表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/72

第67話 灰色のポップアップと禁断のハイパーリンク

 始まりは、昼休みの教室に流れた奇妙な噂だった。


「ねえ、知ってる? 最近流行ってる『赤い部屋』の話」

「あー、あのフラッシュ動画のやつ? 懐かしいな。小学生の頃に流行ったじゃん」

「違うよ。昔のやつじゃなくて、最近『TikTok』とかで流れてくるリンクのやつ。踏んだら最後、スマホの画面が消えなくなって……その日の夜、部屋に『来る』んだって」


 ありふれた怪談。ネットの海に無数に漂う真偽不明の都市伝説。

 斉藤健太は、いつものようにコンビニパンを齧りながら、クラスメイトたちのそんな会話をBGMとして聞き流していた。


 だが、その日の放課後。

 事態は無視できない「現実」となって、彼の目の前に現れた。


「――おい、小林! しっかりしろ!」


 教室の隅で、ひとりの男子生徒が机に突っ伏したまま、激しい痙攣を起こしていたのだ。

 小林という名のその生徒は、健太のクラスメイトであり、善良で目立たない、ごく普通の生徒だった。


「ああか……。あかい……」


 小林は、うわ言のように繰り返している。

 その顔色は土気色で、瞳孔は開ききっていた。

 そして彼の手にはスマートフォンが握りしめられており、その画面には――。


 真っ赤な背景に、黒い明朝体で、ただ一言。


『あなたは――すきですか?』


 というポップアップウィンドウが、消しても消しても無限に増殖し続けていた。


「……ッ!」


 健太は駆け寄ると、教師や他の生徒が来る前に、そのスマートフォンの画面を上着で隠した。

 彼の『感知』能力が警鐘を鳴らしていたからだ。

 そのスマホから、そして小林の身体から、ドス黒く粘り気のある不吉な霊気が立ち上っているのを。


「(……間違いない。これは『怪異』だ。それも、いつもの物理的な奴じゃない……!)」


 鈴木特務官が焼肉屋で警告していた、「ネット怪異」そのものだった。


 ◇


 放課後の『カフェ・ド・レンガ』。

 緊急招集された鈴木班の面々は、深刻な表情でテーブルを囲んでいた。


「……小林君は救急車で運ばれました。一応『過労による貧血』ってことになってますけど……」


 詩織が沈痛な面持ちで報告する。

 彼女は保健委員として、搬送されるまで付き添っていたのだ。


「でも、私の『完全治癒』でも、彼の意識は戻りませんでした。身体的な傷や病気じゃないんです……。魂の奥底が、何かに掴まれて離さないような……」


「精神干渉系の呪いね」


 神楽坂瑠璃が、冷めた紅茶を見つめながら断言した。


「『赤い部屋』。ネット黎明期から存在する、最も有名な都市伝説の一つ……。その最新の変異種、といったところかしら」


「……どうすればいいんだ? あいつ、このままだと……」


 健太が拳を握りしめる。


「放っておけば死ぬわ。あるいは精神が崩壊して廃人になる。

 これは『ルール型』の怪異よ。ポップアップ広告という『入り口』を通して、ターゲットの精神に侵入し、その恐怖心を餌にして内側から食い荒らす……。物理的な除霊は不可能よ」


「そんな……」


 田中と鈴木(同級生)が青ざめる。

 殴れば倒せる敵なら、彼らはもう怖くない。

 だが、見えない、触れない、逃げられない敵。

 それが一番恐ろしい。


「……いや、手はあるはずだ」


 健太は顔を上げた。

 その目には決意の光が宿っていた。


「鈴木さん(特務官)が言ってた。『猿夢』や『きさらぎ駅』のように、異界に入り込んで助けるパターンがあるって」


「ほう?」


 瑠璃が面白そうに眉を上げる。


「小林は今、そいつのテリトリーに引きずり込まれてるんだろ? だったら、俺たちもそこへ行けばいい。

 あいつのスマホ……俺がこっそり借りてきた」


 健太はポケットから、小林のスマートフォンを取り出した。

 画面はまだ、あの不気味な赤いポップアップを表示し続けている。


「ここから『因果律』を辿って、奴の結界のほころびをこじ開ける。

 そして、俺たちもあえてその呪いを『食らう』ことで、奴の領域テリトリーに侵入する」


 それは、あまりにも無謀で危険極まりない作戦だった。

 敵の腹の中に、自ら飛び込むようなものだ。


「……正気? 相手はネットの集合的無意識が生んだ化け物よ。その精神世界ホームで戦うことが、どれだけ不利か分かっているのかしら」


「分かってる。でも、これしか助ける方法がないなら、やるしかない」


 健太は迷わずに言った。


「俺たちには、あんた(瑠璃)がいる……。それに、俺たちだって強くなった。やれるはずだ」


 その真っ直ぐな瞳に、瑠璃はふっと口元を緩めた。


「……いいでしょう。その無謀さ、嫌いじゃないわ。

 特訓の成果、見せてもらうわよ」


「俺たちも行きます!」

「仲間を見捨てるなんて、できません!」


 田中と鈴木(同級生)、そして詩織も力強く頷く。


「よし。……行くぞ」


 健太はスマホの画面をタップした。


『あなたは――すきですか?』


 その問いかけに対し、彼は心の中で「いいえ」と答えながら、深く意識をダイブさせた。


 視界が歪む。

 カフェの風景がノイズのように乱れ、崩れ落ちていく。

 そして、世界は赤一色に塗りつぶされた。


 ◇


 気がつくと、彼らは見知らぬ部屋に立っていた。


 壁も床も天井も、すべてが赤かった。

 ペンキの赤ではない。内臓の内壁のような、生々しく脈動する赤。

 部屋の隅々には無数のパソコンモニターが埋め込まれ、砂嵐のようなノイズと断末魔のような悲鳴を垂れ流している。


「……ここは……」


 詩織が口元を押さえる。

 空気が重い。呼吸をするたびに、鉄錆と血の臭いが肺にへばりつくようだ。


「ここが奴の腹の中……『赤い部屋』か」


 健太は念動障壁を展開し、周囲を警戒する。

 物理的な広さは六畳ほどしかないように見えるが、感覚的には無限に続いているようにも思える奇妙な空間。


「――たす……けて……」


 微かな声が聞こえた。


「小林!」


 部屋の中央。

 赤いケーブルのようなものが複雑に絡み合った繭の中に、クラスメイトの小林が囚われていた。

 彼の身体には無数のコードが突き刺さり、そこから生命力プラーナが吸い上げられている。

 そして彼の周囲の空間には半透明のスクリーンが無数に浮かび、彼に対して精神的な拷問を続けていた。


『お前のせいだ』

『死ね』

『誰も見ていない』

『赤くなれ』


 画面に映し出される罵詈雑言。ネットの悪意の奔流。


「ひどい……!」


 詩織が駆け寄り、回復の光を灯そうとする。

 だが。


「――おっと。邪魔はさせないよ」


 無機質な合成音声のような声が響いた。


 ズズズ……と壁の赤い肉塊が盛り上がり、人の形を成していく。

 現れたのは、真っ赤なコートを着たのっぺらぼうの巨人だった。

 顔があるべき場所には、巨大なQRコードが張り付いている。


 Tier3相当、『赤い部屋の管理者』。


「ようこそ、新しいお客様……。君たちも赤くなりたいのかい?」


 管理者が手を振ると、空間全体が軋みを上げて歪んだ。


「――総員、戦闘開始! 小林を奪還するぞ!」


 健太の号令と共に戦いが始まった。


「うおおおおッ! 『硬質化』!!」


 田中が先陣を切って突っ込む。

 鋼鉄の拳を、管理者のボディに叩き込む。


 だが。


 ボフッ。


 何の手応えもなかった。

 田中の拳は管理者の身体を煙のようにすり抜け、空を切ったのだ。


「なっ!? 物理無効かよ!?」


「その通り。ここは私の世界サーバー。物理法則など、私が書き換えれば無意味だ」


 管理者が指を鳴らす。

 すると田中の足元の床が突然液状化し、彼を飲み込もうとせり上がってきた。


「うわっ、足が……抜けない!?」


「鈴木、上だ! 援護しろ!」


「了解ッス!」


 鈴木(同級生)が壁を蹴り、天井から奇襲をかける。

 だが天井から無数の赤い手が伸び、彼の手足を拘束した。


「くそっ、動きが読まれてる……!?」


「ここは奴のテリトリーだ! 全ての事象が、奴の有利になるように設定されてるんだ!」


 健太が叫ぶ。

 彼は念動力で周囲のモニターを引き剥がし、弾丸として射出する。

 だがモニターは管理者に当たる直前でピタリと止まり、逆に健太たちの方へと向きを変えた。


『エラー発生』

『アクセス拒否』


 モニターから赤いレーザーのような光線が放たれる。


「くっ……! 『念動障壁』!!」


 健太は全力でバリアを展開するが、その圧力は凄まじかった。

 バリアがミシミシと悲鳴を上げる。


(……強い……! これがテリトリー持ちの怪異か……!)


 物理攻撃は無効化され、環境そのものが敵対し、こちらの能力は減衰させられる。

 まさに「アウェイ」での戦い。


「きゃあぁッ!」


 詩織が悲鳴を上げる。

 いつの間にか背後に回り込んでいた赤い手が、彼女を捕らえようとしていた。


「詩織!」


 健太が助けに行こうとするが、床から伸びた触手に足を取られ、動けない。


「無駄だよ。君たちはここで、新しいデータ(肥料)になるんだ」


 管理者が嘲笑う。

 絶体絶命。


 ――その時。


 凛とした涼やかな声が、赤い空間に響き渡った。


「……まったく。見ていられないわね」


 カツン、という硬質な足音。

 それは、このブヨブヨとした不快な空間には似つかわしくない、清廉な音だった。


 神楽坂瑠璃が一歩前に進み出た。

 彼女の周囲だけ、赤い色が退き、清浄な空気が漂っている。


「か、神楽坂さん……!」


「いいこと? よく見ていなさい」


 瑠璃は腰に佩いた不可視の刀の柄に手を添え、静かに目を閉じた。


「敵のテリトリーに取り込まれた時、最も愚かなのは、敵のルールに従って戦おうとすることよ。

 物理が効かないなら、物理で殴ろうとするな。環境が敵対するなら、環境に順応しようとするな」


 彼女が目を開く。

 その瞳は瑠璃色に輝いていた。


「――塗り替えればいいのよ。こちらの『色』にね」


 彼女は素早く印を結んだ。


「――臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前。

 万魔ばんま退散、邪気浄化。

 展開――『清浄結界・瑠璃光せいじょうけっかい・るりこう』!!」


 瞬間。


 彼女の身体から爆発的な霊力が奔流となって溢れ出した。

 それは目も眩むような鮮やかな瑠璃色の光。

 光は波紋のように広がり、触れるもの全てを浄化していく。


 赤い壁が剥がれ落ちる。

 不気味なノイズが静寂に変わる。

 床の触手が光に焼かれて消滅する。


 わずか数秒で、おぞましい「赤い部屋」は、神聖な神社の境内のような清浄な青い空間へと上書きされた。


「な、なんだこれは……!? バグか!? 私の世界が……!」


 管理者が狼狽する。

 彼の身体からQRコードが剥がれ落ち、ただの醜い肉塊へと戻っていく。

 「無敵」のルールが解除されたのだ。


「さあ、形勢逆転よ」


 瑠璃は刀を抜いた。青白い光刃が煌めく。


「私の結界内では、私のルールが適用される。

 ――ここではあなたは『ただの斬れるモノ』よ」


「ひひいぃぃッ!?」


 管理者が後ずさる。


「健太! 今よ! 実体化したわ!」


 瑠璃の指示が飛ぶ。


「――おうよ!!」


 健太は拘束から解放され、吼えた。

 今の彼には、もう迷いはない。


「田中、鈴木! 総攻撃だ!」


「らあぁぁぁッ!!」


 田中の鋼鉄の拳が、今度こそ管理者の顔面にめり込んだ。

 確かな打撃の手応え。


「グギャアッ!?」


「逃がすかよ!」


 鈴木(同級生)が空中から旋回蹴りを叩き込む。


 よろめく管理者。

 その隙だらけの胴体に、健太は全霊力を込めた念動力を収束させた。


「これで……終わりだァッ!! 『念動・パイル』!!!」


 見えざる巨大な杭が、管理者の胸を貫いた。


 管理者は断末魔の叫びと共に、光の粒子となって砕け散った。

 同時に囚われていた小林を縛るコードも消滅し、彼はその場に崩れ落ちた。


「小林!」


 詩織が駆け寄り、抱き起こす。

 『完全治癒』の光が彼を包む。

 数秒後、小林の顔に赤みが戻り、穏やかな寝息を立て始めた。


「……よかった。助かりました……」


 詩織が涙ぐむ。


 空間が揺らぎ、元の『カフェ・ド・レンガ』の景色が戻ってきた。

 外は、もう夜になっていた。


「……ふぅ。疲れた」


 健太は椅子に深々と座り込んだ。

 どっと疲れが出た。だが、心地よい疲労感だった。


「……助かりました、神楽坂さん。あの結界がなかったら全滅してました」


 健太は素直に頭を下げた。


 瑠璃は涼しい顔で紅茶(いつの間にか新しく淹れ直されていた)を一口飲むと、静かに言った。


「勘違いしないで。今のは『奥の手』よ」


「え?」


「敵のテリトリーの中で、それを上回る強度の結界を展開して塗り替える……。

 これは至難の業よ。膨大な霊力を消費するし、失敗すれば術者自身が汚染されるリスクもある。

 ……Tier2クラスの私だからできた芸当だと思いなさい」


 彼女は釘を刺すように言った。


「本来、敵のテリトリーに引きずり込まれた時の最善手は、ターゲットを確保して『即時撤退』することよ。

 倒そうなんて思わないこと。

 今回はたまたま勝てたけれど、相手がもっと格上だったら全滅していたわ」


「……はい。肝に銘じます」


 健太たちは神妙に頷く。


「でも」


 瑠璃は少しだけ表情を和らげた。


「力押しでも勝てない敵ではない、ということは分かったでしょう?

 物理が無効なら、ことわりを変えればいい。

 結界術を覚えれば、敵のフィールド効果を無効化したり、自分たちに有利な場を作ることもできる。

 ……あなた達も、そろそろ『殴る』以外の戦い方を覚える時期ね」


「結界術……ですか」


 健太は自分の手を見つめた。

 念動力と結界。もしそれを組み合わせることができれば……。

 新たな可能性の扉が、また一つ開いた気がした。


「まあ、今日はよく頑張ったわ。小林君も無事だし、及第点よ」


 瑠璃は空になったカップを置いた。


「さあ、解散しましょう。……明日はテスト勉強もしなきゃいけないんだから」


「うわっ、そうだった! 現実リアルの敵も強敵だ……」


 健太たちが頭を抱える。


 灰色の恐怖を乗り越えた彼らの顔には、学生らしい屈託のない笑顔が戻っていた。

 瑠璃色の結界に守られた夜。

 彼らはまた一つ、この世界の深淵を知り、そして強くなったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
赤い部屋とか懐かしいなぁ、姉が滅茶苦茶怯えてたの思い出します 途中からポップアップブロックで妨害されるようになっちゃった上に今はフラッシュ自体が無くなったからもはやネットの遺物ですな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ