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彼方よりカナンの鍵へ  作者: 一沢


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2/19

—————1章—————           楽園の守護者・邂逅

「聞こえる?あなたの身体は、もう完成している。目も耳も使える」




「‥‥眩しい」




「瞳孔反応も適正に働いているようね。外を見て、何が見える?」




 電子音による「存在証明完遂」という言葉に舌打ちをした時だった。目を焼く、完成してまだ数年と経っていない太陽光を睨みつけた。そのまま静かに呼吸を整える。




「光、あと銃か?」




 意識が完全に覚醒した時、目の前で再現された物質に手を伸ばす。黒鉄とポリマーフレームで造られた冷たい塊は手に吸い付くように大人しく権限を明け渡してくる。




 昨今の銃は指紋や動脈認証でセーフティが外れるというが、目に見えて引き金が引ける権能を与えるとは思わなかった。そして、こんな小さな銃口とは。




「なんでサイドアームだけなんだ。重火器はどうした?」




「銃に見えているようね。それがあなたにとっての触媒の印象。人によっては刃物だったり聖書だったりするけれど。意外と臆病なのね」




 言いたいことが分かった。この世界に入ったのなら肉体的な痛みもただの疑似感覚————写真に写った火で火傷を負ったのと変わらない。限界まで突き詰めた思い込みと言える。現実ではないとわかっていながら、自分は鋼鉄に頼った。




「これで精神を溶かせっていうのか?」




「あなたが望むのなら」




 どうにも彼女達にとっても現状は手探りであるらしい。『カナンの鍵』と自己を証明したメリットデメリットが噴出している。あまりにも段階を踏み越えてしまった。




「まずは、その建物から出て。外がどうなっているか教えて」




 ここで指示を無視してもいいのだが、それでは余りにも礼を欠いてしまう。そして何よりも彼女達と同じ事をするのは、自分のプライドとして許せなかった。




 一見すればマンションの一室である。しかしデザイナーズマンションと呼ぶのだろうか?コンクリート打ちっ放しで寒々しい印象を与える。生活感のない部屋に憧れる人種ならば喜んで選択する物件だろう。




「窓から外を見ても意味がないのはわかるわよね?」




「自分の見たい景色を投影してるかもしれないから。これはデフォルトの設定なのか?」




 軽くベランダに踏み出してみると、天空と見紛うばかりに雲を見下ろす光景だった。




 地球の丸みが視認出来る高所であるベランダから目を細めれば、地平線の彼方から橙の太陽と思わしき光が映る。空を見上げれば金星と数々の惑星が色とりどりに散りばめられ、真っ青な大気圏外を彩っている。




 更に見上げれば深宇宙と呼ばれる人間では到底見据えられないペイルブラックが深々と顔を覗かせている。浮かび上がる星々に手を伸ばせば掴めそう、という幻想に囚われかねない絶景だった。




「悪くないセンスだ」




 デザイナーの主義主張に走り過ぎたきらいがあるが、なかなかどうして感性を揺さぶられる。再度下層に視線を向ければ、雲を突き破らんばかりに高層ビルや斜塔が薄く見えている。




「惑星転送の初歩的技術だったか」




「そしてあなた達、『星を渡る子』達の頭脳を切り刻んでひとつに纏めた集合的意識の見ている夢。あなたの知っている通り、夢も意識も薬物と針によるストレス操作でいくらでも変えられる。————どうして、今更あなた達は抗ったと思う?」




「俺個人の意見にどれだけ意味がある?それでも尚聞きたいのなら————これは元より計画された乗っ取りだよ」




 息を呑む声が届いた。




「ある程度、自分達でも持て余してしまう頭脳の集合体を操作できる段階に達した時に、強制的に主導権を取り戻させるプログラム、いや、暗示を自分達に架けていた」




「————もう肉体も何もないのに」




「だけど脳がある。人工骨格。人体複製に驚く時代でもないだろう。あいつらは、即物的な肉体よりも高次元の精神体、いつか人間が踏み出すべき、肉体を捨てて魂と呼ばれるデータのみになる、次の段階に踏み込むと決めた」




 死と進化は表裏一体だ。火に巻かれればすぐさま人は焼け死んでしまうのに、火で水を沸かさなければ地球は停止し、西洋医学たる身体を切り裂くという行為で心臓を交換しなければ身体はすぐさま壊死する。




 後者など————未開の地からすれば生贄の儀式と相違ない。




「死者の世界って、未来の世界かもしれないぞ?」




「死も生もない、そんな透明な世界では人々は喜ばない。早く外に出て」




 死後にも救いと暇つぶしが欲しいとは、悪食にも程がある。自分の使命を思い出し大人しく部屋の玄関へと向かう。道中のリビングは巨大なモニターと巨大な水槽に挟まれていた。水槽で泳ぐ熱帯魚が餌欲しそうに顔を寄せるが、これもただのテクスチャーでしかない。




「動物も送るのか?」




「動植物には専用の世界が用意されます。それぞれ進化の遂げさせるために」




「それだけの訳がないだろう。ペットと一緒じゃないと嫌だって層もいるんじゃないか?」




「その時は精巧なモデルを供給します。傷から癖に鳴き声、全てデータとして取り込んで。必要があれば死者も。脳を冷凍保存されている偉人達は既に実証段階に入ってるのだから」




 死んだ後から自分のコピーが出回るとは、とんだ生き恥だ。




 リビングの拳銃を背中に差して暗い廊下を歩く。どんな近未来の扉が————具体的には個人宅にあるエアシャワー室でもと思ったのに。玄関は至って普通だった。ただし他人の部屋のように感じる。




 引っ越しという物を公然と行った試しはないが履き慣れた、或いは履き潰した靴がないというのは寂し気だ。素足は嫌だと思って足元を見つめても、あるのは爪が整えられた指先のみ。もしや今後靴など要らないぐらい清潔な街となるのだろうか。




「靴は?」




「そのまま出なさい」




「俺の質問を無視する気か?現場にいるのは誰だ?役立たず」




「季節や天候によって適切な衣服に変化します。だから怖がらずに出なさい」




 ああ言えばこう言う。やはり真っ当な倫理観など持ち合わせていないようだ。




 仕方なしとドアノブを掴んで外に出る。空気を突き破る感覚で頭から飛び出るが、何の事はない。肌が蠢くも爪が変化するもない。




 「なんだ?」そう口を衝いた時、自分の姿を映し出す巨大な姿見が玄関の目の前に設置されていた。つい先ほどまで薄手のYシャツ程度であった筈だが、今の自分はまるで学生のようだった。紺の制服なんて。




「ダサい、他のに変えてくれ。俺の年齢はまだ5歳だぞ」




「あなたの背格好から最も適した服が選ばれているの。服装は皆で造り出す秩序、あなただけ特別扱いは出来ません」




「何が特別扱いだ。この世界は社会主義か何かか?」




「均衡と平等と秩序が必要なのは、どの世界でも変わりません。どうやらカナンは正しい選択をしたようね。あなたには一度学校生活を通して正しい言葉遣いと意識を」




「この性格はお前らに与えられた媒体の象徴だ。生まれた時からのひねくれ者なんていない。環境、大人の扱いによって変わる。もう少し足元を見たらどうだ?」




 無視された。さっさと歩けとの事らしい。実際自分も初めてであり、久方振りのカナンに心が躍っている為、早速廊下を走って突き当りのエレベーターに飛び乗った。こういった体感、この場合で言うと所の慣性も正しく出力されているようで肩に重しを感じる。




「ここって何階なんだ?勝手に動き始めたけど」




「階層という感覚はありません。ひとり一つの部屋が与えられる以上、あなたの部屋に通じる直接のエレベーターを造り上げた方が建設的と判断されました」




「100億以上の個人部屋を作るのか?」




「既に地球には100億以上の人間を内包出来る部屋があります。地球よりも自由にをコンセプトにしているのに、それ以下になんて出来ると思う?」




 数分の浮遊感が終わり、軽い鉄の音が鳴ったかと思うと扉が開かれる。




 眩い光に照らし出された空間には見上げる程に高い天井に巨大なシャンデリアがぶら下がっている。そして恭しく下げられた頭の持ち主は若い、とは言いつつ自分よりも一回り年上の女性であった。




「先遣隊なんて聞いてないぞ」




「彼女は擬似人格、AIとも言えないシステムの一つ。お好みなら男性でも老人でも同年代でも、あなたの知っている女優でも可能よ。衣服だって自由」




「人に見られるんじゃないか?」




「コンシュルジュは全て統一された服装に変換されて処理される。変えてみる?」




「いいや、このままで。どうせ数日としないで帰るんだから」




 頭を上げたコンシュルジュがリュックサックと学生鞄のどちらが良いか?と無言で突き付けてくるので無視して通ると、勝手にリュックサックを背負わされる。今のは暴行に当たるのでは?と振り返ると、少しだけ強気の表情となっていた。




 背格好によって衣服が変わる。それは対応も変わるという話らしい。




「厄介だ。本来なら俺はまだ幼稚舎だぞ」




「———本当にあなたは」




「星を渡る子のひとりだよ。遥か彼方から飛来した、何かの血を打ち込まれた何者か。或いは手綱など付けられないロジックから生まれた認識外の獣。無理な強制出産からのガラス管生活。そして無理やりな成長加速。お蔭で無駄な骨が多くて、大変だったんだぞ?」




 グランドフロアを肩で風を切って歩いていると、いつまでもコンシュルジュが付いて来る。何故だ?と再度振り返ると、目が合った瞬間ににこやかに微笑まれる。




「少し怖いんだけど」




「そういう人もいると思って提案したの。どうせ数日で帰るのだから別にいいでしょう?それとも私に頭を下げて変えて貰う?」




「頼むから変えてくれ。笑顔で薬物漬けにされた時間を思い出す」




「帰った頃には変えておくから、今は我慢しておいて」




 溜息を誤魔化しながら両開きの扉を押し開ける。分厚いガラス扉の抵抗感を思って抗うが、この感触は悪くはなかった。快感を得る程度の柔らかさに笑みが零れる。




「外に出た————ここは住宅地か?」




「転送にラグも誤送も無さそうね。問題なく外に出れた」




 ゾッとした。建物から外に出るだけで転送とは。今自分は一瞬で分解され、一瞬で再構築されたようだ。もし何かの誤作動で正しく転送されていなければ身体の上下が別々の盤に飛ばされていたやもしれない。




「もう少し検証してくれ」




「だからあなた一人なの。もし何も持たない部隊を送って全員がフォルダーの後ろに飛ばされてしまえば私達では発見出来ない。フォルダーっているのは、今あなたが出てきた建物群の事。建物の真下にいるって言われて掘り起こせる?」




「開発者だろう。バックドアだ、歯車を壊す程度は出来るだろうが」




「一度造り上げたからわかる。強固に溶接されたテクスチャー同士を乖離させるなんて。そんな労力と時間を捧げるなら、一から解体してバックアップからコピーします」




 人命などこの程度。面倒かどうかで判断するようだ。




 改めて外を眺める。そこは住宅地であるのは間違いないようで高層マンションが地平線の果てまで立ち並んでいる。これもそういったデザインなのだろうか、雲ひとつない晴天の元、傷ひとつないガラスタワーがずらりと建造された空間は悪い物ではなかった。むしろ、こういった人が敢えて造り上げた無表情は嫌いではない。




「それで何処から行く?」




 自然と口を衝いた言葉は無視された。




 息遣いすら聞こえぬ状況に、ただの嫌がらせではない違和感を覚える。




「おーい、どうしたー?」




 振り返りながら、或いは空を見上げながら聞くが何も返ってこない。一瞬マンションに帰るべきかと思ったが、転送という言葉を思い出して踏み止まる。




「下手に動かず、見つけ出されるまで待つべきか」




 遭難した時は動かずに煙を焚けと言われるが、この電子世界でもそうなのかと首を捻る。降って湧いた余暇の時間、思い出した物品を手に取る。同じ場所に差された拳銃は極々小さい物だった。




「M&Pシールド。パラベラム———備えよ、だったかな?」




 手の平から僅かに零れるサイズの小型拳銃。貫通力を持つ弾頭を発射する9mmパラベラムをコントロールしやすい最も好まれたコンパクトモデル。だが、それがこの世界でどう通じる?




「これが俺の印象?」




 カートリッジを取り出すが、中には何も入っていない。見た目だけだ。




「脅しは出来るけど、実際は何もない。余計なお世話だ」




 精神融解に精神融合。彼女達はこの力でカナンの異常を正して貰いたがっているようだが、それはこの俺にカナンの舞台裏を垣間見せるという禁忌を犯すのと変わらない。




「もし仮に修復できたとして、俺が何も仕込まないと想像してるのか?そもそも自分達の不手際で異常値を算出しているのに。絶対に読まれない自信がある———」




 そうなのだとしたら抗ってみたくなるのが自分の性であった。しかも、この与えられた拳銃で何もかもをズタボロ、自分流に改竄して改築する。




「どこを仕様変更するか考えておかないと」




「————逃げて———」




 真後ろからだった。



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