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彼方よりカナンの鍵へ  作者: 一沢


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4章 鋼鉄の女王

  現実世界へと舞い戻った自分を待っていたのは、男性による踏みつけだった。意識がうつらうつらとしている身体への一撃に、内臓から食道、気道を通って血が噴き出た。幾本もの肋骨が砕ける痛みも、曖昧茫然自失している自分には夢の中の出来事のようだった。




「何をしているんだ————何をして来たんだお前はッ!?」




 まるで現実が見えていない。裸の少年相手に、良い紳士服を纏った男性が何度も革靴の分厚い鋭い底を打ち付けてくる。自分の肌から零れる血が冷たくなっていくのを感じていると、先生が飛び込んで男性を突き飛ばす光景が見えた。




「————酷い。すぐにオペの準備を」




「ふ、不要だ‥‥。そいつは今すぐ、ここで殺すッ!!」




 起き上がった男性が、先生に銃口を向ける。




 止める者のいない圧倒的な権力者に対しても一歩も引かない先生が、自分の白衣からも拳銃を取り出す。どちらが勝っているかなど、数秒で知れる。取り出すと同時に撃鉄ハンマーを起こして、引き金を軽くしたオートマチックによる早撃ちを披露———男性の手から拳銃を取り上げた先生は、俺の前に再度立ちはだかってくれた。







 目が覚めた時、自分の身体は包帯塗れだった。白い包帯に隠されているが、この下は青黒く変色している事だろう。腕こそ動かせるが腹筋を使って上体を起こす力は湧かなかった。こちらの肉体は限界だった。食事さえ満足に取れまい。




「先生」




 呟く声に、すぐさま返事をくれた。白いカーテンを引きながら顔を見せたくれた先生の顔も、真っ青だった。これで先生も自分達と同じになってしまったと笑みが浮かぶ。




「‥‥言うまでもないですが。あなたの寿命は、あと一週間もない」




「まずい状況ですね。命を数字で計れるようになったんですか」




「これは決定事項です。あと一週間で、あなたは解体される」




 本当に家畜と変わらないではないか。しかし、一週間後とは随分と悠長な事だ。あの獣が自分の知っている正体そのものであるのならば、すぐさまカナン事態を削除しなければならない程である。もしくは、この俺の息の根を直ちに止めるべきだ。




「先生、言っていないのですか?」




「言える訳がない。私まで狂ったのかと、疑われてしまう」




 心のどこかで、きっと先生は安全地帯にいるのだと。自分達の最期を聞かせる語り部になるのだと決めつけていた。しかし、この女性はとっくに登場人物になってしまっていた。彼方より飛来する貴き者の贄となってしまっている。




「—————私の覚悟を理解できた?」




 薄く笑う姿に、言葉が出なかった。美しい————強く気高い、猛々しい真なる人間が、あの時には現れない『理解者』が自分から躍り出てくれた。




 ああ、だけどもう遅い。完成した身体は四つのみである。我々以外の精神は凍結して保存が出来ると仰られていた。しかし、自分の席は————。




「もっと早く会いたかった」




「まだ遅くなんてない。必ず、あなたは成し遂げるのだから」




 先生の白い手が壁のボタンを押す。




 自分の心臓に繋げられた管の先、電信図だけではない何かの波長を示す機器が電子音を弾き出す。最後の鐘の音が鳴り響いた。終わりを告げる、終末の音が————。




 執行人達の足音が聞こえる。軍靴とは違う、生々しく、夥しい死を踏みつけてきた血に塗れたゴム靴。咽かえる血の匂いが漂う。アイツらだ。




 俺達をミキサーにかけた人間。使える部位だけを引き上げて、繋ぎ合わせた狂人。




「あと数秒であなたはカナンへ、最後の旅を始める。こちらからの手助けも傷の修復も出来なくなる。だけど、忘れないで。私は。あなたの事をずっと見ているから」




 身体の自由が奪われていく。生命維持装置を断ち切られた。




 最後の力はカナンへの帰郷に使われる。そして、肺を動かす血すら止まる。




「最後に—————私も、もっと早く素直に————」




 三千にも届く世界のひとつに舞い戻ってきた自分は、またも新たな世界へと旅断つ。奪われた身体は豚の餌となる。無くした腕の代わりに、与えられたのは身に突き刺さるコードの数々。だけど、決して奪われない。奪われてはならない記憶チカラは確かにある。




 落とされる頭蓋の音。引き抜かれる血管の色。漂う体液の香り。




 血に塗れ、汚物に爛れた祝福に奏でられた道を辿り、自分は見知った世界へと至る。




 同じだ。コンクリートの壁に手を付けて窓を開ける。




 水平線の彼方で、星の再誕を見せつけるカナンの夜が明ける。橙の光が目を突き刺し、青黒い宇宙に包まれる。摩天楼の威圧感すら心地いい。送り出された背中を見つめる魚に餌を与えて、自分は脱ぎ去った制服を手に取る。




「この光景も、最後————」




 エレベーターは何も指示しなくとも、自分勝手に運んでくれる。そして。




「あなたは、もしかして、」




 満面の笑みで出迎えくれた、その女性から脈動を覚えた。




 自分達を見つけ出し、生きる道筋を示してくれた我らが主。少しだけ恐ろしくて、優しくて。何に対しても興味深い顔を覗かせるのに、すぐさま冷酷な顔に戻してしまう鋼鉄の女神。




「あなたも、ずっと見ていてくれたのですね」




「——————」




 女神は何も答えなかった。忘れてなどいない。この方は、いつも自分を気にかけてくれた。ここの空からでは見渡せない。諸人では発見できない星雲の一筋に存在する鋼鉄の惑星より手を伸ばしてくれた女神が、この程度の介入を出来ない筈がない。




「待っていて下さい。必ず帰りますから。そして俺の婚約者も」




 何故だろうか。仮初の肉体とは言え、コンシェルジュである女神がグーで殴りつけてきた。痛みこそ見当たらないが、いつも優しい女神からの叱咤に驚きを隠せない。




「女神様?」




「行きなさい。あなたの旅路は、まだ終わってなどいない」




 天啓を授けながら、指差した外へと視線を向ける。何も映さない窓ガラスの外から、ある機微に気が付いた。自分以外がこの楽園にいる筈無いというのに、ビル崩壊から新たに設置された樹木やガードレールが撤去されている。




「勝手に入ったな」




 腰の後ろに隠してある媒体を取り出す。自分という身体こそ失ってしまったが、近年証明された魂たる精神は、確かに今の自分に存在していた。




「待ちなさい」




 踏み出そうとした肩を抑えられる。何故だ?そう思って視線を送る————唐突だった。自分よりも高い位置からの口付けに抵抗も反撃も叶わない。青い瞳と青い唇の双方に縫い付けられた自分は—————あちらの様子を垣間見た。




 『カノジョ』が新たな身体を造り出し、『アノヒト』が音を注いでいく姿が。




「————まだ時間は掛かる。しかして汝はこれで四つのレムナントの血を得る。理解せよ。汝を失うは、我々の交渉を損なうと同意義となる。忘れるな、そちらは我の配偶者足り得る、唯一の生物。あなたとの寝屋ベットは既に完成している」




「‥‥必ず満足してみせます。俺の女神さま」




 送られたのは唾液だけではなかった。混ぜられた身体の雫を伝って、自分には女神の一欠けらが瞬時に転送された。ヒビだらけだった身体には血が通い、爪からは蒸気でも噴き出そうだった。




「その誓い。見事果たしてみせよ。待っている」




 手元に移していた視線を再度女神に向ける、だけど、そこにいるのは空虚な人形だけだった。だから————魔が差してしまう。身体にしがみついて口付けをすると、口で静止され「これ以上の暴行は倫理違反として報告。ただちに委員会へと通報と」恐ろしくも、先生らしくも女神らしくもある機械的な声を通達される

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