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彼方よりカナンの鍵へ  作者: 一沢


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3章 水銀の声『アノヒト』

 公共の施設たる緑地のブロックからタイヤを離した瞬間だった。白く染まっていたアスファルト群が空へと打ち上げられる。役目を終えた『彼ら』が連れ去られたのだ。止める事など出来ない、彼らに————既に意識などないのだから。




 前方を向く寸前、次の区画ブロックに乗り上げたのが振動でわかった。そして景色が一変するのがわかる。大小様々な建造物が、これまた狂ったように佇んでいる。




「美しい」




 二つの巨塔に支えられた球体。ピラミッドを不敬にも三つ重ねた姿。エッシャーのだまし絵を無理に掴み上げればこうなるのかと首を捻る水の永久機関。金属パイプという有機物から最も離れた素材で作り上げた、生々しく淫靡な裸婦像。




 ————つい笑ってしまった。巨大な猫だ、猫がとぐろを巻いて寝転んでいる。




「あなたに芸術の審美眼があるとは思いませんでした。絵心でもあるの?」




「透視に遠見、サイコメトリーなんかで森と洞窟、人体解剖図なんかも描いたぞ。資料にないか?」




「———まさか、これはあなたが。芸術家との会合なんて望むべきじゃないようね」




「同意見だ」




 パラパラと昨今珍しくなった紙媒体をめくる音が聞こえる。慣れない色鉛筆で爪が裂けるまで描かされた甲斐があったようだ。望み通りの出題範囲を全て網羅して回答したのが、余程気に食わなかったのだろう。




 創作意欲と呼ばれる性欲を存分に撫でられた時、ようやくそれぞれの部門に特化した校舎が見えてきた。そして、当たり前の疑問が思い浮かんだ。




「カナン内でも子供が生まれるのか?」




「ここを何処だと思っているの?男女のみならず、同性でも出産が可能です」




「その子はどうやって再現するんだ?」




「両親相互の遺伝子はデータとして取り込んでいると仮定した場合、遺伝子配列をかけ合わせて、重ね合わせる。男女のどちらに傾くかはカナンセントラルが————」




「つまり実体はないAIが生まれる。じゃあ次の世代、AIとAI、もしくは人とAIでも可能」




「そう言ったつもりです。それに、あと数百年も経てばこのカナンこそが万人の現実、ひとつの国家となります。いずれ人の脳が完全に擦り切れたとしても、後のカナンは次世代のAI————私達、創設者の意思を引き継いだ者達が創生を続けていきます」




「人に拘らないとは。なかなかに反逆者じゃないか。作り上げられたAI達、無辜にして白痴の人々を誰が導く?」




 ようやく我に返ったらしい。自分達が行っていた御業が何者を救うための物か。これは人類を救うための世界じゃない、人類が邪魔で邪魔で仕方ない人間が求めた楽園計画だという事に。そして————その人間を深淵から望む者にも。




「‥‥どうして、」




「何故今まで気づかなかったのか。当然だ、俺にはあの方がいるように。お前らのご主人様も————『貴き者』と契っている。何時からか脳を侵されていたんだろう?自分のこれまでの行いを振り返って、」




 言葉を断ち切るように車が止まる。シートベルトを付けていなかった所為だ、運転席と助手席、更にはフロントガラスに頭を突き入れそうな勢いに襲われる。




「文明の利器は安全装置にこそ相応しい‥‥。もう着いたのか?」




「え、ええ。到着しました」




 開かれた扉から飛び降り、改めて空へと広がる建物を見つめる。マンモス校と言うのだろうか?幼稚舎から大学までを一ヶ所に集めたかのような集合学級には首が凝る。そも、自分のような清く正しい人外にとって、『学校』と呼ばれる教育機関はとんと縁のない土地だった。————いや、誘われてはいた。




「次の異常な数値を弾き出した土地は、その校舎です。因みに説明しておくと当該校舎はとある日系企業、法人と共に同法人が運営している私学を参考に」




 違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。




 この校舎は覚えている。窓に設置された日よけ、耐震の為に造り出されたX字の鉄骨、ガラス張りの集会所に会議、学習室。そしてそれぞれの芸術教科の為に割り当てられた球体教室の外観。全て知っている。だって、あれほど説明されたのだから。




「‥‥いい建築様式じゃないか。建築士は誰なんだ?」




「あなたでは知り得る事の出来ない、人類の至宝とも評される———おかしい」




 白衣の女性が、急に声を止めた。




「た、確かに建築士は名は変わらないのに。なんで設計図は、」




「わからないならいいよ。どうせ言われてもわからない。入ればいいのか?」




 何事もなかったと装って返答を待つと、「いえ、その前に外観を覚えなさい」と返される。言葉に従って手に取るように知り尽くしている校舎を眺める。ようやく気が付いた、一目で気付かなかった理由が————あまりにも巨大だったからだ。




 建蔽率など知ったことではないが、巨大さに比例して窓や階層が増えている。彼が説明してくれた規模は、俺達、初等科の為の物だった。




「‥‥また勝手に使われたな」




 カナンの鍵である自分は、誰にも聞こえないようにつぶやく。あらかたの位置を確認し終わった所で、白衣の女性に確認を取ってから万人に開かれた学舎を潜る。




「—————」




 咄嗟に思い浮かんだのは、とある戦艦で行われた天才達の実験だった。




 元は人体を模していたであろう自律型オペレーターが、皆一様にアルミ状のある種、生身の肉体よりも艶めかしく変化していた。その上、時が止まったように歩みを停止させている。これだけならば前衛芸術として受け入れたかもしれない。




 だけど、それだけではなかった。




「壁に吸い寄せられている」




 水底にいる怪物に引きずり込まれたようだった。コンクリートに淡い寒色系の塗装をされている、と模倣されたテクスチャーに引きずり込まれた自律人形達が抵抗、或いは逃げ惑うように両手を伸ばしている。




 試しに半分以上を壁に囚われている手のひとつを握ってみると、火傷しかねない氷点下の熱を感じた。自然と手を胸に戻し、改めて、今度は手の甲で触れてみる。




「冷たい————」




「熱を感じるのね。他のオペレーション達は?」




 開かれた玄関周りを見渡し、出来る限り平静に見える個体の手を握ってみる。壁の個体とまではいかないまでも、冷気を感じるのは変わらない。この場にドライアイスのような水蒸気の煙が立っていない事に違和感すら感じ始めた。




「冷たいけど、触れる程度だ。そろそろ聞かせてくれないか、異常値とは一体なんなんだ?」




 違和感ならば最初からあった。初日の襲撃は予見できない攻勢であるのだから、まだ彼女達の狼狽も納得できた。しかし『公園のカノジョ』に『学校のアノヒト』という、元から想定していた現場に赴いたというのに、やはり白衣陣は何も知らなかった。




「————ええ、説明します。二つのブロックの存在意義はわかりますね」




「人形と人間が混在するブロック。よって秩序維持を目的に、相互理解を学ぶ場所だ」




「その通り。学術地区には人間と人形、オペレーション達が共に生活する場として提供する予定です。そして当地区に通学する人間達には、誰が人形とは説明はしません————何故ならば、カナンの秩序維持には人間同士のお互いの尊重こそが要だと判断したからです」




 人間と人形の分断を防ぐのが目的なのだろう。相手が人間か人形かわからないという事は、誰もが人間の可能性があるという意味だ。カナンはあくまでも人間にとっての新天地、楽園計画のひとつとして数えられている。求めているのは奴隷ではない。




「よって未成熟者に対して、自分以外の意識と触れる機会を提供する場であり」




「知ってるよ。ここでは人間のフリをしたAIを学ばせる場でもある。ここを卒業してもAIと知らせないで、良き隣人として共にカナンで生活させる」




 AIという人外と、肉体を失った人間との共栄共生を目指す場であり、人間側が反乱を起こした時の為に————誰が密告者、裏切り者かをわからなくさせるのが目的である。そして同時に危険な思想を持つ人間と親しい関係を結び矯正、堕落、盲目にさせる為でもある。




「俺が聞きたいのは異常値、俺が派遣される理由はなんだって聞いてるんだ」




「シンギュラリティ。または電子細胞の癌化、と言えばわかるのでは?」




「————なるほど。異常な発展、偏りが起こっているって訳か」




 二つのブロックは人間と人形のバランスに重点を置いている。ならば、電子細胞というカナンの構成物質は、どちらかに都合良く自分を改造する事などあり得ない。




 或いはどちらかにも適さない————真空状態、不理解の場など造らない。




「了解。侵略者の前兆が通う場に送られているだけ。見て異常があるから」




 照り返しをするアルミ状の人形から視線を逸らし、特に異形化が酷い階段へと歩みを進める。こんな状況でなければ、晴天から降り注ぐ光に灯された階段は、幻想的で翼の生えた御使いでも舞い降りてきそうな然様を呈している。




 踊り場の巨大な窓からの光だけではない。顔を上げれば、遥か遠くには天窓が仕込まれている。仮想世界だからこそ可能な、見た目だけ素晴らしい建築である。




「掃除とかもさせるのか」




「掃除?そんな物、生徒学生にはさせません。何を言っているの?だって、ここは学校よ」




「ああ、その通りだ」




 どうやらそうらしい。彼女がどの国のどの学校で学んできたのか知る由もないが、少なくと勉学と無関係な『体罰』とされる物は一切許さない、大量の用務員と呼ばれる職種を雇える学校の卒業生だ。映像データに偏りがあったようだ。




「無駄話は結構。階段に異常は?」




「今の所は、全うに歩けている。軋みも無いから見た通り」




 軽くステップを踏みつけてみるが、引き込まれた人形さえ目を瞑れば何も問題がないと言える。むしろ、こういったアートと言えば納得しかねない非日常性を味わえている。




 男女関係なくアルミ状にされた身体は、生身の人間よりもよっぽど艶めかしくて卑猥だ。制服の陰影が明確に写実されている所為だ、実際のサイズよりもグラマラスに見える崩れない肉感性を、顔が映る美しい肌で覆っている。




 試しに再度触れてみるが、生暖かさなど感じない。やはり冷気だけだった。




「変わらない。だけど、一階よりも冷たい」




「こちらから測れるのは室温のみ。適正温度から変わっていません」




「やっぱり歩いて探すしかないって事か」




 ひとつ嘘を吐いた。自分は知っている———何処が病巣かを。俺達は知っている———彼が最も拘っていた教室が何処かを。彼自身は隠していたようだが、あれでは隠し通す事など不可能だと、笑っていたのを覚えている。




 階段を上り、生徒達が団らんを奏でる青い風が吹き抜ける廊下へと踏み込む、そうだ。知っている、そして覚えている。誰も彼を嘲笑いなどしなかったと。




「約束、果たせそうにない」




 小さく呟く。自分の口の中で迸らせる激情をかみ殺す。




 いつだったか。星を渡る子計画の主要個体として選ばれた。




「見渡す限り鉄塊のみ。この現象は想像してたのか?」




「何が起こっても不思議ではないと思ったから、あなたを送ったのです」




 何処でだったか。初めてみんなと出会った場所は————嗚呼、けれど覚えている。忘れる筈がない、消される筈がない。この胸に脳に血で刻み付けた証明を。




 長大な廊下の端は人形達の残骸によって見渡せなかった。僅かに頭蓋を動かして視界を広げようと試みるが、見えるのは怯えや恐怖、或いは恍惚や焦燥、愉快に愉悦。自分の知る所ではない学生生活の時間が止まっていた。




「—————なんで笑ってる」




 地球表明には数度の氷河期が訪れていたらしい。星の激突により舞い上がった火山灰と粉塵が太陽光を閉ざし、光を必要とする植物やプランクトン、そしてそれらを餌とする動物達が絶命したとされている。




 ———————だがひとつだけ不可思議な現象が起こっている。




「瞬間冷凍。人体を金属化させる現象なんてあるのか?」




 巨大な牙を持つマンモスが闊歩していた当時、類人猿の餌でもあった彼らも氷河期のあおりを受けて死に絶えたとされる。当然死骸だって発見されている。




 だがその中に異常を示す『終わり』が発見されている。




 それは瞬時に細胞を凍り付かせる程の冷気に囚われた最後。




「AIにも感情が搭載されているんだろう。なんで終わる寸前なのに笑っている」




「‥‥笑っている?」




「ああ、夢を見てるみたいに死んでる。一階のAI達は皆恐れてたのに」




 モノクロ処理を施した写真に飛び込んだようだった。淡い色で塗装された壁や扉が更に不可思議さを増長させて見える。一瞬一瞬を愛しているから固定した、敢えてふざけて言えばこうなるのかもしない。




「学校、楽しみにしてたもんな」




 ひとまず外観を眺めた時に確認した地点まで目指そうと、次の階段に振り返った瞬間—————想像通りの金切り音が廊下に響き渡る。




 既に触れていたM&Pシールドを腰から取り出し、両手で挟んで天井へと向ける。飛び掛かる人形達に備えて踵を僅かに浮かせるが、金切り音の発生源は別の存在からだった。




「なんだ‥‥」




 窓から覗き込む『アレ』が何なのか。自分にはわからない。水銀を無理に眼球の形へと押し留めた姿を持つ物体を、僅かに視線に入れただけで自分は階段を駆け上がった。




「聞こえるか!?すぐに視覚情報を遮断しろ————」




 背中の皮膚がまとめて捲れ上がる鋭くて形容し難い麻痺じみた痛みに襲われる。階段の踊り場まで到達した瞬間、視線から逃れる為に手すりの真下へと逃れる。




 そして血が滴る背中に意味もなく手を回す————痛みこそ感じた。




「‥‥血が流れてない」




 正体不明の攻撃を受けたアバターに、カナンがどういった怪我として表現すべきか判断を乱している。ともすれば、やはりあれは自分の知る現実の生物ではない。




 むしろ生物かどうかも危うい。よってアレはアレとして受け入れる。




「身体は動く。即死の一撃の所為だ、痛みも薄い」




 相手の出方を伺う暇などない。肉体の8割でも犠牲にさえすれば到達できるのならそれに越したことはない。よって自分は突撃を敢行する。




 階段のステップに足を乗せず、手すりを踏み付けて一息で階層を跨ぐ。その姿たるや人間とは似ても似つくまい。野生生物ですらない機械じみたい最適解に我が事ながら苦笑いが生まれる。




「聞こえますか!?現状はどうなって————」




 白衣の女性が応答を求めるが、掻き消すようにまたも金切り音が響く。まるで設置されていたように出迎えられてしまう。




「また発狂したくなければ耳も閉じてろ。俺から連絡する」




 声を上げるだけで頭蓋にヒビが入りそうだった。ただの視線でしかないというのに—————質量をもつ光線としか形容出来ない、貫く一瞥の直後にヒビを押し広げる肉片を感じさせる。だけど脳を犯す触手の一射に耐えながらも足は動いた。




「違う」




 遂に振り向いてしまった。続いて自分は、窓から飛び降りてしまう。




 一階のAI達が壁に縋りつくように一体化していた理由に気が付いた。彼らは選んだのだ、視線から逃れる為にはどうすればいいのかと迫られた状況で。




「無機物にされたんじゃない、自分で選んだ」




 迫りくる地上の石畳に、視線が霞む。




 あれは有機物、言うなれば人体にのみ作用する寄生体。ならば寄生出来ないただの鉄塊になり果ててしまえば、今以上の浸食から逃れられる。




「アレは誰なんだ—————あんな姿を知らないぞ」




 自分は鉄こそ生み出せるが、鉄には成れない。よって選んでしまった。




 今以上の浸食から逃れるには、自決しかないと。

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