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ノイズ  作者: 琢尚楓
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第四章

佳奈江と連絡が取れたのは結局3日後の事だった。

風邪で寝込んでしまって起き上がることも出来なかったので電話にも出れなかったと言うのだ。

今一つ釈然としない感じではあったが、ひとまず連絡が取れて無事が確認出来たので、今はそれで良しと思うことにした。

しかし、その後メールでのやり取りや、電話で話していてもどうも様子がおかしい。最初は病み上がりでまだ体調が良くないせいかと思ったが、どうやらそうではない気がする。

何故か会おうとしないし、僕のことを避けているような気がするのだ。

そもそも寝込んでるからといって電話やメールが出来ないなんてことがあるだろうか?

彼女の几帳面な性格からすると、どんなに体調が悪くてもメールで状況を知らせるくらいのことは必ずしてくるはずだった。

では佳奈江は僕に嘘をついているということになる。いったい何故?


佳奈江と連絡が取れなくなった直前に何があったのか思い出そうとしてあることに思い当たった。

あの日僕たちはお互いの仕事が終わったら天満橋駅で待ち合わせして何処かに食事に行こうと約束していたのだ。しかし、僕の方の仕事で急に予定外の打ち合わせが入ってしまったので、その日の食事はキャンセルになってしまったのだった。

彼女と連絡が取れなくなったのはその直後からだ。

その日仕事の打ち合わせが終わって、夜の22時頃帰宅したことを告げるメールを送ってみたのだが、佳奈江からの返信は無かった。その時はさほど気にも留めていなかったのだが、今考えたらその時返信が無かったのがやはりおかしい。

佳奈江は普段どんなに疲れていても寝る前にはおやすみのメールをくれたし、その日も仕事が終わったらメールしてねと言っていたのだ。

ということは僕との食事がキャンセルになってしまったので、そのまま彼女は1人でどこかに行ったのではないだろうか?

そして、そこで何かトラブルに巻き込まれた?あるいは以前のように夜道で暴漢に襲われた?

それにしても分からないのは何故その事を僕に話そうとしないのか、隠さなければならないようなことがあるのということなのか。

いくら考えても答えは出そうになかった、佳奈江に会って直接聞いてみるしかない。

なんとも言いようのない不安が僕の心を支配していった。




次の日僕は仕事帰りに明和総合病院前に来ていた。

佳奈江と会う約束をしているわけではないが、このモヤモヤした心の不安をぬぐい去るにはやはり本人に会って直接確かめるしかないと思ったからだ。

今日は遅番だと昨日のメールで知っていたので、そろそろ裏の従業員専用出入口から出てくるはずだった。以前にも此処でこうやって彼女が出てくるのを待っていたことがあったなと懐かしい思いに駆られていると扉から出てくる数人の人影が見えた。

勤務時間を終えた看護師達だ、そしてそのうちの一人は佳奈江だった。

佳奈江は僕を見つけると同僚達に挨拶をしてこちらにゆっくりと歩いてきた。

「ごめんなさい、ずっと連絡できなくて…」

そう言って佳奈江は俯いたまま僕と目を合わせようとしなくなった。

やはり何かあったんだ、僕には話せない話したくない何かが。


「佳奈江、僕は君のことが心配なんだ。佳奈江が今何に悩んでいるのかはわからないけど、困った事があるなら相談して欲しいし、もし助けが必要なら僕はどんな事をしてでも全力で佳奈江のことを守るよ。」


だから何があったのか話して欲しい、そう言ったのだが佳奈江は首を横に振って何も心配することは無いという。

しかし、その時僕は見てしまったのだ。無理に笑顔を作ろうとして引きつった佳奈江の顔に黒くチリチリと走るノイズを。


佳奈江と付き合い始めてもう半年になるだろうか、今まで彼女の顔に一度もノイズを見た事が無かっただけにそれは僕にとってとても衝撃的だった。

嘘をついてる事に対する罪悪感だろうか?それとも僕に話せない後ろめたい何かがあるからだろうか?

しかし、いくら優しく問いかけても佳奈江は本当の事を語ろうとはしなかった。

「家まで送るよ」

「ううん、駅までで大丈夫よ。亮平も明日仕事でしょ?早く帰って休んでね」

以前のあの眩しい位の輝きを放っていた佳奈江の笑顔が、今は影を帯びて悲しい作り笑いになっていた。

きっと今こうして僕と一緒にいる事が彼女にとっては凄く辛いことなのだ。

理由は分からないが、僕はそう確信していた。




古澤から携帯に連絡があったのはそれから数日経った夜の9時頃だった。

ちょっと話したいことがあるからこれから会えないかというのだ。

帰宅した直後だったのでそれならうちに来いよというと、30分で行くと言って電話が切れた。


古澤とはメールや電話で時々話していたが、会うのは佳奈江と初めてデートした時以来だから半年ぶりということになる。

わざわざ会っては話したい事とは何だろうと思ったが、佳奈江との関係がおかしくなってしまった今、こちらも誰かに相談したいという思いもあった。



古澤は引っ込み思案な僕と違って昔から女性には積極的だった。

高校時代サッカーでフォワードを勤めていたあいつは運動神経だけでなく話術にも長けていて、クラスの中心的存在だった。

だから女の子にもよくモテたし、古澤とよく一緒にいた僕はあいつの事が好きな女子から古澤の事を教えてくれとあれこれ聞かれることが何度もあった。

そういえばラブレターを渡してくれと頼まれたこともあったな。その度に羨ましいと思ったが、同時に僕には古澤のように女性に積極的になることはこの先も出来ないだろうなと思ったものだった。

恋愛経験豊富な古澤なら今のこの状況を打開するヒントを与えてくれるかもしれない。

あいつならきっと親身になって相談に乗ってくれるだろう、そう思って旧友の訪問を待つことにした。


佳奈江とは先日以来会ってない、メールで仕事で何処其処へ行ったとか昼飯を食べに入った食堂がボロい割には美味かったとか、当たり障り無い話を振ってみたのだが彼女からの返信はなかった。

彼女の身に重大な何かが起きたことはもはや疑いようがなかった。

このまま僕たちの関係は終わってしまうのだろうか、それならそれでせめて納得の行く理由が知りたかった。僕にとって佳奈江は人生で初めて自分の命よりも大切なかけがえのない存在だと思える女性だった。

それだけに悔しくもあった、何故彼女は僕に悩みを打ち明けてくれないのだろう。僕はそんなに頼りにならない存在なのだろうか。

そんな事を考えていると親友の訪問を告げる玄関のチャイムが鳴った。


「早かったな、まぁ入れよ。こっちもいろいろ話したいことがあるんだ。今日は久しぶりに飲もうじゃないか」そう言って古澤を招きいれようとしたが、何故か彼は玄関から動こうとしなかった。


「里中、俺はお前に謝らなければならない事がある」


その言葉を聴いた瞬間、ある想像が僕の頭の中を駆け巡った。

そんなまさか、そんなことがあるはずがない。しかし、古澤の次の言葉を聞いた時、僕の最悪の想像が現実のものだと思い知らされた。

「佳奈江さんのことだ、俺はお前の彼女の事を好きになってしまったんだ。」




「あの日お前達は仕事帰りに食事をする約束をしてたんだってな。彼女はお前が仕事で来れなくなったからといって1人で俺の店に来たんだよ。シェフはその日娘さんの誕生日だから早く帰ることになってたんで俺が戸締りをして帰ることになってたんだ。だから閉店してから他のスタッフが帰った店で佳奈江さんと2人でワインを飲みながら話し込んでたんだ。

話してるうちに俺はだんだん彼女の魅力に惹かれていってた。いや、正直に言うとお前が前に彼女を店に連れてきた時から俺の心は彼女に捉われていたんだ。彼女が酒に弱いとは知らなかったが、帰したくないと思った俺はワインを次々彼女のグラスに注いでいった。フラフラになって真っ直ぐ歩けない彼女を俺は家まで送っていった。そして彼女の部屋まで上がりこんで意識の朦朧とした佳奈江さんの服を脱がして-」


ガシッっという鈍い音が狭い玄関に響き渡った。

右手に鋭い痛みが走った、僕が古澤の顔面を渾身の力で殴り飛ばしたのだ。

「それ以上喋るな」怒りに震える声でそういうのが精一杯だった。

古澤の言葉が信じられなかった。高校の時からの古い付き合いでお互い腹を割って本音で話せる唯一の親友だったはずだ。それがまさかこんな形で裏切られるとは思いもしなかった。


「すまないと思っている、だが俺も本気なんだ。本気で彼女の事を好きになってしまった。汚いやり方だと自分でも思う。酒に酔わせてどうにかしようなんて…」


「ふざけるな!」僕はそう叫んで古澤に殴りかかった、何度も何度も古澤の頬に拳を叩きつけた。

古澤は抵抗することも無く殴られるがままになっていた。

最初からこうなることは想定していたのだろう、友を裏切った報いは受けるつもりなのだ。そして報いを受けた上でそれでもなお佳奈江を自分の物にしたいという確固たる意思表示をしているのだ。

「俺はお前を許さない、親友だと思っていたのに・・」


古澤は口元の滲んだ血をぬぐうこともせずに、すまないと言って部屋を出て行った。

僕は怒りと悲しみに暮れていた。今日という日は間違いなく僕の人生で最悪な日であろう。

なにしろ親友と恋人を同時に失ってしまったのだから。


















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