三が日
「新年なんですね」
「ええ、忙しいもので、お食事が遅れて申し訳ございません」
若紳士は素っ気なかった。質問に答えたくないという気持ちがひしひしと伝わってきたが、私は配慮することなく問いかけた。
「貴方は、その、慰安旅行には行かないのですか?」
「ええ。貴方のおそばに使えているよう仰せつかっておりますので」
「お医者さんは旅行に行かれたのですか」
「左様でございます」
「どれほどで戻ってくるのでしょう」
「三日後でございます」
「なぜ、三日なのですか?」
「そう云う仕来りにございます」
なるほど三が日というものはこの世界にもあるのかと思った。しかし、そんなことはどうでも良かった。私が真に聞きたかったことは別にあった。少女のことである。
詮索を好まない私は、今まで攻めるように質問することは無かった。しかし、あの少女のことだけは、知っておきたかった。なぜ知りたかったかは、自分でも良く分からなかった。しかし、なぜ知りたいのかと疑問にも思わなかった。知りたいから、知りたいのだ。
私は問うた。
「彼女は一体、どんな人なんですか」
若紳士の様子は変わった。会話は止まった。足も止まり、振り返えり、私をじっと見つめた。疑心と恐れを合わせた、嫌な視線だった。
「どんな人、とは?」
「彼女の身分とか、冷遇されている理由とか、いろいろと」
会話は続かなかった。
暫しの沈黙の痕に、重い口を開けで言った言葉は、私を苛つかせた。
「知ってどうするのです」
私も暫し沈黙した。
「知りたいのです」
それだけだった。
「良いでしょう。お教えいたします。しかし、お部屋にお戻りになってからでもよろしいでしょうか」
「もちろん」
赤色のカーペットは何処までも続くようであった。私の部屋までは、あと、どれほどだろう。
彼女の生い立ちを聞かされた私は、口を開けたまま呆然としていた。口が閉じないので、口元を抑えていた。そうでもしないと、色々なものを抑えられなくなってしまいそうで、怖かった。
私は若紳士に質問をした。「あなたは、彼女をどう思っているのですか?」
若紳士の考えなど、微塵も興味がわかなかったが、それでも聞いた理由を言うならば、戯れだ。
質問に意味は無かった。どうも仕様もない逼迫した状態からの、放熱板であった。ただ、なにかしなければ、この言い様のない状態の精神が壊れてしまいそうだったから、質問をしただけだった。それで気が済むのかと言えば、そうではないし、かと言ってなにもしなければ、ドロドロに溶けるか、あるいは爆発して気違いになるしかなかった。
だから質問をした。
「私は、ただの召使いでありますから、姫様に対しては、真意忠誠しか御座いません」
「そうですか」
期待はしていなかったが、与えられたのは失望だった。従者に意思思想は必要ないのだろうなと思いながら、侮蔑の眼差しを贈った。
私は従者でないことに喜びを感じた。意思思想を抱けることを誇りに思った。それを口にすることは特権なのだと思った。彼がこの特権を行使するときは、従者ではないのだろうとも思った。なぜだかは分からないが、そう思った。
私は若紳士が嫌いになった。それは、この若紳士が、どこか人を見下している様なきらいがあったからだ。彼が姫様の話をしていた時の軽く鼻で笑った姿が、この男を見るたびに映り込み、その都度、感じた不快感がぶり返し、とても嫌になる。
この若紳士は、所詮あのメイドの老女と同じ下人であるのだと思った。