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彼方よりカナンの鍵へ  作者: 一沢


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断章2 槍持てずの乙女

 彼の心肺を完全に止める。




 眠るように新たな世界へと旅立った顔をいつまでも見ている訳にはいかない。今も刻一刻と近付く足音に対して、自分は彼の腕を取り脈を測る振りをした。




 息つく暇も無い続け様の蹴り破る音に、自分は視線を移さない。




「何があった————ガキの心臓が止まったと報告が」




「あなたが内臓が破裂するまで踏みつけたからです。————もう臨終を終えました」




 私を突き飛ばして彼の襟を掴み上げる。線が切れた人形のように動かなくなった、完全に死体と成った彼の身体を揺さぶり「金だけ使わせて、これで終わりか!?」と手を離して頬骨を殴りつける。砕けた顔が拳の分だけ沈み、口元から数本の歯が零れ落ちる。




「————死者に対する畏敬の念は」




「このガキは人間じゃねぇんだよ!!俺に指図するなッ!!」




 立ち上がろうと膝立ちをしていた私の腹部を、恐らくは安全靴と思わしい鉄板を仕込んだ膨れた足先で蹴り飛ばそうとした。ここで歩けなくなる訳にはいかない。




 自分の使命を思い出した私は、すかさず横転し暴行から逃れる。




「何避けてんだ!?」




「私は、ここに招かれた技術者です。私の雇い主はあなたではなく出資者本人。幾らあなたが責任者と数えられていたしても、私まで殺す権利はない」




 白衣に手を入れて余裕を演じるが、男性は銃で撃たれた恐怖を思い出したらしく瞬時に頭と顔を隠して身構える。トラウマを受け付けてしまったようだ。




「‥‥もう私の銃は回収したでしょう。何も出来ませんよ」




 自分の姿を痛感したらしく、整えていた髪を振り回して血走った目を向けて威嚇を試みてくる。追い詰められた人間特有の行動だ。自分ではどうしようもない事態に陥ってしまい、言葉すら発せられなくなっている。




 ひとしきり地団駄を踏んだ男性は、彼の腹部に拳槌を落とした後、手術着を着た職員を置いて出て行った。しかし、衛兵たちも部屋に置いたまま。




「私まで————」




 装填数の問題で、自由の国でさえ民間には出回っていない殺傷兵器を携えた兵士達が銃口を向けてくる。口では「大人しくしろ」と命令するが指だけは外さない。




「話を訊いていましたか?私は、あなた達の雇い主の」




「ああぁぁうるさいッ!!早く始末しろ!!」




 外から紳士服の男性が絶叫を上げて、足音を上げて立ち去った。




 どうやら、この兵士達は彼の私兵であるようだ。




 『あの家』に従う者が未だにいるとは————残滓を手に潜入した甲斐がある。




「その銃で私を殺せば、言い逃れが出来なくなります」




「黙ってついて来い」




 拳銃の一件で、私に疑いの目が向けられている。彼らは近衛兵であろう。本職のシークレットサービスを始末する訳にはいかない。だけど。




「彼をどうする気ですか」




 壁に背を付けて、追い詰められたと演じながら問い質す。しかし、手術着の男性達は何も言わずにゴム袋の準備を始める。本当に物のように、身体に痣が出来るのも厭わずに掴み上げて落とした。




「お前には関係のない事だ。黙ってついて来い」




 遂には銃口を胸に押し付けた近衛兵によって、外へと連れ出される。




 血の気がまだあった。ぬくもりが残っていた身体はゴミ袋に収めらるのを扉が閉められるまで見ていた私は、銃口に押されて隔壁だらけの金属製の廊下を歩かされる。




 ————私の記憶が戻ったのは。銃で彼を守った時だった————




 会話と秘め事。彼との時間が、体力が許す限り絡み合っている時に疑いが浮かび、彼を背中で守った時に確信に至った。そして鏡を見つめて完全に復帰した。




「‥‥まだ時間はある」




 口の中だけで呟いた言葉を嚥下し、歩き慣れない廊下へと突き飛ばされた。




「そこに入れ」




 鉄製のドアノブの静電気も気にならない。自分の命すら軽く感じる。




 私は、確かに彼を殺した。彼の許可も得ずに、更なる死地へと送り続けた。




「————彼の身体をどうする気」




 二度目の質問に近衛兵は蹴りで私を黙らせた。背後に振り返った時、胸を撫でおろした。最悪の状況は、この場で毒ガスを放たれる事であったが、彼らは別の手を取り出した。この密閉された場で、自らが殺したという高揚感でも得たかったのか。




「火炎放射器————そんな物どこで」




 恐れる振りをする。




「黙って死ね」




 背中にタンクを背負うタイプのそれは、穴倉や車両に逃げ込んだ兵士を始末する武器だった。そんな場違いな兵器をゆっくりと背負った一人に————私はヒールの前蹴りを腹に叩き込んだ。血を吹き出す腹と血を吐き出す口を眺め、瞬時に膝を顎に入れる。




 顎の砕ける感触を無視して銃口が向けられない程に、もうひとりにも接敵しながら掌底を顎に入れる。




 これはただの当身。反撃はここから始まる。




 鎖によって繋がれていた腰の拳銃を奪いながら、硬質なポリマーフレームを側頭部に打ち込む。完全に油断した所への痛打に意識を失う。続いて顎を砕いた一人を足を上げてヒールで後頭部を踏みつけて黙らせる。




「侮りましたね」




 完全装備の男性を運ぶなど、私の仕事ではないとしても放置は出来なかった。




「体格の関係で着れないでしょうね」




 二人分の装備を鹵獲出来ないのは残念だが、分厚い防弾服にアサルトライフルを奪って歩き回っていれば、すぐさま発見されてしまうのは目に見えている。




 二人分のマガジンと拳銃、それ以外の銃器を破壊して部屋に閉じ込める。




「時間を切ってしまいましたね。私らしくもない」




 だけど、これで切欠は生まれた。後戻りも撤退も許されない。




「彼との約束を守ると誓いました。私は、私である証を立てる————」




 鎖が残る拳銃、M&Pシールドの二丁を白衣に入れて、私は歩き出す。目指すべき場所は知れている。オペレーター室よりも優先される操作権利を与えられた検体実験室。




「ここからなら————」




 先ほどの部屋。救護室の前を通れば最短で迎える。




「寄り道なんて、ますます私らしくもない」




 出来る限り早足で、しかし悟られてはならない歩幅で向かう。横道や扉の前を歩くとしても平静を装う。『あの家』を立て直さんとする家々と、『あの家』の残党達によるオペレーションを捜査してたったの数か月で尻尾を掴めてしまった。




 あの時の驚きは未だかつてなかった。しかも、優秀な脳神経の専門家を探しているなど。あからさまな罠だと判断した私は、記憶を改竄して乗り込んだ。




「時間こそ掛かってしまいましたが、判断は正しかった」




 いつになるとわからずとも、私の記憶は近いうちに戻る計画を立てていたが。まさか未成年からの誘惑によって復元してしまうとは。しかも、あんなに求めてしまった。




「————『三人』から言われていましたが、年下とは侮れません」




 足音がした。壁に背を付けて、手洗いから姿を見せるふたりの男性を見つける。




「主任が変わって、やりにくくて仕方ないよ」




「あれでも星を渡る子計画の発案者なんだ。滅多な事言ったら、お前も始末されるぞ。前任者みたいに」




 どうやら彼の言葉は正しかったようだ。長いとは言えない時間ではあったが、共に過ごしてきた同僚達は私を売ったようだ。それも致し方ないと承服するしかない。




「そういや。前任者はもう始末されたのかな?もう死んだなら仕方ないけど、あの人当てに指令書が届いたって通達されてて」




「なんで死ぬ前に言わなかったんだよ」




「それを理由に、部屋に連れ込めないかって思ってさ。最近忙しくて言い出す機会がなくて。それに内容読んでも意味わからないから。いつの間にか捨てちまってさ」




 首中の血管が凍り付く。暗号に知らぬ者が読んでも意味などわからない筈だが、あの男性の口から不用意に発しさせる訳にはいかなくなった。




「仕方ありません」




 慣れないスカートを僅かに上げ、飛び出そうとした時だった。————男性のひとりが耳に当てていたスピーカーに返事をした。危うかったかもしれない。




「兵士?いえ、見ていませんが」




 密かに舌打ちをした。しかし、彼らの自覚意識の無さに感謝する運びとなるとは、まるで想像もしていなかった。研究職特有の思考回路を持ち合わせている彼らは、自分本位で基本的に他者への思い遣りなど皆無だった。指令書を許可も得ずに閲覧、あまつさえ勝手に処分するなど。正気の沙汰ではない。だから私は、彼らの事は諦めて病室へと急いだ。



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