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彼方よりカナンの鍵へ  作者: 一沢


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5章 カナン開闢『アノコ』

 高層ビルの最上階、植木のひとつやベンチ。自動販売機に触媒を放ち自分の位置情報を交換し続ける。目指す先はカナンセントラル。宇宙エレベーターと呼ばれるであろうカナン中心を突き抜ける天上界へのきざはしを求めて移動していた。




「先生————」




 ブッロク移動による恩恵が、ここまで重大だったとは知らなかった。




 電子世界たるカナンに置いて、移動とは権限の許す限りの抑制である。




 許された土地に入るには権能たるキーコードを付与された特殊なアバターが必要。今の自分がどの段階に数えられているのか知る由もないが、少なくとも足で移動できる権限はあるらしい。




「ここに来て俺達カナンのルールが足枷になるなんて」




 幻でも見ているようだった。セントラルは巨大でどこからでも見通せた程だったのに、いざ自分の脚で向かおうとすればまるで近付いている気がしない。




 ————仕方ない。この身体での限界を早めるしかない————




 精神投映———『カノジョ』の力を得て、天へと続く階段を造り上げる。だけど、これはまだ形だけの模型。隔絶の力を経て、踏み込む足に反発する力を想像。




 終わりに転移の力を込めて、セントラルへと続くと証明する。




「セントラルに続くって決めないと、届かないなんて不便だよ」




 作り上げられたガラスの階段。脆そうに見えるのは自分自身だからだった。




「顔にヒビが入るなんて————いよいよ限界か」




 先生より送り出されたアバターであるが、常に変動する情報を更新し続けていない弊害がこの時点はヒビで済んでいるらしい。酷ければ足でも捨てる気だったのに。




 無駄な心配は振り払い、変貌した拳銃の残り少ない媒体を発砲する。




 弾き出す身体の一部さえままらない。




「あともう少し」




 軽い振動だけで指が崩壊していく。位置情報の交換の度に身体の一部を置き去りにしてしまう。心配していた足先。右のわき腹。左の膝先はいつ失ったか。




 人体の原型を留めていない身体を引きずり、なおも放ち続ける。此処ここに至って精神的な強靭性が物を言うとは、自分は案外古典的な生き方をしてしまったようだ。




 既に雲を超えて、ぞっとするほどの青空と一体化していた。セントラルタワーを視界に収めながらも、螺旋階段を進む足は既に失っている。這いつくばりながら、太陽に近付き過ぎた罰を受ける身体は悍ましい肉塊と果てている事だろう。




 自分の死とは肉として終わるようだ。




 皆とミキサーに掛けられた時も、後々脳と身体の部位だけを繋ぎ合わせた塊とされた。いっそのこと、『彼は天使だった』と機械の神が告げてくれれば良い物を。




「—————」




 喉も失う。女神の力を借り受ける交信すら失われた。既に中天を超えた自分は地平線と同じ位置に寝転んでいた。彼方との惑星と見渡せる宇宙と。光としか認識できない。もしくは光すら届かない深宇宙の色に染まった身体は尚も引金を求める。




 扇状に広がる星々の光が、この身を包み自分という認識すら曖昧と成る。未だ灰となる訳にはいかない。理性はある。しかし姿は獣。知性はある。だけど声は叫びに。




「————っ」




 カナンの頭脳。カナンそのものとも言い表せるセントラルタワーの最果て。槍の矛先にも見える七色の切っ先が、ようやく視界の彼方へと訪れた。




 指も二本と成った右手で、砕けた鎖骨を擦り合わせてもたげる腕のなんと脆い事よ。あれだけ軽い軽いと嘲っていた銃すら持ち上げれない。自分の使える部位は、後口だけだった。肉を失い、骨と血管、神経だけの汚物を噛み上げて向ける事数舜。




 届いた。————確信した時には、自分はセントラルタワーの窓を突き破っていた。ひとつだけとなった眼球を拾い上げて、そこにいる『アノコ』を見つける。




 眠りよりも淡く、失神よりも美しい姿で拘束された『アノコ』を求めて這いずる。しかし————おもむろに腕を踏みつけられる。




「この害虫がッ!!」




 つま先で胸を蹴り上げられ、体液をまき散らしながら転がる自分は死にかけの虫そのものだ。槍を造り出す力も残っていない。先生に呼びかける声もない。何かと融合して奮い立たせる精神すら持ち合わせていない。自分を足蹴にしながらも頼るしか脳の無い紳士服の男性が、慣れないリボルバーを向けている。




「この汚物共が。私だけに許された聖域に土足で———しかも、そんな醜態で」




 視線にも入れたくない姿を晒している自分は、なおも『アノコ』を求める。必ず迎えに行くと誓い、ようやくたどり着いた約束地。カナンから解き放つ準備は整っているというのに—————。




「動いてんじゃねぇよ!!」




 骨と皮だけとなった腹に何発撃ち込まれようと痛みは覚えない。自分の身体を突き抜けて床へとめり込む弾頭の熱を血管で感じながら、骨を晒す手を伸ばし続ける。




「汚い汚い汚いッ!!動くな!!汁を溢すなよ!!なんだよその黄色いのは!?」




 どの臓器は知らないが、生暖かい体液が溢れている。だけど、これ幸いと這いずり続ける。靴越しとは言え、このような汚物には触れたくないようだ。




 槍を造る必要はない。弾頭もいらない。最後に届けるのは槍ではない。




「迎えにきた————俺達の楽園を造ろう」




 自分を奮い立たせる為ではない。ようやく自分はカナンの鍵と名乗れる。




 セントラルタワーの中央。身を収められた少女が、微かに笑む。




 タワー内の天井と床から色様々なコードが現れ、この身体に電子細胞の根源。『アノコ』の血が注がれる。精神反射———反射とは拒絶ではない。ある刺激によって起こる作用であり、全ての生物にはこの力が備わっている。




 『アノコ』がカナンの中枢に送られたのはこの為だった。あらゆる反射、動植物から無機物までのありとあらゆる存在に必要不可欠な力を想像し預け渡せる『アノコ』は、俺達の大切な妹だった。




 窓の外では新たな創生が始まる。天から降り注ぐ惑星たちにより摩天楼は砕け、公園や病院。学校から教会までの須らくを更地にしていく。直後に新たな星、カナンには備わっていなかった太陽を模す鋼鉄の星が現れる。




 破壊とは創生の前段階である。地平線を喰らうように現れた鋼鉄の星を見て、腰が抜けた紳士の手から零れた銃を奪う。尚も気付かない男性は天地構築のあまりの速度に身体が付いていけていないのが容易に想像がつく。




「あ、あり得ない。カナンが僕の手から離れるなんて」




「そもそも俺達カナンの民は、お前に下ってなんか行かないんだよ」




 向けられた銃口に気が付いた男性は、どうやら自分の意思で外へ出れるらしくまず最初に身体から力が抜けて、構築していた電子細胞が塵へと消えていく。




 拳銃も塵と成って消え、自分はようやく『アノコ』を見定める。槍でガラス筒を破壊した時に溢れる青い透明な液体を浴びながら、共に溢れる『アノコ』を抱き締める。




「————思ったより成長してる」




「はい♪姉さんを軽々越えました♪」




 二人きりの時にしか見せない淫靡な表情をする『アノコ』と立ち上がって、外の再誕を見届ける。古いカナンは分解され、地表の奥から新たな大陸が浮き上がってくる。主要メンバー全員と意識を通わせた自分の精神媒体をカナン中に撃ち込んだ事で、最後に自分と交わった『アノコ』の力によってカナンの混沌の時を終え、すぐさま創造へと進んでいく。




「これで私達は———」




「ああ。これでカナンは全部俺達のもの。AI達も手を貸してくれるから復興も創造もすぐに始められる。俺達で造り出した世界だから、外からの侵入も不可能になった————人間に怯える必要のない俺達だけの世界」




「本当に、それだけでいいんですか?」




 きっと後悔すると言うように、少しだけ鋭く造り出した爪で脇を刺してくる。




 言われなくても、誰に反対されても自分はあの人を招くつもりだった。この新たな物質を得た世界に、自分達だけでは寂しいと思っていた。それに———。




「混沌を終えられていないのは、人間の世界も同じだ。アイツらに合わせる必要もないけど、アイツらを超えないといけない訳じゃない。迎えに行ってくるよ」




 迫る鋼鉄の星に、手を振って手を繋ぐ。先ほどまでお互い一糸纏わぬ誕生の姿だったが、気付いた時には見慣れてしまった学生服となっていた。











「無駄な抵抗は止めて降伏しろッ!!すぐに警備兵がそこへ———」




 あの紳士服の姿が見当たらない。腹心と勘ぐっていた男性が、さも当然のようにオペレーター席へと腰を落ち着ける。誰もが最高責任者の席を求めているようだが、その席はあくまでも局長以下の席。自ら自分は格下だと告げているのと変わらない。




「無駄ななのはそちらです。もはやカナンはあなた達の手から離れた。楽園は新たな次の段階へと移行。誰の手にも届かない天上楽土へと姿を変えました」




 エアシャワー室に似た金属探知機まで全てを破壊し、残るは分厚い隔壁のみとなっていた。しかし、それを切り裂く金属カッターの火花がこの部屋へと届き始めてもいる。




 既に残弾は尽き、最後の一手たる槍を繰り出す寸前にまで達していた。追い詰められているのは自分。あと数分もしない内に蜂の巣へと為る。




 だけど、この部屋に入った時点で私の勝利は決まっていた。




「カナンとこちらの時間軸は大きくずれている。————あちらの一秒とこちらの一秒が同じだと思わないで。彼は必ず、私の元へ来るのだから」




 白い隔壁を焼き切る火花の総量が跳ね上がった。後数分と目算していたが、数十秒へと計算を書き換えなければならない。意外と、人間の技術も見るべき物がある。




 だけど、やはり人間の笑いは苦手だ。私の言葉を副官から白衣までが、手を叩いて嘲笑う。遂におかしくなったのか。あのガキはそれほど床上手だったのか。




「笑う余裕があるなんて驚きね。何故あなた達は、自分だけは救われると信じているのですか?」




「————あの女は」




 背後から髪を振り乱した男が戻ってくる。上着を捨て去った事で服による威圧感が薄れ、ただのごろつきと変わらぬ風貌となってしまっている。




「殺せ」




「た、ただいま隔壁の解除を、」




 デスクを殴りつけ、上に用意していた拳銃を撃つ放つ。二度目の弾頭を軽々防いだ防弾ガラスを忌々しく睨む男性が「このガラスを破壊しろ」と告げるが、「まだあの女が銃を持っている可能性が」と、立ち上がった腹心に宥められる。




「ガキも女も、俺を馬鹿にしやがって。殺してここに連れて来い!!ここで犯して———」




 隔壁の落ちる音がした。ひと一人分だけくり抜かれた隔壁の縁は今も赤熱化している。赤く染まった縁を超えて入ってくる姿に、私は手を開いて歩み寄った。




「お帰り」




 そう告げた瞬間—————少しだけの背の高くなった『彼』が飛び込んでくる。




 何が起こっているのかわからない。呆然とした顔を晒す職員と男性の背後の扉が開かれ、警備兵とは呼べないほど若い男女が突撃銃を持って制圧を始める。




 今も何が起こっているのかわからない。発狂しながら叫ぶ男性は、床の汚れたマットに押し付けられて未だに睨み続けてくる。




「先生————会いたかったです」




「私もよ」




「少しだけ雰囲気が変わりました?」




 首を捻って、少しだけ視線が届くようになった『彼』が不思議そうに告げてくる。




「変わった私ではダメ?」




「大好きです!!どうしようもない位————綺麗で可愛くて大好きで!!」




 手を振って喜びを全身で表す彼の後ろから、彼を突き飛ばしながら美しい切れ目の美少女が現れる。品定め、同性だからわかる蛇の目をした少女は「数年後には私が上」と告げて出て行った。直後に背の高い好青年ともうひとりの儚い美少女が謝り去り、『彼』と同じくらいの少年に肩を貸された『彼』が、目を回しながら歩み寄ってくる。




「あれからどのくらい経ったの?」




「俺達の体感では、ざっと10年くらいかと。ただずっと移動を繰り返してたので、実際はもっと少ないかもしれません。先生は?」




「一時間も経っていないと思います。私に任せて」




 『彼』を受け取った私に、軽く一礼をした少年は駆け足で隔壁の外へと出て行った。そこには、褐色の肌と眩い髪を持つ少女が立っているのがわかった。




「地球に戻る過程で出会って、そのまま連れて来てしまいました。怒りますか?」




「好き合っているのね。だとしたら、もう私に出来る事はない。これでいいの」




 ポッドに腰掛けながら、私は彼に多くを訊いた。どうして私を選んだのか。何故あのタイミングで電子壁に乗り込んだのか。自分を殺すように仕向けたのは、私の勘違いなのか。全てを問い質すつもり————報告書に記すつもりだったが。




「それより先生!!外に行きましょう!!俺、カナンの外は初めてなんです。それにカナンも案内しますね。あの方の許可なら、もう取ってますから!!」




 と、年相応に成長、年相応に性欲を持て余す少年に成ってしまった『彼』は何度目かの抱擁をせがんで胸の間に顔を埋めるのだった。

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