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転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


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第9話 社畜と原石と高級焼肉

 地方での激戦から一夜。鈴木太郎(仮)たちが乗るステーションワゴンは、朝日が差し込み始めた首都高速を、東京の中心部へと向かって滑るように走っていた。車内の空気は奇妙なほど静かだった。


 運転を代わった日向葵は、いつものようにお喋りをすることなく、ただ真剣な眼差しで前を見据えている。昨夜の戦いで目にした先輩の底知れない実力と、敵が残した不気味な言葉――その二つが、彼女の心を重くしているのは明らかだった。


 そして後部座席。今回のスカウト対象である長谷川 蓮は、小さなリュックサックを膝の上に抱え、まるで石像のように固まっていた。窓の外を流れていく見慣れない都会の風景。その何もかもが、彼にとって現実感を失わせているようだった。


 自らが人ならざる力を持つこと。

 その力を狙う得体の知れない敵がいること。

 そして、自分を守ってくれた、この胡散臭いスーツの男が、人知を超えた神のような力を持っていること。


 一晩で、彼の世界は完全に、そして暴力的に塗り替えられてしまったのだ。


(……まあ、無理もないか)


 鈴木は助手席で腕を組み、静かに目を閉じていた。赤子の本体は今頃、土御門邸のふかふかの布団の上で二度寝の夢を見ている頃だろう。その穏やかな日常と、今この車内に満ちる緊張感との、あまりにも大きなギャップ。彼はこのデュアルライフの歪さに、改めて乾いた笑いを禁じ得なかった。


 やがて車は、都心に聳え立つとある超高層ビルの地下駐車場へと吸い込まれていった。八咫烏ヤタガラスの本部。日本の裏社会を影から支配する、組織の心臓部である。


「……着いたぞ」


 鈴木の短い言葉に、蓮の肩がびくりと震えた。三人は無言で車を降りると、葵に案内されるまま、無機質なエレベーターへと乗り込む。行き先ボタンのない職員専用のエレベーター。葵が壁のパネルにIDカードをかざすと、扉は音もなく閉まり、滑るように上昇を開始した。


 彼らが通されたのは、昨日鈴木が烏沢と初めて対面した、あの殺風景な会議室とは違う、もう少しだけ格の高い応接室のような部屋だった。柔らかな革張りのソファに、磨き上げられた黒檀のローテーブル。壁には抽象的な現代アートが飾られている。だが窓はなく、その空間全体が外界から完全に隔絶されているという事実は変わらなかった。


「……どうぞお掛けください」


 葵に促され、蓮はまるで借りてきた猫のように、ソファの端にちょこんと腰を下ろした。鈴木もその向かいに、どさりと深く腰を下ろす。やがてドアが静かに開き、あの男が入ってきた。


 仕立ての良い黒いスーツ。フレームの細い眼鏡の奥の、鷹のように鋭い瞳。――内閣情報調査室・特殊事象対策課、第二係長・烏沢。


「――長谷川 蓮君。そして鈴木特務官、日向特務官。遠路ご苦労だった」


 烏沢はまず、労いの言葉を口にした。その手には、人数分のプラスチックカップに入った緑茶が握られている。どうやらこの組織のおもてなしは、これがスタンダードらしい。


「昨夜の報告書は確認させてもらった。Aクラス級の知性型怪異……。そして未登録の能力者の保護。二人とも、実に見事な働きだった。特に鈴木特務官。君の戦闘能力は、私の想定を遥かに超えていたようだ」


 烏沢の視線が、値踏みするように鈴木を射抜く。鈴木はその視線を、特に気にした様子もなく受け流した。


(……まあ、少しやりすぎたか)


 式神ボディに流す霊力の制限を一段階解除した。――それは彼にとっては「少しの本気」でしかなかったが、この世界の基準で言えば、おそらく天変地異にも等しい規格外の出力だったのだろう。だが、あの状況では、そうするしかなかった。


 烏沢はすぐにその視線を、緊張で固まっている蓮へと移した。


「長谷川君。君は今、大きな混乱の中にいることだろう。自分の身に何が起こったのか。我々が何者なのか。そして君自身が何者なのか」


 その声は静かで穏やかだった。だが、有無を言わせぬ絶対的な説得力を持っていた。


「単刀直入に言おう。君は、人間でありながら、人間を超えた力を持つ者だ。我々八咫烏は、君のような存在をこう呼んでいる」


 烏沢は一呼吸置いて、告げた。


「『因果律改変能力者』と」


「……いんがりつ、かいへん……?」


 蓮が初めて、か細い声を発した。


「そうだ。魔法使い、超能力者、霊能力者、異能者、術師、陰陽師、占い師……古来より様々な名前で呼ばれてきた“常ならざる力”を持つ者たちの、統一された学術的名称だ」


 烏沢はテーブルの上に一枚のタブレットを置くと、その画面をスワイプした。画面には、複雑な階層図が表示された。


「そして我々は、その能力の危険性と影響力に応じて、すべての能力者を六つの階級ティアーに分類し、管理している。それがこの 【ヤタガラス公式・因果律改変能力者・脅威レベル分類ティアー・システム】 だ」


 烏沢は、蓮が理解しやすいように、一番下の階層から指でなぞりながら説明を始めた。


「まず Tier 6:『可能性ポテンシャル』。これは、いかなる力の兆候も見られない全ての“普通”の人間たちだ。彼らは直接、因果律を操作する力は持たない。だが、彼らこそがこの世界そのものを形作り、物語を紡ぎ出す本当の主役だ。彼らの『日常』が、我々のような存在をこの大地に繋ぎ止めている」


 蓮は黙って、その説明を聞いていた。


「次に Tier 5:『原石アンカット・ジェム』。まだ能力が覚醒してはいないが、その内に因果律への高い適性を秘めていると、我々のセンサーによって判定された一般市民。全世界の人口のおよそ〇・〇一パーセント。彼らは我々のような組織にとって最も貴重な資源であり、スカウトの対象となる」


 烏沢の指が、そこでぴたりと止まった。


「――長谷川 蓮。君はこの Tier 5 に該当する」


「……俺が……?」


「そうだ。君が、ただの『木彫りの技術』だと思っていた、あの力。あれは、無意識のうちに君の魂から溢れ出す霊力が、木の分子構造そのものを君のイメージ通りに『再構築』していた、紛れもない因果律改変能力だ」


 蓮は息を呑んだ。あの祖父から受け継いだ誇りある技術が――ただの能力。その事実は、彼のアイデンティティを根底から揺るがした。


 烏沢は彼の動揺を意に介さず、説明を続ける。


「Tier 4:『潜在的脅威ポテンシャル・リスク』。これは、自らの力に目覚めてしまった無数の『素人』能力者たちだ。スプーンを曲げるだけの少年、自分の髪の色を変える少女、天気をほんの少しだけ晴れにできる主婦……。彼らの力は微弱で不安定。だが、その数と予測不可能性において、我々にとっては最も頭の痛い管理対象でもある」


「Tier 3:『戦術級タクティカル』。八咫烏のエージェントとして採用される、最も標準的で数の多い能力者たちだ。日向特務官もここに分類される。彼らの能力は、小規模な戦闘の勝敗を左右することはできるが、それ以上の戦略的な影響を及ぼすことはない」


 説明の途中で自分の名前を出された葵が、ぴんと背筋を伸ばした。


「そして Tier 2:『特殊作戦級スペシャル・オペレーション』。彼らはチームとして機能した時に、その真価を発揮するエリート兵士だ。極めて専門的でトリッキーな能力をもって、戦局を“限定的な範囲において”支配することができる」


 烏沢は、そこで再び蓮の目を真っ直ぐに見つめた。


「我々の査定によれば、君の内に眠る『原石』は、正しく磨き鍛え上げれば、この Tier 2 の高みにまで到達しうる、極めて希少なポテンシャルを秘めている」


「……俺が、そんな……」


「そうだ。君はそれほどの才能を、無自覚なままあの小さな田舎町で燻らせていたということだ」


 そして烏沢の指は、最後の二つの階層を示してみせた。


「Tier 1:『国家戦略級ナショナル・エース』。彼らは『理』そのものを書き換えることはできないが、その理の中で許された全ての力と技を極め尽くした究極の『武人』。一個人の戦闘能力は一つの軍隊に匹敵し、国家間のパワーバランスを単独で左右しうる存在だ」


 鈴木はその説明を聞きながら、内心で自嘲していた。

(……俺の本体はこれか。大げさな話だ)


 土御門家では「神の子」と呼ばれ、このティアー・システムでは「国家戦略級」。どちらも彼が望む「平穏」とは、最も縁遠い言葉だった。


「そして頂点に君臨するのが Tier 0:『規格外アウト・オブ・スペック』。彼らはもはや個人ではない。この世界の物理法則や因果律そのものを、自らの意志の下に書き換える『歩く自然災害』。あるいは『神』と、我々は定義している」


 説明は終わった。蓮は、あまりにもスケールの大きすぎる話に、ただ呆然とするしかなかった。


「……どうして俺が……。どうして俺がそんな力を持ってるんだ……」


「それは誰にも分からない。生まれつきとしか言いようがない」

 烏沢は静かにそう答えた。

「だが一つだけ確かなことがある。昨夜、君を襲ったあの怪異。あれは偶然そこに現れたのではない。君という極上の『餌』の匂いを嗅ぎつけて、長い間、君が熟成するのを、すぐ側で待ち構えていたのだ」


「……餌……?」


「そうだ。怪異の中には、君のような強大な霊力を持つ人間を『喰らう』ことで、自らの力を増していく特殊な個体が存在する。昨夜の人形は、まさにそのタイプだった。そして、奴はまだ完全に消滅してはいない」


 烏沢は厳しい口調で告げた。

「奴の“本体”はまだどこかに潜んでいる。そして必ず再び、君を喰らうために現れるだろう。奴にとって君は、何にも代えがたい“ご馳走”なのだからな」


 蓮の顔が、絶望に青ざめていく。自分のせいで。自分のこの得体の知れない力のせいで、またあの恐怖が――。


「どうすれば……。俺はどうすれば……」


「対処法は一つしかない」


 烏沢は断言した。


「強くなることだ」


 その言葉は重く、そして絶対的な真実として、蓮の心に突き刺さった。


「我々八咫烏の施設で、専門的な訓練を受け、君自身の能力を完全に制御下に置く。それが、君が、そして君の故郷の家族が生き残るための唯一の道だ。もちろん我々の監視下にいたとしても、奴らがいつどこで君を狙ってくるかは分からない。連中は手段を選ばんからな」


 厳しい現実。だが、その言葉には不思議なほどの力があった。蓮は俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。その瞳には、もはや怯えや戸惑いの色はなかった。そこにあったのは、硬い鋼のような“決意”の光だった。


「……分かりました」

 彼は、はっきりとそう言った。

「俺は強くなります」


 その言葉を聞いて、ずっと黙って成り行きを見守っていた葵が、ぱあっと顔を輝かせた。


「良かった……! 良かったですね、蓮君!」


 彼女はソファから立ち上がると、蓮の隣に座り、その肩をぽんと叩いた。


「大丈夫! 私たちがついてますから! 一緒に強くなりましょう!」


 その太陽のような、裏表のない笑顔に、蓮の強張っていた表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


「……まあ、死なない程度には扱いてやる」


 鈴木も、ぶっきらぼうな口調で、彼なりの激励の言葉をかけた。烏沢はその光景を、満足げに頷きながら見ていた。


「――君が我々の大きな戦力になることを期待しているぞ、長谷川 蓮君」


 重苦しかった部屋の空気が、少しだけ和らいだ。その刹那。烏沢はふと、窓のない壁の向こう、遥か遠くを見つめるように目を細め、誰にともなく呟いた。


「……しかし、分身を使い人語を解する Tier 2 相当の知性型怪異か。これがただの一体や二体の話で済めば良いがな……。第五次怪異戦争の火種にでもならなければ良いのだが……」


「……第五次怪異戦争?」


 葵が聞き慣れない単語を聞き返した。


「いや、こちらの話だ。気にするな」


 烏沢は何でもないようにそう言って、はぐらかした。だが鈴木は、その「第五次」という不穏な単語を、確かに記憶に刻み込んでいた。過去に四度も同様の大規模な戦争があったということか。――この世界の闇は、自分が想像しているよりも遥かに深く、そして根深いのかもしれない。


 再び重くなりかけたその場の空気を断ち切るように、烏沢は突然、ぱん、と柏手を打った。


「さて! では今日のところはこれで解散と言いたいところですが……」


 彼はにこりと、今までにないほど人の良さそうな笑みを浮かべてみせた。


「皆様、どうです? この後、焼肉でも?」


「「「…………え?」」」


 あまりにも唐突なその提案に、鈴木も葵も、そして蓮も、三人揃って間の抜けた声を上げた。


「もちろん私の奢りで。新人君の歓迎会と、君たちの労をねぎらってだ。悪いようにはしない」


 その言葉に、最初に我に返ったのは葵だった。


「えー! いいんですか!? やったー! じゃあ、お言葉に甘えて……!」


 彼女は先ほどまでのシリアスな表情が嘘のように、満面の笑みを浮かべて大喜びしている。蓮もまだ戸惑いを隠せない様子だったが、断る理由もなく小さくこくりと頷いた。


 そして鈴木は――。


(……焼肉。それも奢り。悪くない)


 内心でガッツポーズをしながら、あくまでクールな表情を崩さずに、短く答えた。


「……まあ、腹は減った」


 その彼の返事を聞いて、葵が無邪気な、そしてある意味で最も重要な質問を、烏沢へと投げかけた。


「烏沢係長! それってもしかして、叙々苑とか、そういう高級なやつですよね!?」


 そのあまりにもストレートな問いかけに、烏沢は一瞬、眼鏡の奥で目を丸くした後、愉快そうに声を立てて笑った。


「……ははは。まあ、期待していてくれたまえ」


 彼のその人間味あふれる笑い声が、息の詰まるような秘密の部屋に、初めて明るく響き渡った。


 社畜と原石。

 そして、彼らを束ねる謎めいた上司。

 三人の奇妙なチームの本当の始まりは、高級焼肉の香ばしい煙の匂いと共に、幕を開けようとしていた。

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