第六話 すれ違い
人には、努力ではどうにもならないこともある。
ライラックは今まさにそんな状況に陥っていた。教授から受け取ったばかりの紙を手にし、寮の自室の扉を開ける。
平然と、いつものように姿勢よく席に着くが、その指先はよく見ると震えていた。
「お、今回こそいけたか? ライ」
同室のアランは目ざとくライラックの手元にある紙を見つけて声をかける。お調子者だが、案外周りをよく見ているアランは、きっとわざと明るく声をかけてくれているのだとライラックも気づいていた。
だから、あえて明るく答える。
「いや、無理だったね。かえってこれですっきりした」
「……まだあきらめるなよ。何か方法があるはずだって」
ライラックはそれには答えず、あいまいな笑みだけ浮かべて話は終いにした。
あきらめたほうがいいのか、諦めずまだ粘ったほうがいいのか。
外の空気を吸うために寮を出たが、足は自然と自分の一番落ち着く場所、池のそばのベンチへと向かう。
試験結果が芳しくなかったライラック。だが、進路にあきらめかけてもシンシアはあきらめたくない。
あのデートの日からいそがしくて一月以上も会えずにいた。
ーー告白して、地方にある騎兵隊の宿舎へとついてきてもらおう。
苦肉の策だが、歩いているうちに自分の中の大切なものを取捨選択していくとそれが最善に思えてきた。
しかし、ベンチには、シンシアともう一人人影が。
「教授、か」
恋敵でなかったことに安心し、話が終わるまでしばし噴水のそばで待つことにした。
「告白もせずに放っておいて、いざほかの男が近づいたら動揺するなんてな」
自分の身勝手さに自嘲をしていたところに、教授が本校舎のほうへ戻ってくる。
「おや、ライラック君」
「教授。シンシアさんも教え子なのですか?」
学科が違うので意外に思っての問いかけだった。
「いや、あの子には魔法陣作成の依頼をしていてね」
「……すごいな。魔法陣開発所に就職予定とは聞いていましたが、もう彼女は仕事もとれるんですね」
「彼女の進路を知っているのか。なら話は早い。そうなんだよ、彼女の腕は本物だ。懸命に努力したのだろう」
そう満足げにうなずきながら、教授はそのまま去っていった。
その教授の言葉を聞いて、ライラックは動けなくなる。
なんとなく、シンシアのことを都会を夢見るかわいい後輩だと思っていた。気が早い話だが、付き合うことができたのなら華やかな生活をさせてやりたいとも思っていた。
しかし、そうではなく地に足つけた立派な女性だと知る。ライラックが進路に思い悩んでいる間に彼女は自分で道を決め、とっくの昔に歩き出していた。言葉の端々から察するに、決して恵まれた境遇ではなかっただろうに、ライラックよりもはるか先にいっている。
「そんな彼女を自分の都合で違う土地につれていこうとしていたのか、俺は」
自分の身勝手さに失望しながら、踵を返す。
「池のほうに向かっているのが窓から見えたぞ。ついに告白する決心がついたのか」
寮に戻るなり声をかけてくる友人アランを一瞥し、自分の席に着くライラック。
「いや、やめた」
「やめた? なんでだよ。アカデミー卒でなくたって、ライラックは優秀な奴だ。俺が請け合う。どうせ騎士のところでもなんだかんだうまくやるって」
いつもふざけてはいるが、アランはライラックを高く買っていた。
「彼女には彼女の進路があるんだ。邪魔することはできないよ」
「……ライ、お前がそんな臆病だとは思わなかったよ。そんなのはふられるのが怖いからってただのいいわけだろ」
「そうかもな。でも俺自身が納得できないんだ。騎士養成所に行くことについては腹をくくった。そこで技術をものにしてから、改めて告白する」
「その間にほかのやつに取られるぞ」
「……そうならないように祈っていてくれ」
デート以来ライラックと会うこともなくなり、しばらくは悶々とした気持ちで過ごしていたシンシア。だが、目の前の現実ーー就職へ向けた準備が迫っていることもあり、日々を追われるうちに思い悩むことも減っていた。
それだけに、いつものベンチに急に来訪したライラックにまた驚いてしまった。
「しばらくぶりだね。あの日以来話もできずにすまなかった。試験に追われていてね」
「いえ、私のほうこそ。今は落ち着いたのですか?」
「まあね」
「すごいですね。この時期に進路が決まっているなんて、さすがです」
褒めたつもりがなぜか気まずそうにするライラックに不思議に思っていたが、
「そうだ。これ、お礼に」
そういって手渡してくれた包みを受け取ると、その違和感も忘れてしまう。
「お礼ですか? そんな、私何も用意していない」
「魔法陣を教えてくれたお礼だよ。この地を離れることになってね。会う機会はもうあまりないから、今日渡せてよかった」
「この地を、離れるのですか?」
なんとなくライラックにまた会えるのだろうと思っていたのに、突然の別れの言葉に戸惑うシンシア。正直、離れたくはなかった。
「騎士養成所に行くことになってね。南部にあるから通いではなく寮に住むことにしたんだ」
「そう、なんですね。それはおめでとうございます」
アカデミー生にとって騎士になるのは少し怯むことだが、世間的にはどちらも国の要職であり栄転だ。シンシアはライラックの進む先を素直に受け入れ祝いの言葉を送った。自分の気持ちは押し込めて。
「出発の日にお見送りをしたいです」
その申し出に、一人で静かにこの地を出ていこうと考えていたライラックは少しだけ逡巡し、笑顔でありがとうと告げて汽車の時間を教えた。




