指を軽く動かした。


 途端に、氷は溶けたかのように消え去った。

 女性はゆっくりと起き上がる。


「おはよう。ところで誰だお前?」


 鈴の音のような、声だった。

 けれども、その声に反してその粗暴な台詞。

 そして、口角を釣り上げ、何処か鋭いその目つき。


 思わずルヴィスは怯み驚いた。

 女性の問い。

 しかし、ルヴィスは、絶句していた。

 数秒そうして、やっとの事でそれを絞り出す。


「お前、何なんだよ!」


「なんだ、と言われても……俺は?」


 途端、女性は頭を抱えてうずくまる。


 そして、直後。

 女性の体が変化する。


 まずは体中の十字が消えた。

 そして髪の色が銀から金へ。

 最後に瞳の色が、赤から青に。


 女性は苦しみながら、唸り、けれども、眼を閉じた。


「おい、どうした……!?」


 ルヴィスが声をかけるが、女性はそっと立ち上がり眼を開く。

 

「お会いしとうございました、(あるじ)


 先程の同じ声のはずなのに、それは可愛らしく。

 先ほどとは違い、目尻が下がり、柔和な表情を見せる。

 まるで雰囲気が違っていた。


「主?」


「ミナはお待ち申しておりました」

 

 そう言うとミナはルヴィスに抱きついた。

 ルヴィスはわけが解らない。


「主、懐かしゅうございます」


 ルヴィスはミナの胸に抱かれた。

 息苦しい程に力を込められた。

 

「ちょっとまて。俺は、お前を知らない……、ミナなんて知らない」


 ルヴィスがそう言うと、ミナは手を離し、じっとルヴィスを見つめた。


「いいえ、主様です、しかし、その顔……どうなされまして? 泣くほどの事が?」


 その言葉にルヴィスは先ほど号泣した事を思い出し、思わず顔をそむけた。


「ああ、なるほど、あいつらが原因ですね? 今片付けます」


 ルヴィスの行動をどう思ったのか、ミナは変な事を言う。


「あいつら……?」


 ルヴィスが辺りを見回せば、気づけばそこには、花畑を囲むように無数の動く骨(スケルトン)


 思わず眼を見開く。

 けれども考えていれば当然で、あれだけ騒げば例え聖水の力をもってしても、寄ってきても可笑しくはない。


「伏せていてください……」


 ミナはそう言い、不敵に微笑むと、そっと言葉を紡ぐ。


 ゆっくりとした言葉。

 けれども、それはルヴィスに聞き取れない。


 しかし、動く骨(スケルトン)は待っていてなどくれはしない。

 既に一匹が、ミナの目前にまで迫っていた。


「危ない!」


 言われた通りに伏せていたルヴィスでは間に合わない。


 ミナの正面から、頭頂部へ向かって振り下ろされたそれは、少女の皮を裂き、肉にめり込み、やがて骨に到達し、頭蓋を穿ち、脳髄をぶち撒ける。


 ミナを物言わぬ肉塊へと、やがては彼らの仲間へと変える。


 考えるまでもなく、ルヴィスの頭はそんな未来を勝手に予想した。


 思わずルヴィスは眼を瞑る。


 聞こえるのは、鈍い打撃音。

 まるで骨が凹んで折れたような。


 けれども、それ以降聞こえない音に、静かに閉じた両目を覚悟を決めて見開いた。


 奇しくも、ルヴィスの予想は外れる事になる。


 ミナは立っていた。


 不敵な笑みを浮かべたまま、当然のように。

 腕を振り落とされたであろう頭頂部は傷一つなく、その髪すらもが綺麗なままであった。


 唐突に、謎の風切音。

 霰の中でもそれは、なぜか明確にルヴィスの耳に届いた。


 水っぽい音と共に泥濘に落ちる何か。

 それは白い腕の骨であり、動く骨(スケルトン)の腕であった。


 見ればミナを殴ったであろう動く骨(スケルトン)は、その片腕を無くしていた。


 ミナは不敵な笑みを消し、まるでつまらないものを見つめるかのように動く骨(スケルトン)を見つめた。


「傷さえつかんか、お前らのような塵芥に主あるじが怯えるなど有ってはならぬ事だ!」


 今度は、眉根をあげ怒りの表情を浮かべるミナ。


「もう一度、死んで生まれて、やり直せよ」


 冷たく言い放つと、ミナは指揮者のように腕を振る。

 右に左に、縦に横に、斜めに。

 それはゆっくりと、けれども、それは一瞬だった。


 ミナの腕が動き止める。

 それは演奏の終焉(フィナーレ)のように。


 途端に地響きが響き渡る。

 唐突に霰が止む。


 瞬間、すべての動く骨(スケルトン)が動きをとめる。


 それは水だった。


 それは泥だった。


 それは氷だった。


 それは岩だった。


 その場にある、ありとあらゆる物が姿を変えた。

 水が、泥が、氷が、岩が、まるで細い削岩機ドリルのように姿を変え動く骨(スケルトン)を貫いていたのである。


 そして、全ての動く骨(スケルトン)は弱点である頭蓋を傷つけている。

 今は僅かに動くものもいるが、近いうちに彼らは完全に動きを止めるだろう。


 それはまるで、百舌鳥の早贄のようであった。


 ミナは動く骨(スケルトン)を見もせず振り返る。


 その顏は、また慈愛に満ちたものだった。


「行きましょう主、ここはお体に触ります」


 ミナの言葉に、ルヴィスは一もなく、二もなく頷いた。

 


 

 

 


 




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