化物裁判
焼木の下で姫様と出会ってから三日が過ぎ、永遠と思える孤独の中に私はいた。
人との会話は癒やしがある。しかし、私にはそれがなかった。唯一の会話の相手であった若紳士とは、三日前を境に話していない。それは私が拒否しているからであるけど、話す度に湧き上がる不快感と吐き気には耐えられないので、仕方がない。
窓辺に座り、空を見上げると、彼女の瞳を思い浮かべた。快晴の続いた空は、青く、深く、美しかった。
宮中はまた人の音を取り戻して、騒がしさを取り戻した。人のぬくもりが恋しい私には、それが不快でたまらなかった。足音を不快に思い、話し声を不快に思い、そして次第に人を全て恨んでいった。根拠も何もなく、突発的に人を恨んだ。この世のモノ全てが憎くてたまらなかった。
扉が荒く開けられて、壁にまであたった。その大きな衝突音は、私の心臓にひときわ大きな鼓動を一回、鳴らさせた。二回、三回と続くに連れて、鼓動はどんどん早くなった。
強い鼓動のせいで荒いと息を吐くようになると、目の前の居る屈強な二人の兵隊に恐怖を覚えていた。彼らは物騒な面構えで私を見下ろしていた。
あとからもう一人、こちらは整った顔の男が現れた。身なりは良いものであった。その表情は先程の私のように平静だった。
「連れて行け」
その言葉を発した瞬間、二人の兵隊は支持を受けた犬のように、標的を捕まえた。哀れなのは、指示を受ける前であった。今か今かと頭を前に出して見下ろし、肩を、おそらくほとんど無意識に、ちょこんと前に出して、命令されれば即座にでも私を捉えられるよう構えていたのだ。それは怖いもので、尚かつ人間であるから、哀れにも思ったのだった。
「何事だ!!」
それは私が発した言葉だった。
「あなたを連行します」
整った顔の男は私に疑問を与えた。
「なぜ連行するのです」
私はそれを問うてしまった。
「あなたを裁判にかけるのです」
それは一番恐れた事柄だった。
「何故かけられなければならないのです」
それはわかっていたことだった。
「貴方が化物だからですよ」
それは聞きたくなかった理由だった。
「離せ!! それが人間に対する仕打ちか」
私は否定を込めて言い放った。
「これは人間に対する仕打ちです」
それは私に対する差別であった。
「離せ、離せ、離せ」
壊れたレコードのように、同じ言葉を発し続けた。法廷に繋がれるその時まで、発し続けていた。
それは裁判ではなかった。裁判だとしたら、非道な魔女裁判を肯定しなければならない。お前は人間かと問われても、お前は人間ではないと言われる。そこに私の意見はなく、裁判という形式だけは美しく揃われた、覆られることのない死刑宣告だけを轟かせる場であった。
一通り裁判としての儀礼を終われせると、やはり私に対して死刑の判決を下した。死刑、と叫んだ声は、法廷中に轟いた。その為だけの場所なのだから当然だ。私は、死刑と言い切る前の、一番力を込めて発する時に、嫌がらせの念も込めて「待て」と一言叫んだ。
無論、判事は不機嫌になり、聞き入れようとしなかった。それでも私は叫び続けた。それは情けないほどに何度も何度も、終いには泣きながらも叫び続け、呆れと同情からか、判事達は遂に話を聞くようになった。
「私は人間です。あなた達と同じ人間なんです」
「人間は空から落ちてこないし、生き返りもしない」中央に鎮座する若い飄々とした男が答えた。
「それは再三、わからないと申しているでしょう」
「化物の言うことを信じろと?」
「人間です。私は、化物じゃない」
「人間は空から落ちてこないし、生き返りもしない」逆撫でるように同じ言葉を言った。
頭に貯まる熱のせいで、血管を数本失った気がしたが、そのおかげか、多少冷静になった。そして、言葉の通じぬ判事たちに対しての呆れが怒りと混ざり合い、中世人に対して侮蔑を込めて「これこそ人間のすることじゃないな」と言った。
「なに?」
それは中世人たちにとって予想だにしなかった台詞だったに違いない。見下していた相手に見下された不快感が、その醜悪な顔に出て、迫る様に問うてきた様子から間違いないだろう。
「抗える力もない私を、化物と揶揄して殺そうとする。正当性を示すために裁判なんてして、はっきりとした罪状もないのに判決は死刑だ。こんな野蛮なことはあるか」
「貴様は人間ではない。人間の権利もない。我らの判決は聖断だ。審議の余地などない」
「私は貴様らと対話をしている。知性がある。なのに、私の話も聞かないで、私を殺そうとする。ただ気持ち悪いからといった理由で。こんな理不尽なことはあるか」
判事は微笑した。それは人を小馬鹿にした嫌な笑いだった。
「化物が人の言葉を使うのは同然だろう。人を誑かす悪魔なのだから」
「なんだと」
「これ以上は無駄だ。その物を連れてゆけ。死刑は一週間後だ」
「ふざけるな、俺が誰を誑かした。俺が何をした。こっちは、こんな世界に落ちてきて、なにがなんだか訳がわからないっていうのに。貴様らはなんだ、貴様らこそ悪魔じゃないか。ふざけるな、ふざけるな」
扉は開けられた。引きずられてながら連れ出される。私はこの法廷に居合わせた全ての者の顔を頭に刻み込んだ。いつか来る復讐のその時まで、決して忘れぬようにと。
法廷は陽気に包まれていた。
「先ほどの狂言。まことに悪魔の戯言。聖断により顕になった本性でありましょうな」
それは左端の威厳のない、世襲しか取り柄のない貴族の言葉だった。
「まさにその通り。風穴の空いた腹部が元通りになるなど、気味が悪い」
同じように、世襲しか取り柄のないような肥えた貴族が言った。
「しかし、殺せるのでしょうな」
威厳は多少あるが、愚鈍な者が言った。
「大丈夫でしょう。首を跳ねれば」
楽観的で信用のない老貴族が言った。
「そうだ、デモンストレーションとして、死刑前の七日間、彼を拷問しましょう。足を切り落としたり、手を切り落としたり。本当に元通りになるのか気になっておったし、それが良い」
中央の飄々とした男が言った。
「狂言の続きを聞くのも乙なものかもしれませぬな」
声の高い奇怪な老貴族が言った。
「そうしよう」
判事たちは笑った。笑いながら決めた。それは人間のすることではなかった。男が言ったように、彼らは狂った者達であった。それを聞いていた書記は、どちらが悪魔だろうか、と思っていた。その書記は若紳士であった。
若紳士はなんとかしてあげたいと思ったが、思っただけで何もする気はなかった。彼はこういった人種であった。
そしてため息を一つすると、「かわいそうだな」とつぶやいた。それだけだった。