第三話 池の畔のベンチ
「この席は誰かに予約されているのかな?」
期待はしていたけれど、来るとは思っていなかった人物に驚きながら、シンシアはただ首を振って席を詰める。
「この前の礼を言いたくてね」
そう言いながら、横に座ったライラックは懐から紙を取り出す。先日シンシアから教えてもらいながら描いた魔法陣だ。
「この魔法陣で実技練習をさせてもらったよ。担当の教授にも見せたら、この魔法陣のことをほめていたし、君の名前を出したら君のことを知っていたよ。有名なんだね」
「えっと、有名というか。就職をするためには必須の技術なので、必死なんです。それで、いろいろな教授に声をかけて、お知恵をいただいたりしているんです」
「ああ、そんな口ぶりだったな。とても熱心な嬢だって。でもそれだけじゃなく、その才能もほめていた。誇っていいと思うよ」
その言葉がうれしく、少し顔を赤らめるシンシア。目の前でよく教授は褒めてくれるが、第三者から聞く評価はまた違ったうれしさがあるものだ。
「ありがとうございます。この魔法陣はライラックさんにも役立ったのでしょうか? 第一学科の人に取ったら基礎科目ですもの。簡単に習得してしまうのではないですか?」
「ううん。そんなことはないよ。……うまくいかないこともあるさ。これでも必死に落ちぶれないようにあがいているところなんだよ」
「そうなんですか? 意外です」
眉を下げて話すライラックのその手元には、さらに転写した魔法陣がいくつかあった。そのどれもがシンシアよりもきれいに、所によってはアレンジさえも加えられて描けていたので、ライラックの言葉は謙遜なのだと思う。
シンシアの努力も、優秀な人たちは軽々と飛び越えていく。一月かけて習得した技術があったとして、優秀な同級生たちはそれを数日で習得していく。次々と追い越されていく。
ときおり悔しくもなるが、そんな時シンシアは一つ深く呼吸をして、自分に「大丈夫」と言い聞かせる。――大丈夫。私には自分の道がある。
(せっかくライラックさんがわざわざお礼を言いに来てくれたのだから、暗い顔をしちゃ失礼だわ)
気を取り直したシンシアは、明るく会話を続けるのであった。
「あまり街行ったことがなくて」
ライラックと会うことはこれきりだろうと思っていたのだが、その後も頻繁に裏庭に訪れるライラック。会話は思いのほか盛り上がった。穏やかな性格が二人似ていたからだろうか、ゆっくりなテンポだが途切れることなく会話が続く。
そんな中、学園の近くで立つ市の話になった。
「そうなの? 面白いのに」
「一緒に行ってくれる身内がいないのよ。ほら、女の子はあまり一人歩きをさせてもらえないじゃない?」
学園の学生たちは、ゼミなどがあるので複数人で出かけることもあるが、シンシアにはそれもない。
「ああ、そうか。僕は男兄弟だからあまり気にしていなかったけど。それは少し不便だね」
「買い物に興味のある親戚がいればいいのだけれど」
明るく言ってみせてはいるけれど、少し残念さがにじむシンシアの声音に、ライラックが答える。
「そうだ。丁度市が立つから一緒に行かないかい?」
「一緒にですか?」
「うん。同じ学校に通う者同士だ。ご両親も納得してくれるだろう」
「嬉しい! お願いします」
思わぬ申し出に、その場でシンシアは即答してしまった。
その場では初めての街歩きへの期待でワクワクしていたのだけれど、家に帰ってから、ふつふつと実感がわく。
「二人でのお出かけ……! ただの後輩として誘ってくれたのよね。あまり期待しないようにしなきゃ……。でも、嫌いではないってことよね。それぐらいは自信を持っていいはずよ!」
そう自分に言い聞かせながら、準備を始めるシンシアであった。




