一本の分かれ道
通路の出口は川に続いていた。城壁の向こう側は戦火に包まれていた。黒煙がモクモクと上がり、その隙間から注がれた天の光が辺りを不気味に照らした。まるで空から闇が照らされているようだった。
かすかに、されどはっきりと城壁内の断末魔が聞こえる。
気の毒だ。それ以上、何も思えなかった。
一瞬、自分の力ならなんとか出来るのではないかとも思った。
足は動かない。心の奥底に死への恐怖があったからだ。
助けに行って失敗したとしても、私は死なないだろう。なぜなら、あれだけの拷問を無傷で潜り抜けたのだから。重症になっても息の根を止められても、直ぐに元通りになるという自負はあった。しかし、ああそうか、私は痛みが怖いのだ。あれだけのことをされてなお、私は無傷に戻ったが、痛みはあったのだから、内臓を取られる激痛は恐怖の対象になっていたのだった。
私の足は川の下流へと進んでいった。途中、橋があった。街道の橋なのか、避難民たちの行列ができていた。私はその中に紛れることにした。
どこにゆくのかも分からないが、人が隣に居るというのは、なぜだかとてもホッとした。避難民たちも同じ気持ちなのだろうかと思ったが、皆がうつむいて、窶れた顔をしているのを見ると、闇の中で無我に足を動かしているに過ぎないとわかった。
このままついて行けば、行き着く先は奈落の底だ。早々に離脱しないと私も落ちてしまう。
隣に居る大きなリュックサックを担いでいる中年の男に話しかけた。近くに街はないのか、と聞くと、次の分かれ道を左に行くと小さな街があり、右に行くと大きな街があると教えてくれた。どちらが近いのかと問うと、右の街の方が近いと答えた。そこが奈落の底だった。
私は左の街に行くために、集団の左外側に出た。分かれ道に差し掛かると、案の定集団は右に行った。私と極少人数が左の道へ行った。長蛇の列が一同に右へ曲がる姿を、分かれ道からからしばらく眺めていた。この人間たちは、これから奈落に落ちてゆくのだと思うと、憐憫な眼差しを送らずに居られなかった。しかし私は、何もしなかった。
目の端に覚えのある顔が映った。ボロを纏った姫様だった。
土と血の付いた素足で、誰よりも疲れた顔をして、美しかった金の髪は汚れていた。しかし、瞳は澄んだ綺麗な青色をしていた。
それは無意識だった。手は、か細い白い腕を掴んでいた。
姫さまは驚いた顔をしていた。瞳を大きく開いて、私をじっと見つめていた。
「ご無事だったんですね」
「あなたこそ」
「左の街にゆきましょう。そちらは混むから、こっちがいい。」
「あなたがそうおっしゃるのなら」
私と姫さまと数人はバラバラに左の道を進んだ。沈んだ太陽の残光は、とても濃い赤色の光を残して、進む道を照らしていた。血の様に真っ赤な、赤い色で。