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彼方よりカナンの鍵へ  作者: 一沢


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2章 樹木の最奥『カノジョ』

「場所は変わっていない。本当だな?」




 再度目覚めた場所は、あのコンクリート打ちっ放しの部屋だった。しかし、余りにも殺風景過ぎて同じ部屋だという認識が出来ずにいる。リビングのソファーから起き上がって熱帯魚に視線を向けると、長い髭を伸ばして近寄ってくる。




「あなたが破壊したビルを見れば納得できると思います。あなたによる破壊活動によって、副次的にだけどそこの空間が固定、唯一性を得ています。最もあなたという存在を強固に認識、実在の連続性を証明できる場所がその地点。さぁ、外に出て」




 水槽の前に置いてある餌入れを手に取って振り入れる。少しだけ濁る水槽であるが、それもただちに熱帯魚の口に吸いこまれる。なかなかに見応えがある。




 昨日と同じように廊下、エレベーター、グランドフロアと巡りリュックサックを背負わされる。そしてコンシェルジュに付き添いを受けながらガラス扉を開けた。




 つい崩壊してガラスタワー群に視線を逸らす。




「keep out———この状況で無理に入ろうとする奴がいるのか?」




「そもそも、その場にはあなたしかいません。それはデータ修復までの自動制御、逆らっても誰も咎めません。まずはそのまま待っていて」




 瓦礫に覆われた街であった筈だが、蛍光色を放つテープ達によって瓦礫の洪水が全て堰き止められていた。ゴミというゴミを一ヶ所にまとめ上げたダム、あるいは時間を止めた、と評するべき光景に芸術を感じた。




 そして頭に響く声に従って振り返ると、昨今見かけないクーペタイプの車両が現れた。恭しく開かれる扉に指を伸ばしながら感触を確かめる。




 指の腹を引っ張るガラス側面には、薄い粉塵が感じられる。




「何をしているの?そのまま乗って」




「こういう高級車は初めてなんだ。外観を楽しみたかった」




 叱られてしまったので、そそくさと乗り込む。運転席からエンジンスイッチに指を押し付けるとなだらかな機関音を響かせてシートに心地よい振動を伝える。悪くない感触だ、そんな言葉が口を衝きそうなった。




「自動で運転されるからそのまま座っていて」




 言うな否や、踏んでいないアクセルがゆっくりと下がりアスファルトを走り始める。何処までも続くガラスタワーに不安感を覚え始めた頃だった—————街も共に動いた。




「最先端の仮想世界。造り出された楽園———死後すら受け入れる永遠の発展」




 終わる事ない消費と発展を繰り返す世界は、意外とシンプルな構造をしていた。




 夜明けと共にベットから起き上がった人間の向かう先は総じてビジネス街。或いは学園。ならば、昼を超えて深夜になってしまえば人がいなくなる街でもある。




「まさか街ひとつ動かすなんて」




 まるで玩具だった。何処まで続くと思っていた住宅街を構築していた『ひとブロック』をそのまま動かしたと思った時、マンションやホテルとは違うビル群が姿を見せた。仮想世界だから可能な速度と慣性という物を完全に無視した勢いを使ってブロックとブロックの位置が変更された。




「空を飛んだりしないのか?」




「皆が皆一度に飛んだら渋滞が起こる。だから空路に陸路、または宇宙エレベーターからそのまま着地する予定です」




 白衣の女性は何でもないように言ったが、窓から空を見上げれば気付いた。街には巨大な注射器のような塔が建造されていると。雲を超えて大気圏すら超えていると目算される宇宙エレベーターは、今後の技術革新の証でもあった。




「————ここに住む人達は、まだ人の身体に拘るみたいだな」




「人が人である理由は、自分が人であると認識しているから。確かに性別や容姿の変性は可能ではあるけれど、肉の身体だけは手放せない。五体を捨てさせる訳にはいかない」




「どうして?」




「元人であった獣なんて、害悪でしかないから」




 住宅街からビジネス街を乗り越えた瞬間、再度街が編成される。クーペを乗せたまま動く街ブロックに揺られ、将来的に人々の憩いの場となる公園地帯に移動した。ゆっくりとスピードを落とし停止したクーペは静かに扉を開いた。




「降りたら真っ直ぐ公園に入って」




 言われるままに石畳の道を踏み付けて石と鉄製のアーチを潜り抜ける。見渡す限りの青々とした芝生と巨大な噴水、そしてランニングコースの先にある森。全てがランダムに揺れているが、実際は再現された風の流れを計算しているに過ぎない。




 偶然などない必然の数字の世界。人の体内にも似た構造に溜息を吐いた。




「酔ったなんてやめて」




「久しぶりに自然に触れたんだ。少しは大目に見ろよ———何処が狂ってるんだ?」




 顔を振って公園を再度見当たすが、何もおかしなものは見当たらない。




 真上から降り注がれる太陽光に目を細めながら質問を待つと、目の前に矢印が現れる。余りにも単純な方向指示を鼻で笑ってしまう。センスがない。




「笑わないで。こちらだって不本意です、時間があれば」




「言い訳はいい。このまま進めばいいんだな?」




 頬でも膨らませていそうに「そうよ」とぶっきらぼうに返答をされた自分は、再度鼻で笑いながら進んだ。目指せと指示された方向はランニングコースの先だった。




「どこかをモデルにしてるのか?」




「多くの写真や映像をかけ合わせながら、生体リズムを安定させる道をアシンメトリーに作られたから具体的にはありません。無駄口を叩いてないで進みなさい」




「もう森に入るよ。これから探検を始める」




 緊張感のない言葉を選びながら進むと————空気が変わった。




 外から見れば鬱蒼とした森であったが、中からみれば大小の樹々の間から木漏れ日と鳥の囁き、道に目を向ければ低反発の土と小石、小川のせせらぎが溢れる森林浴に相応しい切り開かれた道であった。鼻歌でも歌いそうになる心を抑えながら、せめてもと思って深呼吸をする。




「花?」




 甘い香りが鼻孔に届いた。




 振り返って出入口を確認、左右に首を振るがそういった草花は再現されていない。




「花?それが異常の原因のようね。だけど、花畑は———」




「花そのものじゃない。甘い香りがする、蜂蜜じゃないのは確かだぞ」




「昨日の攻防を忘れたの?どうして、そんなに飄々としていられるの?」




「毒ガス————」




 は?という声が女性だけではない、そこかしこから聞こえた。




「あるだろう?保健所とかで飼えなくなったペットを捨てにくるの。誰も貰い手がいなければ処分するだろう?脳を摘出されて、脳死ならぬ脳無しになった俺の身体は神経毒で勝手に動かないように、そして明確に死を与える為に化学スモッグで殺された。死が怖い?動けないで殺された俺が、今更死を怖がると?」




 胸を張って、意気揚々と花の香りのする森を渡る。道など既に無くなっている道なき道だが、木の根やしげみを乗り越えて進む感覚にアドレナリンが溢れる。




「俺の身体を見てみろよ、悪くないだろう?女性は勿論、男性にも受けが良かったんだ。毎回の実験後の睡眠状態に何をされたかわかるか?俺は星を渡る子、人とは別次元の存在を呼び寄せる餌である俺を、欲望を抑えられない人間が何もしないと思うか?俺は————もう何度も汚されて犯されて殺されている」




 もしかしたら、そういった映像だって出回っているかもしれない。人間は不思議だ、何故自分の物だという証を欲しがるのだろうか?俺は人間という最下層の次元に対してではなく、貴き者という超次元の存在に宛がわれる予定だったのに。




「俺からもいいか?なんで楽園————俺達の脳からカナンを作り出した?楽園計画は人々の為なんだろう。どうして、こんな貴き者を呼び寄せやすい園を作り上げた?」




 分かり切っている質問だった。答えられる訳がない。答えてしまったら、ご主人様の性癖を披露してしまうのと変わらないからだ。だって、星を渡る子計画だって————。




「まぁ、本気にするなよ。ぜーんぶ冗談だから。そっちから何か観測できないか?」




「‥‥一体、何と契約したの」




「おっと、もう辿り付いてるなんて驚いた。だけど言わないぞ」




「————あなたの言うところの花を探してみて。それに類するものも」




「りょーかい」




 背中のM&Pシールドを取り出して視界の彼方にある葉っぱの一つに放つ。無制限に放てる弾丸など夢のようだった。巨木の枝に腰を下ろし、見渡す限りに花を探す。そして————むせ返るような甘い香りから逃れるべく、元いた草に放つ。




「なんだ‥‥」




 鼻に甘い香りが届いた瞬間、意識が奪われかけた。瞬時に睡魔に誘う幻惑の香りに身を預け渡しそうになってしまった。まさか、ここでもスモッグを受けるとは。




「何か、観測できたか?」




「規定外の数値が、あなたを通して検出された。これは幻覚剤———違う、まるで」




「コーヒーショップか?」




 重く頷いた声に、ついほくそ笑んでしまった。続けて「そんな物まで再現してるなんて。好きだな?」と伝えると「冗談を言ってる場合じゃない!!」と本心で叱られてしまった。




「私達が再現した薬の比じゃない。こんな数値、現実でもあり得ない」




 どうやら嘘ではないようだ。だという声の向こうは————むしろ興奮冷めやらぬ様子だった。不審に思いながら「現実の身体に何か異常は?」と聞き返すが、まるで甘い香りがあちらにも届いているように一度極まった興奮が収まる所を知らない。




「何が起こっているの。何を掛け合わせて再現したか調査を————」




 唐突に声が止んだ。そして人々の嬌声が響く。




「昨日、画面越しに見ただけで数人狂った。だけど、これはあくまでも匂い、しかもただの数値の再編、算出、描写だぞ。向こうに届いている筈がないだろう」




 前後左右の樹々を警戒しながら銃身を押さえつける。異常こそ検出されたようだが、今も身体のどこかが痛む訳ではない以上、自己利益の為にも進むしかない。




「ここからはひとりか」




 もう一度あの香りに囚われた時、抗えるかはわからない。だから————風向きを読み、森の更に奥、先ほど自分がいた枝の上に吹き付ける風の発端たる樹々に対して再度弾丸を放つ。




 このカナンでは五感の全てが正確過ぎる程に再現されている。鋭すぎるきらいまである神経が、あの香りを捉える前に再度弾丸を放ち立場を変え続ける。本来、樹々は有機物ではあるが。この仮想世界の植物など無機物であり、ただの物品と変わらない。




 仮に『彼ら』がこの世界でも年輪を造り出しながら成長するという手間をかけていたならいざ知らず、元から『巨木』と『葉』という性質を与えられて再現されたのなら、媒体を撃ち込んだ瞬時に同位する身体の構造を理解し、あれもまた自分であると認識するのはたやすい。




「だけど、そろそろ限界———」




 瞬時に意識を切り離して唯一性を勝ち取りはするが、既に甘い香りに晒され続けている『身体』を『自分の身体』として受け入れるのは、些か無理もある。




「放射能でも当てられてる気になってくるよ」




 実際、高濃度の放射性物質に好き好んで駆け寄っているのと、そうは変わらない。自分を通して狂っている声の向こう側もいるのだから。




 もう数えも出来ない数度目の移行。到底彼女達が作り出したとは思えない広大なフィールドを渡り続けた。その度に脳にちらつく急激な眠気に苛まれるが、




「————見つけた」




 ようやく視界で異常性を見つけ出せた。




「そろそろ正気に戻れよ!!」




 視界内を探し出し、ひときわ巨大な樹木に銃口を向け—————放たれた弾丸に雫と変換した意識の全てを乗せた。そして打ち込まれると同時に巨木を身体の一部に変える。




 起き上がる樹の巨人、根や枝を絡み合わせて造り出した四肢を用いて、そして空洞に作り直した内部を肺に見立てる。




「—————ッ!!!!!!!!!!」




 空と森をつんざく巨人の咆哮に声達が、先ほどとは違う悲鳴を上げる。頭蓋が砕ける程の声の再現に耳と瞼を抑える姿が目に浮かび、ようやく意識を取り戻した白衣の女性の声が返ってきた。




「聞こえる!?ようやくこちらは正気に戻れた———」




「悪いは状況は最悪だ。早く調査とやらを、そして俺をログアウトさせろ」




 もはや脳は絆されていた。二度目の視線すら向けられない存在から放たれる蠱惑的な香りに、身体の八割が浸食されつつある。よって巨大な自分でもある樹の巨人の肩に乗り————杭のように作り上げた巨大な腕を『使者』に落とした。




「解析完了。早く戻っ————」









「防止策、防壁が必要のようね」




 あちらでの自分の身体を通して、あらゆる異常を数値化しているのなら直接自分が触れれば瞬時に解析は完了する。そう高を括って一撃を加えた。自分の策は正しかったようで瞬時に終了したものの————新たなアバターを造り出す必要が生まれた。




「まさかと思うけど。これからも私に洗わせる気?」




 髪も洗って貰い、自分は機嫌が良かった。髪を甘くかき上げる手が温かくて、それに頭皮に届く風もまた温かくて。ドライヤーの繰り出す、移り変わる熱風と冷風に身体を預けていた。




「私はあくまでもあなたのオペレーター。なのに、こんな雑用をさせるなんて」




 指が頭をマッサージでもするように、痛気持ち良く揉んでくれる。柔らかなタオルで身体中を拭かれるのも悪くなかったが、頭を褒めるように撫でられ続けるのは、なかなか悪くない。




「聞いているの!?」




「だって、気持ち良くて————あなたを好きになりそうで」




「結構よ。この作戦が済めば、あなたとは縁が切れるから」




「教えてあげます。これが終わり次第、あなたは責任とやらを取らされて殺される」




 頭を撫でる手が止まり、息を呑む音が聞こえた。あまりの衝撃にドライヤーを動かす手が止んでしまい————火傷でもしそうな熱風に慌てて頭を下げる。




「あ、ご、ごめんなさい。だけど、そんな冗談を言うから」




「早々に立ち去るのをお勧めしますよ。オペレーター室の方々全員で殺される、もしくは全員があなたを名指しして生贄にされる。人の恐怖心を掴んでスナッフフィルムを個人的に所要しているご主人様を、どうしてそこまで信用出来るんですか?」




 自分の危機的状況に得心が入ってしまった————自分が、今こうして世話係としてベットの上で髪を乾かす契約外の仕事に現を抜かしていていいのかと。心臓から溢れる汚濁は耐えがたい勢いである事だろう。




「もしあなたがまだここに残るのなら、僕のお世話をし続けていた方が良いかと。僕と信頼関係を構築出来ているのは自分だけだ、と宣言して下さい」




「————もし、そう言ったらあなたはなんて言うの?」




「僕だって恩返しくらいはします!!あなたじゃないと嫌だ、勝手に変えたらカナンを造り変えて、全てを明るみに出すと告げます。全てが終わった後だとしても」




 振り返って白衣の胸元にしがみつく。冷たくてあらゆる者を拒絶するような白衣だが、彼女の温かみを感じてしまった自分は彼女の命を人質に温もりを求めた。




「年下なんて嫌い。しかも私よりもカナンを知り尽くしているあなたなんて」




 温もりを求めるつもりでしがみ付いたが————年上の白衣の女性は、服と下着で身体を縛り付けているのだと気付いてしまった。何処までも沈む肉感的な肌に驚きを隠せない。




「いつまでしがみ付いてるの?」




 肩を押されるように距離を取られた。ベットに転がされた自分は不服だと倒れながら訴えると「調子に乗らない」と額を小突かれる。




「あなたの言う通り、私はきっと消される。あなたが言ったのだから疑いが確証に変わりました。だけど私はまだここから離れる訳にはいきません。そして私を口説きたいのなら、背を伸ばしなさい」




「これは勝手に設定された背です!!僕の意識じゃありません!!」




「やはり————あなたは貴き者と契約したのね」




 当然だと頷いた。むしろ身体も脳も提供されたからここにいるのだ、さもなければ自分もカナンの一部として使われている。身体など種を取り出すだけの植物と化されている筈だ。




「一体何と」




「僕の容姿は餌として正しく認識された。それだけです、そしてあの方については何も言えません。あまり人前に出るのが得意な方ではないので」




「‥‥もし、その方と直接交信できるのなら」




 つい笑ってしまった。そしてこの顔に思い当たる節でもあったようだ。




「あなたが感じた通り、もし交信などしようものなら————あなたは廃人と化す。だから諦めて僕との新たな人生を歩みましょう!!そうすれば、僕はあなたにまた撫でて貰えて」




「結構よ」




 軽く頬を叩かれて出て行ってしまった。別れは口付けが良かったというのに、男心がわからない年上の女性の後ろ姿に口を尖らせてしまう。しかし、まさかあっさりと看破されるとは思わなかった。彼女達の知っている貴き者など、雑多なエラ持ち程度の筈なのに。




「うーん、もしかして本当にもう降臨してるのかな?だとしたらあの方が怒るじゃないか。僕はあの方を鎮める方法なんて知らないぞ」




 夕食まで暇なった時間、このままでは運動不足だと電子ロックを解除して廊下に飛び出した。そして————スマホ端末を壁に寄り掛かりながら操作していた白衣の女性を見つける。彼女は心底面倒だ、表情で伝えてきたから。




「先生ー♪」




 と、しがみついて施設内の案内兼デートを提案した



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