人間と言うもの
「じゃあ、ここでしばらく寝ててね?」
人間はそう言ってわたしをベットへと寝かせる。
「おい、人間…… ここはどこなんだ」
「ん? ここはネクロ村って言う農村だよ? 村長さんに頼んで空き家を三ヶ月間貸してもらったんだ」
わたしが人間を睨みながらそう尋ねると、人間はまたあの軽薄な笑みを浮かべて答えた。
「だからその不快な顔はやめろと言っているだろうが!」
わたしはあまりに勝手な振る舞いを続けるこの人間に激しくいら立ち、起き上がって胸ぐらでも掴んでやろうとした……
「ぐぅ……」
が、しかし、体は全く動かず、胸元に一つ激痛が走っただけであった。
「だめだよまだ動いちゃ、しばらくは絶対安静だからね」
いくら言っても聞かずに、男はまた、あの腹正しい笑みを浮かべた。
「くそ…… 貴様、わたしの体に何をしたぁ!」
わたしは胸元の痛みに表情を歪め、首だけを動かし、男を睨む。
……わたしの体がおかしいのだ。
体がピクリとも動かず、心無しか呼吸も荒く、気分が悪くなって来ていて、頭が熱くて重い。
どれも生まれて初めての感覚だ。
苦しい。
こんな感覚になるなど、きっと知らぬ間に毒でも盛られたに違いが無い……
「ん? なにって? 何もしてないよ?」
「嘘をつくな! ならばなぜ私は今こんなにも気分が悪いのだ! 体中がダルいし、頭も痛い! 貴様、私に毒でも盛ったのであろう!!」
「へ? ……………………ああ、そうい言うことか」
私が睨みつけていると、人間はポカンとした顔を浮かべ、その後に突然、何かに納得したかの様に笑った。
「何を笑っている! いったい私をどうする気なのだ!」
「どうもしないよ…… あと、君が今感じている不快な気持ちは、全部人間が当たり前に感じる体調不良だよ」
男は再び軽薄な笑みを浮かべ私に語りかける。
「何を言っている! 体調不良だと!?」
「そうだよ? 人間は龍と違って体が脆弱だからね…… 体が弱るとそう言う症状がでるんだよ
ましてや君はいま、あの大けがを塞ぐ代償で、力も強度も完全に人間と同じレベルにまで下がってる
確かに龍だった君には未知の症状かも知れないけど、まぁ大丈夫だから……
今は体が弱ってるから苦しいかも知れないけど、安静にしてればちゃんと回復するからね」
人間はそう言って私の頭をゆっくりと撫でながら笑った。
「なんだと……! この私を人間如き下等生物と同等に堕としたというのか!
なんと言う屈辱!!
ええい! 私に気安くふれるなぁ!! 貴様は絶対に許さっ……………ぐぅぅ」
私は再度、人間に掴み掛かろうとしたのだが、その途中で頭がくらりとして、意識が遠のいた。
ベットに倒れ込むと、激しい気持ち悪さがこみ上げる。
くそ…… 苦しい…… 胸元がズキズキして、吐き気がこみ上げる……
なんなんだこれは、こんなにも……
こんなにも人間と言うのは脆弱なのか!?
「さ…… しばらく寝な?」
人間がわたしの頭を撫でながら布団をかけ直す……
くそ……! だから気安く私に触れるなとぉ……
うぅ…ダメだ…… 意識が朦朧としてき…… た……
「おやすみ……」
薄れ行く意識の中で……
私が最後に見たのは、あの男の……
腹の立つ笑みであった。
「く………そ…………」
————
朦朧とした意識の中で、なにか暖かい物を感じる。
体の全てが重くて熱い。
呼吸をするのもしんどくて、まぶたを開けるのをおっくうだ……
なんとか頑張ってゆっくりとまぶたを開くと、そこには一人の男が私の頭を撫でながらにこやかに微笑んでいた。
………………?
なんだ?
この男はなぜわたしの頭を撫でている?
いったい……
いったいこの男はだれだっただろうか?
なにかこの男とあった気がするのだが……
どうにも意識がはっきりしない。
なん…だったろうか?
ああ……
ダメだ……
考えるのもダルい。
「薬を作って来たんだけど飲めるかな? 飲みやすい様に汁にしてきたんだけど」
薬?
男がさじを持って、そのくすりとやらを私の口元に運ぼうとする。
が……
むぅ……
これは無理だ……
口を開けるのもだるい。
飲み込むのもつらいのだ。
「ん〜、まいったな……………… えっと、イヤだと思うけど我慢してね?」
………がまん?
男がさっきの汁を口に含んで…… 何を…する気だ?
ん…… 男が顔を近づけてくる…… なにを?
「………ん …………ちゅ」
男の唇が私の唇に触れる……… そして口を伝って甘苦い汁が喉を伝って行く。
私はそれを何も考えずに、コクコクと飲み干して行った。
「ぷぁ………… 今のは……」
私はぼやけた頭の中で先程の出来事を考えた。
今のは…… ええと…… 何だっただのろうか……?
なにか大変な事だったのではないかと頭の隅で過るが、どうにもぼやけた頭では考えがまとまらなかった。
「さ…… もう一回休みな?」
男は再び私の頭を撫でる。
男の……
この男の手は温かい……
さっき、私に男がした事は、なにか大変な事の様な気がするが……
だけど、なんだろうか……
この男の手は温かくて、別にさっきのも不快な感じではなかった……
う〜ん……
ならもういいか……
考えるのもダルい。
もう寝てしまおう……
「おやすみ……」
「うん……」
わたしは男の事をぼんやりと見つめて答える。
薄れ行く意識の中で、わたしが最後に見たのは微笑む男の姿だった。