「さっさと死ね」と言われた事をチクった結果
血の繋がった母は私が幼少の頃に病で亡くなった。
それからすぐに侯爵の父は家に愛人と、彼女との間に出来た娘を家に招き入れた。
その娘は私より数ヶ月先に生まれた、私の義姉に当たる子供だった。
義母と義姉がやって来てからというものの、私の生活は酷いものだった。
元々父と母は政略結婚で折り合いが悪かったらしく、母によく似た容姿を持つ私を父はとにかく嫌悪した。
徹底的に自分の視界に入らないよう手を尽くし、仮に私が父の前に姿を見せても、彼は目すら合わせず、いないものとして私を扱った。
義姉イアサントと義母は寧ろ私の姿を探し回り、見つけては嫌がらせの数々を浴びせた。
暴言、暴力は当たり前。
その他にも貴族らしい私物や衣服は全て取り上げられ、使用人と同列に扱われ、毎日のように残飯を一つに混ぜ合わせたような見た目と独特の苦みを持つ酷い料理だけを食べさせられる。
使用人も彼女達と結託し、率先して私を虐め、家には私の居場所がなかった。
幼少の時から婚約していた婚約者ボドワンも、家での私の立場を知ってからは私を蔑むようになり、イアサントに惹かれるようになった。
彼は伯爵令息。
侯爵の血を引こうとも立場のない私より、侯爵の愛娘であるイアサントと繋がりたがるのは自然な流れでもあった。
そしてイアサントは私を苦しめる事に喜びを得る様な人だ。だからこそ彼女は私のもの――それも婚約者という大きな存在――を奪う事を選んだ。
そして私が社交界に顔を出す数少ない機会……イアサントの十三の誕生日パーティーに出席した日の事。
ぼさぼさの髪にサイズの合わない、流行遅れのドレス。
年にも流行にも合わない厚化粧を施された私は、大衆の笑われ者だった。
上位貴族の娘がこんな扱いをしていれば、普通ならばその家の実態を不審がったりするものだけれど、どうやらイアサントと義母は私を家に閉じ込め、社交界に顔を出している間に徹底して私の悪評を流していたようだ。
自分こそがアングラード侯爵家に相応しい娘だと主張し、後から来たイアサントや義母に辛く当たる、手の付けられない我儘娘。
社交界に出ないと我儘を言い、家ではろくな教育も受けずに堕落した生活を送る。
だからこそ使用人や父であるアングラード侯爵からも見放され、化粧などの身支度ではこっそり意趣返しされる始末。
けれど傲慢な彼女は自分がそんな仕打ちを受ける人間ではないと驕っているからこそ、その嫌がらせにも気付かない……そんなシナリオが、社交界では完成していた。
そんな中で。
「フルール・ド・アングラード! お前との婚約を破棄する!!」
見ず知らずの人間ばかりが集まるパーティーの会場で、ボドワンは私にそう言い放った。
……イアサントと腕を組みながら。
「お前は亡くなった前侯爵夫人の代わりに尽くしてくれている現侯爵夫人とお前を気遣い続けてくれているイアサントにこれまで、散々な仕打ちをしてきた! 彼女達が後妻とその娘であるという理由だけでだ!」
イアサント達に唆されたのか、それとも彼も彼女らと結託しての発言なのかは分からない。
事実なのは、彼が一切存在しない事実を、さも本当に起こった事かのように告げていた事だった。
「お前のような恩知らずで、醜い心を持った悪女との婚約など、たとえ侯爵家の娘であったとしても願い下げだ! 俺は、お前との縁を切り、真に愛するイアサントと結ばれる!」
誰も、私の味方をしてくれる人はいない。
私は知っていた。
自分より多くの人間が敵に回った時、自分に出来る事など何一つないという事を。
反発すればよりろくでもない目に遭うだけ。
それを知っているからこそ私は口を閉ざし、ただただ、ボドワンからの罵倒と、イアサントの嘘泣きの声と、周囲の嘲笑に耐えていた。
この時間が、酷く長く、途方のないもののように思えた。
「ホント、さっさと死ねばいいのに」
婚約破棄後、晴れてボドワンを手に入れたイアサントは私を見る度にそう言って鼻で笑った。
「本当に。婚約相手すら失ったお前の価値が一体どこにあるというの。生きていてもあの人を不快にするだけだというのに」
義母がそれに乗っかっる。
私はというと、イアサントから被せられた水を浴びてびしょ濡れになっていた。
「さっさと死んで、役に立ってみせなさいよ。貴女に掛けているお金が無駄で仕方ないのだから」
それから、汚した分はきちんと片付けておけと言うと、義母はイアサントと共に笑いながら去っていった。
婚約破棄から数ヶ月が経った頃。
私の体に変化が起きた。
突然、腹を突き刺すような痛みが襲ったのだ。
それから発熱を繰り返すようになり、しまいには血を吐く日も出るようになった。
医師が何度か見に来たけれど、原因は不明。
流行り病とも異なる症状だとかで、私は長く生きられないだろうという杜撰な診断だけを受けた。
婚約相手もおらず、余命宣告までされたお荷物な私を見て、イアサントと義母は大層喜んだ。
「やっといなくなるのね!」
「本当に、長かったわ」
そんな事を言っていた。
変わらず私へ嫌がらせをしてくるイアサントや義母、そして使用人の様子を見るに、どうやら私の抱えた症状は人に移る事はないようだった。
医師がそのように伝えたのだろうと、この時の私は認識していた。
さて、何はともあれ、イアサントと義母の望んだ通り、あと少しで命を落とす事となったらしい私。
私は「血で物を汚されるのが嫌だから」だとか、「働けもしないのに家に置いておく利益がないから」だとか、そんな理由から家を追い出される事となった。
公な名目では『療養』という形で、私は辺境に住む伯爵の叔父の家に預けられる事となったのだ。
叔父は私の父の弟に当たる。
彼は辺境に領地を抱えている都合から私と会う機会はあまりなく、王都近辺の社交界事情にも疎い人だった。
けれど父とは違い、出会う度に姪である私を可愛がってくれていた。
これまでは稀にしか顔を合せなかったし、来訪の時期が分かっていた事もあって父や義母は叔父と会う時にだけ、私を『普通の侯爵令嬢』として振舞わせてきたけれど、病に罹った事をきっかけに私が家を追い出された事、また送り出された私の心身ともにボロボロな姿を見て何かを悟ったのだろう。
叔父は私を抱きしめて「すまなかったと」涙を流した。
それからの生活は……見違えるようだった。
叔父は私と共に過ごす時間を必ず作ってくれたし、余命僅かと言われている私なんかの為にドレスやアクセサリーを買ってくれた。
使用人も嫌がらせをせず、私が働こうとすれば寧ろ叱ってくれるような人達ばかりで、とにかく、少し前までは信じられないような、幸せな日々が待っていたのだ。
「他に、何か望む事はあるかい」
ある日、叔父とアフタヌーンティーを楽しんでいた時。
私はそう問われた。
「欲しいものでも、やりたい事でもいいんだよ」
「そうは言われましても、既に充分よくしていただいていますし……」
そう言いながら迷ってしまった私だったけれど、ふと最近、使用人とした世間話を思い出した。
確か、この領地には薬となるような植物が多く発見されている山がある為、医師や薬師がよくやって来るのだとか……そんな話だ。
残りわずかと言われているこの命で、何か出来る事はあるか。
良くしてくれている叔父に恩を返す事や、自分が生きた証になるような事はあるか。
そう考えた時、原因が解明されていないような不治の病を治すには至らずとも、治療法が確立されている者達を治すような存在になれたらいい……そんな漠然とした思いが過った。
「薬学を、学んでみたいです」
医学でなかったのは、病気の医師という存在があまりに頼りないと思ったから。
薬師であれば立ち回りによっては患者との関わりを最小限に抑えられるかもしれないと思った。
まあ、薬師と呼べるような人間になる前に、死んでいるかもしれないのだが。
私のこの希望を聞き入れてくれた叔父は家庭教師を雇い、また薬学に関する書物も多く買い与えてくれた。
また折角だからと、貴族としての社交マナーを学べるよう、一般教養を教える家庭教師まで用意してくれた。
こうして、家ではまともに触れる事さえ許されなかった勉強に励むようになった私だったけれど……どうやら勉強というのは私に非常に合っていたらしい。
身に付けた知識を活用し、新たな回答を得る。この工程を非常に楽しいと感じた私は、誰に強いられるでもなく率先して学びを深めていった。
与えられた薬学の学術書や植物図鑑など読み耽り、夜中になっている事や、私の夜更かしに気付いて叔父が叱りに来るなんてことも増えつつ……私の一日はより充実した日々となった。
体の重さは緩やかに増していたし、腹痛から始まった痛みも徐々に全身へと広がっていき、一歩も歩けないくらいに体調が悪い時もあったけれど。
それでも確かに私は幸せだった。
***
体は確かに蝕まれていたけれど、私は杜撰な余命宣告の後も三年間、生き長らえた。
その間、すっかり薬学に詳しくなった私は伯爵邸の中に調合用の研究室まで用意してもらって、日々薬の調合に勤しむようになっていた。
体調が良く、暇な時には護衛を付けて山まで向かい、薬草の採取をする事もある。
調合した薬は領民に安価に売られたり、需要がありそうな薬草を栽培させて売り出し、伯爵家の経営に貢献したりもした。
そんなこんなで相も変わらず充実した日々を送っていたある日の事だった。
研究室で元気に薬の調合をしていた私の耳元で声がする。
「相変わらず、研究中は周りが見えなくなるんだな」
「……っ!」
低く落ち着いた声。
叔父とはまた違うその声に私は驚き、飛び退く。
「久しぶり、フルール」
「え、な……っ、セヴラン様!?」
青い髪に黄色の瞳を持つ彼はセヴラン・クラヴェル公爵令息。
列記とした大貴族のご子息様だ。
「今日到着すると、事前に伯爵に連絡していたはずなんだが」
「ああ……そういえば数日前に、そんな話を聞いた気が」
セヴラン様のお父上――クラヴェル公爵は叔父の学友だそうで、たまに王都を離れたがるセヴラン様の要望の為に公爵自ら、叔父に息子を預かって欲しいと頼む事があるのだとか。
彼と出会ったのは三年前。
けれどその後も数ヶ月から半年置きに顔を合わせるようになり、同年代だった事もあって、私達の仲はすっかり深まっていた。
「なるほど、君は俺との再会よりも薬の調合に興味があったと」
「め、滅相もございません」
私は慌てて否定しながら、持っていた薬瓶を机に置く。
「ああ、作業の邪魔をしようと思った訳じゃない。俺の事は気にしないでいいさ」
「そうもいかないでしょう。久しぶりにお会いできたのですし。折角ですから、二人でなければ出来ない事をしましょう」
私は部屋を出る支度を始める。
その近くでは、これから私が何をしようとしているのかを悟ったセヴラン様が苦く笑っていた。
***
「……それで。これが二人でなければ出来ない事、な」
「へ、へへ……」
私達は近くの山まで、薬草の採取に出ていた。
物言いたげな視線を受け、誤魔化すような笑いを私は漏らす。
「だって、二人で行けば二倍の薬草を持ち帰れるんですよ」
「護衛に任せればいいだろうに」
「彼らは私を守るのが仕事なんですから、他の仕事を押し付けてご迷惑をおかけするわけにはいかないでしょう」
「なるほど、俺なら構わないと」
「うっ」
「冗談だ。最早恒例行事だしな。……これを採ればいいんだな?」
セヴラン様は長い睫毛を伏せて品よく笑いながら、手元を観察する。
そして私が見せた種類と同じ草を手際よく採取し始めた。
「ありがとうございます、本当に」
「構わないさ。それよりも、手を動かしているだけだと飽きるだろう? 何か面白そうな豆知識はないか? 薬師殿」
「勿論、仕入れていますとも」
二人で植物を採取し、その間に私が薬学関係の豆知識を話す。
これがセヴラン様が屋敷にやって来る度に行われる恒例行事となっていた。
「燃やすと特定の現象を引き起こす植物があるんですけど」
「特定の現象?」
「はい。特殊な臭いを伴ったり、有害な物質を発生させたりするなど、本当に様々なのですが。中にはただ焦げたり炭になったりするのではなく、燃えカスが別の色に変色したりするものもあって」
「へぇ」
「最近薬草の仕入れにいらした薬師さんから聞いた話では、植物を燃やした際にその燃えカスが真っ赤になったまま地面や建物の壁にくっつき、色素が沈着してしまって、殺人の現場のような惨状になってしまった……なんて事件もあったみたいですね」
「取れなくなるのか。それは厄介だな」
やや早口で、豆知識を語っていると、相槌を打っていたセヴラン様と目が合う。
彼は美しい容姿に優しい笑みを湛えながら私を見つめていた。
「ど、どうかしましたか……?」
「いいや。やはり君は、植物の話をしている時が一番楽しそうだと思ってね」
「それは勿論!」
「君が楽しそうでいると俺も心が躍るよ。他にも話してくれ」
「他には……ああ、最近生物に寄生する虫の話が話題になりましたけど、実は植物にもその類の物は存在するんですよ。中でも熱や損傷に強い種別なんかもあって……」
「……それは、目を輝かせてする話なのか?」
若干顔色が変わったセヴラン様を置いていってしまいながら、私はひたすらに、最近仕入れた植物の知識を披露するのだった。
その日の夜は叔父とセヴラン様と三人で食事をとった。
因みに叔父の奥様も私の母と同じ流行り病で亡くなっている。
その事もあって、伯爵家を継ぐ子供もいない為、どうせ養子を迎えるなら私を迎えようか……などという提案もしてくれていた。
残念ながら、いつ死ぬかもわからない私が後継者となるなど迷惑でしかないし、悪評のせいで嫁いでくれそうな男性すらいないと思うので、丁重にお断りしたけれど。
三人で食事をとり、セヴラン様とは明日も山へ行く約束をしてから、私はその日の出来事を思い出して床に就いた。
……私の容態が悪化したのは翌日の事だった。
酷い高熱に魘され、意識が朦朧としている私を叔父とセヴラン様がそれぞれ看病してくれていた。
「お休みの為に来ているのに、看病なんて……」
「俺が君といたいからこうしているだけだ」
朦朧とする意識を何とか繋ぎ留めながら、傍に寄り添うセヴラン様にそう声を掛ける。
すると安心させるように、大きな手で微笑を撫でられた。
生家にいる時には得られなかった人の温もりと優しさ。
体調が悪く、普段より心細かったのもあるのだろう。
それがとても嬉しくて、胸がいっぱいになってしまって、思わず涙が溢れた。
「っ、フルール、苦しいのか」
「い、いえ、ただ……うれしくて」
ハッと、息を呑む気配があった。
それから、セヴラン様は私の涙を拭ってくれた。
そんな彼の手にすり寄りながら、私は瞼を閉じる。
「私、実家では嫌われ者で……こんな風に接してくれる人なんていなかったから。だから、叔父さんやセヴラン様とこうして過ごせる日々が、どうしようもなく幸せなんです」
「フルール……」
「「さっさと死んでくれ」と、そう言われる事も珍しくはなくて……そのくらい、かつての私には居場所なんてなかったんです。だから……こんな私と仲良くしてくれてありがとうございました」
「何を今生の別れのような……。元気になればまたいつものように付き合ってやるさ。体調を崩した時だって、望むならずっとこうしている」
そう言ってセヴラン様は笑ったけれど、私は悟っていた。
今回の不調はこれまでとは比にならない程に重く苦しい。
きっと、終わりが近いのだと。
セヴラン様の言葉に応えられず、微笑む事しか出来ない私の気持ちを悟ったのだろう。
彼は眉根を寄せ、顔を歪めた。
「何か、出来る事は」
「ここへ来てからも、何度か診ていただいたけれど……お医者様でもお手上げでした。いくつかの病の可能性を考えては薬も試したのですが、どれも駄目で」
沈黙が訪れる。
その間、ずっと私に触れてくれている手があった。
「……いいんです。私、充分幸せでした。このまま死ぬんだとしても、そう思えます」
そう、これは本心だ。
けれど、幸せだったからこそこの日々の終わりが惜しいと思う気持ちもあった。
まだ続いて欲しい。
叶う事なら――
「……もう少し、生きたかったな」
うっかり溢れた呟きに、セヴラン様が目を見開く。
気を遣わせてしまったかもしれないと、すぐに謝罪をしようと思った。
けれども、それよりも先に。
「――フルール」
彼は何かを決めたように、真っ直ぐな瞳で私を見た。
「君の研究室を、少し検めさせて欲しい」
「私の、研究室を……?」
「ああ。俺には調合は出来ない。けれど、もしかしたら……君を救う手掛かりを見つけることが出来るかもしれないだろ?」
不治の病。
それを治す方法が私の研究室にある可能性……それは極めて低い。
けれど、私が生きる道を必死で探そうとして売れるセヴラン様の想いは、とても嬉しかった。
だから私は、彼の言葉に頷いたのだ。
***
フルールが眠りについた頃。
彼の叔父が医師を連れてきた。
その検診に付き合っていたセヴランが聞いたのは、彼女に残された時間があまりにも短いという事実だった。
長くても後一週間も生きられないだろう。
そんな言葉を聞いたセヴランは、叔父に事情を説明してフルールの研究室への入室の許可をもらい、足早にその場から立ち去った。
――セヴランは普段、王都のタウンハウスで学園に通っている。
都会で生活する彼は、フルール・ド・アングラードという悪女の名に覚えがあった。
けれど社交界で聞く彼女の噂は、実際に会った少女とはあまりに程遠いものばかり。
だからこそセヴランは、何度か彼女と顔を合わせる内に、あの悪評こそが悪意の塊であり……彼女を意図的に陥れようとした何者かが存在しているのだという事を悟った。
そして先のフルールの話から、その何者かがあろう事か彼女の家族である事を知ったのだ。
家族の死を望み、虐げるような環境で過ごしたフルール。
ほんの一欠けらの優しさで涙を流すような健気で不幸な彼女がこのまま命を落とすような事を、セヴランは許せなかった。
無謀だとしても、彼女の為に動いていなければ、自分の無力感に打ちひしがれてしまいそうだった。
セヴランはフルールの研究室を当たる。
彼女は論文を集めたり、自分で書いたりしていた。
それらを徹底的に検めていこうと決めた彼は、山積みにされた書類に視線を向ける。
そしてその目が――最上部に置かれた新聞紙を捉える。
『寄生植物の誤食、薬品による対策が一部地域で普及』
その見出しに目を引かれたのは、先日の彼女との会話が過ったからだった。
セヴランは吸い込まれるようにその記事に目を通す。
生命の消化器官に寄生し、長い時間を掛けて緩やかに体を蝕んでいく植物の存在と、それに対する特効薬の調合法が数年前に確立し、最近は山菜を率先して食する地域などで需要を見せているという内容の記事だった。
新聞も最近のもの。
これを読んだからこそ、フルールもセヴランに寄生植物の話をしたのだろう。
そしてこの記事を読んだ時、セヴランは嫌な予感を覚えた。
――「さっさと死んでくれ」と、そう言われる事も珍しくはなくて。
まさかとは思う。
口にするだけだとしてもおかしな言葉。
だが、ただ言うだけなのと何か行動に移すのでは問題の大きさがあまりにも違う。
(だが、彼女を襲っていたものがそもそも病ではなかったとするのならば……医者が特定できなかったのも頷ける)
悪寒を感じながらも、セヴランは一つの希望を抱いていた。
薬学、調合マニアのフルールの事だ。
自分が知らない薬の調合法――それも流通しつつあるものの調合を試していてもおかしくはない。
そう思った彼は研究室の中を検め始め、そして――
「……あった」
部屋の隅、メモ書きを貼られた薬瓶を見つけたセヴランはそう呟いたのだった。
***
「……フルール」
耳元で優しい声がした。
呼ばれた名前に反応するように、私はゆっくりと瞼を持ち上げる。
すると安堵したような顔のセヴラン様がいた。
「セヴラン様……」
「すまない。起こしてしまって」
「いいえ。どうかしましたか……?」
耳鳴りが酷く、彼の声が非常に遠く感じる。
それでも何とか聞き取ろうと彼の言葉に耳を傾けた。
私が聞けば、セヴラン様は僅かな躊躇いを見せてからある薬瓶を私に握らせた。
「これを……試してみないか」
私はそれに視線を移す。
薬瓶の中の液体の色、そして小瓶に貼られたメモ……それを見た私は彼が言わんとしている事をすぐに悟った。
同時に、恐怖と困惑が襲った。
……どうして、思い至らなかったのだろう。
何故、試そうとすら思わなかったのだろう。
そんな疑問が過った。
そんな私の、薬瓶を握る手をセヴラン様が優しく包み込む。
「君の落ち度じゃない。こんな予感は……本来なら外れるべきなんだ。そして、この可能性に対し、君が無意識的に拒絶してしまっていたのだとしても、それはきっと当然の反応だ」
私に触れる両手に力が籠められる。
「フルール、大丈夫だ」
「セヴラン様……」
「たとえ君が望まない結果があったとしても、俺や伯爵……君を心から必要としている人がいるという事実は変わらない」
だからどうか、少しでも可能性があるなら試させて欲しい……彼はそう言った。
幸いにもこの薬は大きな副作用をもたらす類の物ではない。
それでも拒否感を覚えてしまうのは……私の心の問題だった。
けれどそんな想いは、セヴラン様の寄り添ってくれる声で払拭されていく。
「わかりました」
私はベッドの上でゆっくりと体を起こす。
セヴラン様の力を借りながら半身を起こした私は薬瓶の蓋を開け、一思いに呷った。
翌日。
随分と軽くなった体が、自身に何が起きていたのかを悟らせた。
熱もすぐに下がり、暫く残った気怠さや全身の痛みは一週間もすれば体を動かせる程に回復した。
医師からも余命宣告は取り消され、晴れて私は健康な体を手に入れた。
「フルール」
開いた窓から吹き込む風を感じながら、自室で物思いに耽っていると、ノックとセヴラン様の声が聞こえる。
「はい」
扉が開き、セヴラン様の姿が見える。
すると不意に、私の瞳から涙が零れた。
「フルール」
「すみません。あの薬が本当に効いたのだなと、今更ながらに実感して」
セヴラン様はベッドへ駆けつけると私を抱き寄せる。
彼の温もりに身を委ねながら、私は己の気持ちを吐露した。
「どれだけ嫌われていても、酷い言葉を浴びせられて来ても……これだけは信じたくなかったんだと思います」
「ああ」
「だって私は何もしていない……それなのに、まるで雑草を踏むかのように当然のように、躊躇いもなく命を奪われようとしていたなんて。人としての一線すら何とも思わせない程までに私という存在は無価値で軽い存在だと、きっと……そう思いたくなかったんだと思います」
「分かっている。無理に話さなくていい」
私の体を死へ追いやろうとしていたのは寄生植物だった。
これは大元の植物を細かく切り刻んだとしても、生命としての機能を残す可能性がある植物で、私はそれを日々のあの……酷い味がする料理に含ませられていたのだと悟った。
少量だから、生きている個体がそもそも少なかったが、ある日ついに料理に紛れたそれが私の胃を苗床にし、体に様々な影響を与えながら成長し始めた……それが長年苦しめられた不調の真相だった。
私は暫くの間、セヴラン様の腕の中で泣きじゃくった。
けれど一頻り涙を流した後の心は思いの外軽くい。
それは……あの薬を飲む時の、セヴラン様の言葉が心の中に残っていたからだと思う。
私は生家の人達にとっては死んで当然の、どこまでも煩わしい娘だった。
けれど生家を離れた今。私が去れば悲しんでくれる人達が確かにいる。
私が自覚できる程に確かな愛情を私は受けてきた。
だからこそ、家族に死を望まれていた事実は悲しいけれど、すぐに立ち直れたのだ。
「セヴラン様。……ありがとうございました」
腕の中で顔を上げて笑う。
するとセヴラン様は目を見開いた後、フッと優しく笑った。
「こちらこそ。生きてくれて、ありがとう」
***
王都で開かれた大規模なパーティー。
煌びやかな会場の中、イアサントとボドワンは酒とダンスに興じていた。
その時だ。
ホールの入り口からざわめきが起きる。
「まぁ。セヴラン様がいらっしゃるなんて」
「珍しい……お隣の麗しいお方は?」
称賛や興味……注目の的となる男女の姿をイアサントとボドワンは追う。
そしてホールの真中へ向かって歩く二人の姿を目の当たりにしたイアサントは――すぐに理解した。
社交界でも屈指の有名人である公爵令息にエスコートをされる女性が……自分の義妹フルールであるという事に。
着飾ったフルールはイアサントの誕生日パーティーの時とは見違えるほどに美しかった。
それこそ、周囲の者や、ボドワンまでもが見違える程に。
「っ、ちょっと! 何であんなのに見惚れてるのよ」
「ふぇっ!? な、なんだよ急に」
「あれはフルールよ!」
「……は? そんな訳。大体あいつはいつ死んでもおかしくないんじゃ――」
突然怒りを剥き出しにするイアサントの発言を始めは疑ったボドワンだった。
しかしまじまじと観察するうちに、イアサントの言葉が正しいものだと理解したのか、息を呑み目を剥く。
イアサントはそんなボドワンの腕を引き、フルールとセヴランの進路を塞ぐように飛び出す。
「っ、どうして、アンタがここにいるのよ……!」
初めは怒りを滲ませていた彼女だが、フルールの隣に立つセヴランの視線に気付くと、突然しおらしい態度になる。
「ま、また私をいじめにきたの……!?」
「違――」
イアサントの言葉をフルールは否定しようとする。
しかしそれをセヴランが静かに制した。
「丁度いいだろう?」
彼はそう囁いてフルールに微笑み掛けるとイアサントに向き直る。
「いじめ? 一体何のお話ですか?」
「セヴラン様……っ! その子は私の義理の妹なんですっ、以前、我が家にいた時は私が愛人の子だからと酷いいじめを受けて……っ」
「貴女が、彼女に……?」
「はい……っ!」
この頃には、セヴランの隣に立つ美しい女性がフルールである事が明らかとなり、周囲は驚きからどよめき出していた。
そんな中、セヴランはじろりとイアサントとボドワンを見て――鼻で笑った。
「馬鹿げた話だ」
「え?」
「彼女を虐めていたのは、貴様らの方だろう、イアサント・ド・アングラード」
イアサントの顔が強張る。
社交界で穏やかな微笑みを崩さない彼が、鋭い視線を彼女へ向けていたのだ。
「いや、ただ虐めていただけではないな」
「い、一体何のお話か――」
「貴様らアングラード侯爵家の者は結託し、非常に危険な寄生植物を日々の食事に混入させ、フルールを原因不明の病として殺害しようとした!」
「な……っ!」
イアサントとボドワン、どちらの顔も青白くなっていく。
ボドワンも事情を知っていた事は明白だった。
「言い逃れは出来ない。既にこの事実を俺は国に報告し、今まさに、貴様の家には調査が入る頃だろう」
「……寄生植物は燃やせば紫色に変色し、その色が沈着する。私が植物に寄生された事を確認した後、残った寄生植物は処分したのでしょう? 形を残したままの破棄は証拠が残る恐れがある。なら普通は焼却しようとするでしょうけれど……あの植物は燃やせば紫色に変色し、燃えカスの色は周囲に沈着する。……気付かずに焼却していたなら、すぐに証拠は見つかるでしょう」
「な……っ、あ、アンタ……ッ!」
「さて、家族や使用人諸共結託して虐げられていた娘に、貴様を虐める様な事が本当に出来るのか。こんな馬鹿げた主張を信じている者がいるのだとすれば……今一度、考えを改めるべきだろう」
イアサントとボドワンは顔を青くさせたまま、助けを求めるように周囲を見回す。
けれど誰もがその視線を避けるように顔を背けていた。
たった今……彼女達の味方はいなくなったのだ。
「何でよ……っ、何でアンタみたいな何もない奴が、セヴラン様を味方に付けてる訳!?」
「何故……? 簡単な話だ」
本性を晒し、フルールに暴言を吐くイアサント。
その問いに答えたのはフルールではなく、セヴランだった。
「彼女が、俺の心を動かす程に――魅力的な女性だからだ」
***
あれから一ヶ月が経った。
調査の結果、アングラード侯爵邸のある暖炉から、寄生植物を燃やした痕跡が発見されたらしい。
暖炉内に付着した色素や燃えカスなどから専門家が詳しく調べたところ、間違いないとの結果も出た。
寄生植物を他者へ――ましてや家族へ食べさせるという殺人行為。
これによりアングラード侯爵、夫人、イアサントは爵位を剥奪され、投獄された。
また家族が私の殺害を考えた際、この案を提案したのはボドワンだそうで、彼もまた同様に捕らえられた。
今後、彼らは辺境の鉱山で一生奴隷のように働かされる事となるだろう。
また、この件に関わった使用人は皆処刑されたとか。
こうして私を陥れた人たちが皆社交界から姿を消した後……アングラード侯爵の空いた席を叔父が埋める事になった。
また、叔父は私を養子に引き取ってくれ、私は今も幸せな生活を続けている。
領地経営の都合からアングラード侯爵邸……王都に近い場所で暮らす事が多くなった叔父に付き添う形で、私も生家に戻って来たけれど。
そのお陰でセヴラン様ともお会いする機会が増えた。
彼は叔父の許可をもらい、定期的にアングラード侯爵邸へ足を運び、私とお茶をする。
「引っ越してからの生活には慣れたか?」
「はい。……薬草の採取の機会が減ったのは痛いですが」
「相変わらずだな」
セヴラン様はそういってくすくすと笑う。
「君の生活が落ち着いたら言おうと思っていたのだが」
「……はい?」
「あのパーティー以降、君を意識する虫が増えてな」
セヴラン様はそう言いながら席を立ち、私の前で跪く。
まるでお伽噺の王子様の様な振る舞い。
そして彼は手を差し出した。
「俺と、婚約してくれないか?」
「……え」
突然の事に思考が止まる。
唖然としていると、セヴラン様が困ったように眉を下げる。
「困るか?」
上目づかいであざとさまで付いた表情。
私は慌てて首を横に振った。
「そ、そんな……っ! ただ、わ、私なんかとでいいのかと……」
「君が良いんだ」
黄色の瞳が、私を真っ直ぐと映す。
彼は私の答えを待っていた。
私の好きな事に、文句も言わず付き合ってくれた。
苦しい時に寄り添ってくれた。
そして、私を救ってくれた……大切な人。
答えは決まっている。
「……よろこんで」
私は彼の手を取った。
セヴラン様が笑みを深める。
それから私の手を引いて抱き寄せ、額にキスを落とされる。
「ありがとう。……絶対に、大切にする」
彼の『大切にする』という言葉は、心から信じられる。
安堵と喜びに視界が滲むのを感じながら、私は彼を抱きしめ返すのだった。
大切な人達と共に――私の幸福な日々は、これからも続いていく。
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