第75話 灰色のサーファーと首無しの騎士
深夜二時。
首都高速都心環状線(C1)。
オレンジ色のナトリウム灯が流れる光の帯となり、轟音と共にアスファルトを震わせる。
制限速度など存在しないかのような速度で、一台のバイクが疾走していた。
いや、それはバイクと呼ぶには、あまりにも異形だった。
車体は黒い骨と肉が融合したような有機的なフォルムをしており、エンジン部分からはドス黒い瘴気が排気ガスのように噴き出している。
そして何より、跨っているライダーには「首」がなかった。
Tier3『デュラハン・ターボ』。
走り屋たちの「速くなりたい」という歪んだ執念と、事故死した霊魂が融合して生まれた、高速道路の亡霊。
「――出たぞ! 目標、C1外回り、銀座付近を通過! 時速200キロを超えてる!」
八咫烏の黒塗りのセダンの助手席で、斉藤健太がタブレットのレーダーを見ながら叫んだ。
ハンドルを握る鈴木太郎が、舌打ちと共にアクセルを踏み込む。
「チッ、速えな。
こっちのポンコツ社用車じゃ、追いつけねぇぞ」
スピードメーターは、すでに危険な領域に入っている。
だが、それでも対象との距離は開く一方だ。
このままでは逃げられる。
あるいは、前方を走る一般車両が巻き添えになる。
「……鈴木さん。俺が行きます」
健太はシートベルトを外しながら、静かに言った。
「は? 行くって、どうやって……」
「これを使います」
健太は窓を開け、路肩に放置されていた工事用の鉄板(畳一畳分ほどの大きさ)に意識を集中させた。
「――来い」
ヒュンッ!
鉄板が念動力で引き寄せられ、並走する車の横にピタリと張り付く。
「……まさか、お前、それに乗る気か?」
鈴木が呆れたように、しかし口元をニヤリと歪めて聞いた。
「ええ。瑠璃先生との特訓で、空中機動のコツは掴みましたから」
健太は窓枠に足をかけ、身を乗り出した。
凄まじい風圧が顔を叩く。
普通なら吹き飛ばされるところだが、彼は自身の周囲に流線型の『念動障壁』を展開し、風を受け流している。
「作戦通り、田中たちとの合流地点(箱崎ジャンクション)まで追い込みます。
……サポート、頼みますよ!」
「おう、行ってこい!
死ぬんじゃねぇぞ!」
鈴木の声を背に、健太は宙に浮いた鉄板の上へと飛び乗った。
ガアンッ!
鉄板が健太の体重を受け止める。
彼は足裏に念動力を集中させ、磁石のように鉄板に吸着させた。
「――仮想質量、定義『ゼロ』!」
鉄板と自身の体重を限りなく軽くする。
そして後方から、爆発的な念動力を噴射し、推進力に変える。
「いっけぇぇぇぇぇッ!!!」
健太を乗せた鉄のボードが、弾丸のように加速した。
時速150キロ、180キロ、200キロ――。
セダンを一瞬で置き去りにし、夜の首都高を滑空する。
これぞ、SSR念動力・応用機動『念動滑走』。
風が唸りを上げ、景色が線になる。
恐怖よりも、脳髄が痺れるような高揚感が勝っていた。
前方数百メートル先。
赤黒いオーラを纏って走るデュラハンの背中が見えた。
「――捉えた!」
健太は右手を突き出す。
玄翁から盗んだ技。
「『空気弾』!」
ドォン!
圧縮された空気の弾丸が、デュラハンの背中を襲う。
だが怪異は、人間離れした反射神経でバイクを傾け、それを回避した。
さらに首のない身体から、不気味な笑い声のような排気音が響く。
ギュルルルルッ!
デュラハンのバイクから鎖のような触手が伸び、後方の健太めがけて鞭のようにしなった。
「くっ!」
健太はボードを傾け、立体的に機動して躱す。
ガードレールを蹴り、壁を走り、天井スレスレを飛ぶ。
三次元のドッグファイト。
「(速い……! けど、動きは読める!)」
彼の『感知』能力が、風の流れと敵の殺気を読み取っていた。
かつて瑠璃との鬼ごっこで培った、「気配を読む」力。
それが今、この超高速の世界で彼の命を繋いでいる。
「逃がすかよ!」
健太は、さらに加速した。
コーナーに差し掛かる。
デュラハンが壁走りでカーブを抜ける。
健太はインコースの空中に、見えない「壁(結界)」を作り、それを蹴って鋭角にターンした。
距離が縮まる。
「詩織! そっちはどうだ!」
インカムで叫ぶ。
『配置完了してます!
田中君と鈴木君、スタンバイOKです!
あと2キロ……到達予想時刻、40秒後です!』
「了解!
そのまま待機!」
健太はデュラハンの真後ろに張り付いた。
スリップストリーム。
敵の風除けを利用して、さらに加速する。
デュラハンが焦ったように蛇行運転を始める。
だが健太は離れない。
「そこだッ!」
健太はボードの先端を少しだけ下げ、敵の後輪に「接触」させた。
そして一瞬だけ、ボードに強烈な「プラスの質量」を付与する。
ガガガガッ!!
数トンの重りがぶつかったような衝撃。
デュラハンの体勢が崩れ、壁に激突しそうになる。
「グガァァッ!?」
怪異が体勢を立て直そうと減速した、その瞬間。
目の前に箱崎ジャンクションの合流地点が現れた。
そこには二人の影が待ち構えていた。
「――待ちくたびれたぜ、暴走族!」
道路の真ん中で仁王立ちする田中。
彼の全身は黒光りするほどの鋼鉄色に染まっていた。
SR『硬質化』・最大出力『金剛』。
時速200キロで突っ込んでくるバイクに対し、彼は一歩も引かず、真正面からショルダータックルの構えを取った。
「止められるもんなら、止めてみやがれぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい激突音。
衝撃波が周囲の防音壁を震わせる。
普通の人間なら木っ端微塵になる衝撃。
だが田中は足裏でアスファルトを削り取りながら、数メートル後退しただけで踏み止まった。
「ぐぬおおおおおおッ!!」
デュラハンの突進が、物理的に止められた。
バイクの前輪がひしゃげ、怪異が前方に投げ出される。
「今だ、鈴木!」
「ういっす!!」
上空の標識の上で待機していた鈴木(同級生)が落下してきた。
SR『身体能力強化』に加え、高所からの落下エネルギーを乗せた必殺の踵落とし。
ズドォォン!
投げ出されたデュラハンの胴体に直撃。
怪異が地面に叩きつけられ、バウンドする。
「トドメだ、健太!」
後方から追いついた健太が、ボードから飛び降りた。
彼は空中でボードを手に掴むと、それに渾身の念動力と「最大質量」を込めた。
鉄板が巨大な断頭台の刃へと変わる。
「――これで終点だッ!!!」
健太は質量爆撃の要領で、鉄板を怪異の核(エンジン部分)めがけて振り下ろした。
ズバンッ!!
鉄板が怪異を両断し、アスファルトに深々と突き刺さる。
一瞬の静寂。
そして、デュラハンの身体が黒い霧となって霧散した。
【クエスト完了】
スマートフォンの通知音が、勝利のファンファーレのように響いた。
「……しゃあッ!!」
田中がガッツポーズをする。
鈴木(同級生)もヘラヘラと笑いながら、Vサイン。
道路脇の安全地帯から、詩織が駆け寄ってくる。
「みんな、怪我はないですか!?」
「おう、余裕余裕!
……と言いたいとこだけど、流石に手が痺れたわ」
田中が腕をさする。
健太は突き刺さった鉄板に寄りかかり、荒い息を整えていた。
心臓がまだ早鐘を打っている。
だが、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
数分後。
遅れて到着した鈴木太郎の車が、彼らの横に止まった。
窓を開けた鈴木が、呆れたように、しかし満足げに言った。
「……制限速度オーバーも、いいとこだぞ、お前ら。
ま、いい走りだったがな」
「へへっ。
八咫烏なら、揉み消してくれるんでしょ?」
健太が軽口を叩く。
「……調子に乗るなよ。
始末書、書くのは俺なんだぞ」
そう言いながらも鈴木は、クーラーボックスから、よく冷えたスポーツドリンクを取り出し、四人に放り投げた。
「ほらよ。
勝利の美酒だ」
首都高の風に吹かれながら飲む、その味は、どんな高級な酒よりも格別だった。
灰色の道路の上に刻まれた、若者たちの熱い軌跡。
彼らの連携と実力は、確実に「プロ」の領域へと近づきつつあった。




