青い瞳
私はこれからどうなるのだろうか。
それは漠然たる疑問だった。
実感がなかったのだ。私は世界を知らない若人であったから、私が今どういった地位にいるのか判別できないでいた。
ここが異世界であることに疑いはしなくなった。それは同時に目的が出来た瞬間でもあった。
元の世界に帰りたい。私の欲求はそれだけとなった。
ここに来て数日と経った。しかし、人というものをあまり見ていない。医者と若紳士と、それだけである。身の回りの何もかもがその若紳士が世話してくれていた。
帰りたいという気持ちは日に日に強くなる。それは、軟禁されているこの状況に飽き飽きしているのも理由の一つであるが、私は怖かったのだ。私が一体ここでどのような待遇を受けているのかがわからないからだ。
私は怪物であった。たとえ医者が人間扱いしてくれたとしても、私の起こした奇跡とも言える所業は、怪物といえるものに違いないし、万人はそう思うだろう。それを理解した日からは、世界がとても恐ろしく思えた。それと同時に、己の処遇がどうなるのか気になって仕方がなくなった。
医者は答えなかった。口をこもらせるだけだった。この医者も世界の住人だ。数日の患者と世界を天秤にかければ、どちらを取るから明白だ。人とはおかしなものだ。世界で信じられる唯一の人と認識していた人を今は疑っている。恩人と感謝していた念は偽りだったのか。人間には命よりも大切なものが無いと実感して、己の器の領分の狭さを知ったとき、私は私自身に幻滅していた。
今日は朝食が遅かった。
若紳士は来なかった。私は腹が減っていた。
音というと音の聞こえない不思議な日だった。たとえ軟禁されていようとも、ここは宮殿であるか多少なり人の音というものが聞こえてきたものだった。しかし今日は全くの無音だった。
小鳥のなく声が、静かに流れた。
私は不意に思った。今ならば、外へ出られるのではないか、言い訳はあるので、捕まっても大丈夫ではないか、という単調な思考が頭を埋め尽くした。
そうと決まってしまうと、冷静さは失われて、扉を開けて、宮殿を散策した。
私はその時高揚していた。胸が高まって踊るような気持ちだった。開放された、と云う様な思いも多少は合ったが、何よりもこの宮殿を見知できる喜びのほうが大きかった。
廊下は赤かった。濃く赤いカーペットにホコリは無かった。壁は白地に金の細工がされていた。どこまでも続く長い廊下には、窓から漏れ出す日光が床の一角を焼いていた。そこだけが、明るい赤色になっていた。やはりその細部には気品さを感じられて、思わず触りたくなった。天井は高かった。
私は右へと歩いていった。進んだ先には階段があった。私は二階に居たのだった。
私は一階に降りると、気の向くままにさまよった。その豪華な内装に唖然とするだけだった。部屋には流石に入る気にはなれなかったので、実際には廊下を彷徨っているだけだった。そして最後に、中庭を見ることにした。
回廊にカーペットは敷かれていなかった。素足では石の地肌は冷たくて、小走りで向こう側に行こうとした。
走りながら中庭を見た。何もない更地であった。芝も生えていない殺風景な中庭に、私は思うところが全くなかった。回廊も中腹まで来ると、中庭など全く見なくなっていた。
足が止まった。
瞳の端に黒ずんだ焼木が映った。その傍らには、何処を見上げているか分からない少女が居た。金色の髪の少女だった。
少女の悲しげな横顔を、私は美しいと思った。