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古の従者の再誕  作者: nanodoramu
一章 月氷華《げっひょうか》
1/13

開幕

よろしくお願いします

 ――そこは間違うことなく死地であった。


 

 動く骨(スケルトン)が腕を振り下ろす。

 なぎ払う。

 単純な動作によって行われるそれは、けれども人ならざる頸力をもってそれは確実に世界を破壊する。

 

 死者の体から、未練によって生まれるという動く骨(スケルトン)

 彼らの発生は単純で、故に最も効率的である。

 死体に骨さえ残っていればいいのだから。


 軽く殴れば砕けてしまうであろう、その脆い体。

 けれども、その頸力はその体からは想像できない程に重い一撃を可能とする。

 理解できない、人の理解の外にある存在。


 動く骨(スケルトン)は人を襲う。

 理由は諸説あるが、どれと決まったものはない。

 動く骨(スケルトン)に直接話を聞いたものなどいないのだから。

 最も、アンデットと呼ばれる死体から生成された魔物は全てコレに準じた行動を取ることで知られている。


 そういうもの、だと思ったほうがいいだろう。


 彼らの行動は単純だ。

 歩き周り、生者を見つけて襲い、殺す。

 

 ただ只管それを繰り返す。

 

 単調な攻撃、決まったルーチン。

 故に例え動く骨(スケルトン)に相対したとしても生存する事は難しくない。


 動く骨(スケルトン)の攻撃は、その体によって行われる。

 

 如何に重い一撃を繰りだそうと、その全ては鈍重だ。


 距離をとり、逃げるもよし。

 石を投げるもよし。

 少し手だれの戦士ならば、攻撃を躱して懐に潜るのもいいだろう。


 その脆弱な頭骨を砕けば容易に撃破しえるのだから。


 けれどもそれは、あくまで動く骨(スケルトン)が``一体なら``の話である。


 多くの場合、``動く骨(スケルトン)は群生する``


 それは、魔物やアンデットの習性というわけではない。

 ただ単純に、戦場に死体が多くあるということに他ならない。


 二匹、三匹なら、なんとかなるかもしれない。

 けれどもそれが、四匹、五匹、六匹、七匹と、数を増やすごとに脅威の度合いの増えるのは想像に固くないだろう。


 そして、ここには数えるほどに億劫なほどの動く骨(スケルトン)が徘徊している。

 なるほど、それだけでもここは死地と呼ばれるのに相応しい。


 けれどもここには、もう一つの理由があった。


 吐いた息はすぐさま白ばみ視界に映る。

 水分をもっていたならば半刻と持たずに個体へと変化するであろう気温。

 さらに空から降り注ぐ小さな氷、霰が衝撃を伴って落下する。

 恐らくは地熱のせいだろう低温にもかかわらず地面は凍りつかない。

 けれども、沼と見間違うほどに泥濘んでいる。


 岩肌はむき出しで、恐らく長い年月をかけて霰によって削られたのだろう、岩場は殆どが丸みを帯びている。

 濡れて摩擦が極限にまで減ったそれは、常人では歩くことさえ困難であろう。


 低温に最悪な足場。

 この渓谷に入り込んだものは、例え動く骨(スケルトン)に出会わなくても、死に絶える可能性があるだろう。


 普通の渓谷ではありえない、``この気候``

 なるほど、これだけでも一種の死地と呼べる。

 

 そんな場所で動く骨(スケルトン)と相対、それも複数と。

 二つの死地が合わさったここは、死地として極上のものだろう。

 

 言ってみれば、そんなものは悪夢でしか無い。


 故に本来こんな死地に態々おもむくものなど、存在しない。

 居るとしたらそれこそ、自殺志願者か、酔狂ものか、止むに止まれぬ理由があるものくらいだろう。


 けれども、そんな死地に彼らは立っていた。


 性別も、人種も違う。

 髪色も服装も、何一つ共通点のない二人。


 一方は男で、一方は女。


 男の年の程は十程度。

 少年と言ってもいい。

 矮躯で、ぼろぼろではあるが、毛皮でできた装束を着こんでいる。

 赤い髪に丹精な顔立ちをしている。


 けれども、その顏は泣きはらしたのか、まぶたが腫れあがり、鼻水を啜っている。

 みればあちこち傷だらけで、恐らくなんども転んだのだろう。

 体中が泥まみれで、服など半ば凍りついている。

 服の下は、傷だらけになっている事だろう。


 女のほうの年は十五か、十六か、子供と大人の間という表現が相応しい。

 平均よりも少しばかり小さな身長で、金の髪に碧い瞳。

 白を基調にした男装にも近い服装。

 なぜか右手以外の袖が足を含めて切れている。

 腰には細い剣を差し、この気温だというのになぜか裸足で立っている。


 少年とは対照的に、少女は笑みを浮かべている。


 恐怖で震えるような少年を慈しむためなのか、それは、全てを包み込むような慈愛の笑みだった。

 少年が、ここは死地であるとうのを忘るほどに、それは美しかった。


 少女が少年の頭をなぜて、一言。

 少女に見惚れていた少年は、驚きの顏をした。


 少女は少年に背中を向けると笑みを変えた。

 慈愛のものから、不敵なものへと。


 動く骨(スケルトン)達を見据える少女。

 両者の距離は既に、殆ど無いといっていい。


 だというのに、腰をある剣さえ引き抜かず少女は、待つ。

 まるで何かを誇示するかのような仁王立ち。


 僅かな間、けれどもとうとう最初の一匹が少女へと到達した。


 単調、けれども、動く骨(スケルトン)の人あらざる頸力によってそれは振り下ろされた。 

 躊躇いもなく、感慨もなく、ただ本能がままに。


「危ない!」


 少年が思わず叫んだ。


 少女の正面から、頭頂部へ向かって振り下ろされたそれは、少女の皮を裂き、肉にめり込み、やがて骨に到達し、頭蓋を穿ち、脳髄をぶち撒ける。

 少女を物言わぬ肉塊へと、やがては彼らの仲間へと変える。


 考えるまでもなく、少年の頭はそんな未来を勝手に予想した。


 思わず少年は眼を瞑る。


 聞こえるのは、鈍い打撃音。

 まるで骨が凹んで折れたような。


 けれども、それ以降聞こえない音に、静かに閉じた両目を覚悟を決めて見開いた。


 奇しくも、少年の予想は外れる事になる。


 少女は立っていた。


 不敵な笑みを浮かべたまま、当然のように。

 腕を振り落とされたであろう頭頂部は傷一つなく、その髪すらもが綺麗なままであった。


 唐突に、謎の風切音。

 霰の中でもそれは、なぜか明確に少年の耳に届いた。


 水っぽい音と共に泥濘に落ちる何か。

 それは白い腕の骨であり、動く骨(スケルトン)の腕であった。


 見れば少女を殴ったであろう動く骨(スケルトン)は、その片腕を無くしていた。


 少女は不敵な笑みを消し、まるでつまらないものを見つめるかのように動く骨(スケルトン)を見つめた。


「傷さえつかんか、お前らのような塵芥に(あるじ)が怯えるなど有ってはならぬ事だ!」


 今度は、眉根をあげ怒りの表情を浮かべる少女。

 

「もう一度、死んで生まれて、やり直せよ」


 冷たく言い放つと、少女は指揮者のように腕を振る。

 右に左に、縦に横に、斜めに。

 それはゆっくりと、けれども、それは一瞬だった。


 少女の腕が動き止める。

 それは演奏の終焉(フィナーレ)のように。


 途端に地響きが響き渡る。

 唐突にあられが止む。


 瞬間、すべての動く骨(スケルトン)が動きをとめる。


 それは水だった。

 それは泥だった。

 それは氷だった。

 それは岩だった。


 その場にある、ありとあらゆる物が姿を変えた。

 水が、泥が、氷が、岩が、まるで細い削岩機(ドリル)のように姿を変え動く骨(スケルトン)を貫いていたのである。


 そして、全ての動く骨(スケルトン)は弱点である頭蓋を傷つけている。

 今は僅かに動くものもいるが、近いうちに彼らは完全に動きを止めるだろう。


 それはまるで、百舌鳥の早贄のようであった。


 少女は動く骨(スケルトン)を見もせず振り返る。

 

 その顏はまた慈愛に満ちたものだった。


「行きましょう(あるじ)、ここはお体に触ります」


 少女の言葉に、少年は一もなく、二もなく頷いた。


 


 


 




 

 

 

お付き合いありがとうございます

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