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転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


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第61話 灰色の観測気球と踊るワイドショー

 平日の午後二時。

 日本中の主婦や、たまたまチャンネルを合わせていた暇を持て余す老人たち、そして仮病を使って学校を休んでいた学生たちの目が、一斉にテレビ画面に釘付けになっていた。


 民放キー局の人気ワイドショー番組『午後ナマ!』のスタジオは、いつもの芸能スキャンダルや健康特集とは違う、異様な熱気に包まれていた。


『――次のニュースです』


 メインMCを務める大物司会者、御門みかどとおるが、深刻そうな表情を作りながらカメラを見据えた。


『今朝の一部スポーツ紙で報じられたこのニュース。……まさか令和の日本で、こんな見出しを見ることになるとは思いもしませんでした』


 彼の手元のフリップが、バサッとめくられる。

 そこには、赤と黒の極太ゴシック体で衝撃的な見出しが躍っていた。


【独占スクープ! 日本政府「超能力者」の調査へ本格始動!?】

 〜謎のアプリ『KAII HUNTER』実態解明に内閣情報調査室が極秘チームを結成か〜


 スタジオがざわめく。


「いやいやいや、御門さん」


 ひな壇に座るお笑い芸人のコメンテーターが、半笑いで手を振った。


「これ、東○ポさんとかじゃなくて、ちゃんとした新聞なんですか? ネタじゃなくて?」


「ええ、それが驚くべきことに、大手全国紙の社会面に、小さくですが掲載されているんです」


 御門は真面目な顔で頷く。


「記事によれば、ここ数ヶ月ネットを中心に話題となっている謎のスマートフォンアプリ……通称『怪異ハンター』。

 このアプリを使用した若者たちの間で、人体から火を出したり、触れずに物を動かしたりといった、常識では説明がつかない『能力』に目覚める現象が多発している。……政府はこれを重く見て、ついに調査に乗り出したというのです」


「……能力ですかぁ」


 次に口を開いたのは教育評論家の女性だった。

 彼女は眼鏡を押し上げながら、不快そうに顔をしかめる。


「はっきり申し上げて、バカバカしいにも程がありますわ。そんな非科学的な話に、我々の血税が使われるなんて。もっと他にやるべきことがあるんじゃないでしょうか? 少子化対策とか、教育現場の支援とか」


「まあまあ先生」


 それをなだめるように、隣のITジャーナリストの男性が口を挟む。


「確かに一見するとオカルトですが……。実はここ最近、ネット上ではこの話題で持ちきりなんです。

 Twitter……失礼、X(旧Twitter)でも連日のようにトレンド入りしてますし、海外でも同様の報告がある。火のないところに煙は立たずと言いますし」


「煙じゃなくて、本当に火が出てるって話ですけどね」


 芸人が茶々を入れると、スタジオに少しだけ笑いが起きた。


『午後ナマ!』名物の巨大パネルが登場する。

 そこには、SNSから拾われたと思われる数々の「証言」が貼られていた。


『朝起きたらスマホに勝手に入ってた! 怖くて即消したけど』

『うちのクラスの奴が念動力? で消しゴム飛ばしてるの見た』

『夜中の公園で青白く光る剣を振り回してる不審者がいた』

『#能力者と繋がりたい』


「うーん……。こうして見ると、確かに数は多いですねぇ」


 御門が顎を撫でる。


「しかしですよ。若者の流行りとか、悪ふざけの延長線上で、こういうフェイク動画を作ったり、話を盛ったりしてるだけなんじゃないですか?

 今どきのCG技術なら、誰でも魔法使いになれちゃうでしょう?」


「その可能性は高いです」


 教育評論家が断言する。


「承認欲求に飢えた子供たちが、目立ちたい一心で嘘をついている。一種の集団ヒステリーのようなものです。……それに政府が踊らされて調査? もし本当なら、日本の政治も末期ですわ」


「税金の無駄遣い! 断固反対!」


「まあ、そうおっしゃらず」


 ITジャーナリストが、少し声を潜めて言った。


「実は私、政府筋の人間と少し繋がりがあるんですがね。……どうもこれ『ガチ』らしいんですよ」


「えっ?」


 スタジオの空気がピリリと変わる。


「いや、公式には何も発表されてませんよ? ですが水面下では、『特殊事象対策』の専門部署が、すでにかなりの予算と人員を割いて動いているという噂が絶えません。……それもただの噂の調査レベルじゃなく、もっと実体のある『脅威』への対処として」


「脅威ですか……」


「ええ。もし本当に、超能力を使える人間が何千、何万人と街中に溢れていたら? ……それはもう警察の手には負えない、新たなテロリズムや災害と同じです。

 国としては、嘘か誠か分からない段階でも、調査せざるを得ない。……そういう判断なのかもしれません」


 ジャーナリストの真に迫った言葉。

 カメラが、出演者たちの神妙な表情をアップにする。


 その時、スタジオに速報チャイムが鳴った。


『ピロピロピローン』


「――おっと、速報です」


 御門がイヤホンに手を当てる。


「……はい。……ええ? 本当ですか?」


 彼は驚きのあまり数秒絶句し、それからカメラに向かって叫んだ。


「えー、たった今、官房長官の定例会見で、この件に関する記者からの質問が出た模様です! 映像が来ています! 中継です!」


 画面が切り替わる。


 総理官邸の会見室。

 無数のフラッシュが焚かれる中、いつものポーカーフェイスを崩さない官房長官が、淡々と質問に答えていた。


 記者:『――本日、一部で報道されました謎のアプリによる能力者発生の件ですが、政府として調査を行っている事実はありますでしょうか?』


 官房長官:『えー……。個別の報道についてはコメントを差し控えますが……』


 長官はそこで一度水を飲み、そして意図的とも取れる「間」を置いて言葉を継いだ。


『……国民の皆様の安心・安全を守るため、あらゆる可能性を排除せず、必要な情報の収集に努めることは、政府としての当然の責務であります。……以上です』


 肯定も否定もしない。

 だが「そんな事実はない」と一笑に付すこともしなかった。


 その意味深長な答弁に、会見場の記者たちが色めき立つ様子が映し出されたところで、映像はスタジオに戻った。


「…………」


 スタジオは静まり返っていた。


「……これ、事実上の『肯定』と取られても文句言えませんよね?」


 芸人が、引きつった笑いで言った。


「いや驚きました……。まさか国の中枢が、ここまで踏み込んでくるとは」


 ITジャーナリストも、興奮で鼻息が荒い。


 教育評論家の女性だけが、信じられないというように首を振り続けていた。


「まさか……。ありえない。こんなオカルトがまかり通るなんて……」


 テレビの前の視聴者たちも同じだった。


 主婦は洗濯物を畳む手を止め、食い入るように画面を見つめている。

 学生はスマホでSNSを開き、「政府公認ワロタ」「マジで能力者いるんじゃね?」と投稿しまくる。

 老人は「世も末じゃ」と呟きながら、お茶をすする。


 ――意図的なリーク。

 ――観測気球。


 それを理解しているのは、画面の向こう側の数少ない「仕掛け人」たちだけだった。


 八咫烏本部。作戦準備室。


 鈴木太郎は、休憩室のテレビでこのワイドショーを眺めながら、コンビニのおにぎりを頬張っていた。


「……やれやれ。烏沢の野郎、本当にやりやがったな」


「すごい反響ですねー!」


 隣で見ていた葵が、スマホの画面を見せながら言った。


「SNSのトレンド1位から5位まで全部この話題ですよ! 『#能力者狩り』『#税金の無駄』『#官房長官匂わせ』……」


「まあ、狙い通りだろ」


 鈴木は冷めた声で言った。


「いきなり『能力者はいます』なんて発表したらパニックになる。まずは『調査している』という既成事実を作って、世間を慣れさせる。……毒を少しずつ盛って耐性をつけるようなもんだ」


「なるほど……。頭いいですねぇ」


 蓮が感心したように言う。


「でも先輩。これで私たち、ますます動きにくくなるんじゃないですか? 世間の注目が集まったら……」


「逆だよ」


 鈴木はニヤリと笑った。


「みんなが『能力者はいるかもしれない』と思い始めれば、多少の不思議な現象が起きても、『ああ、あれか』で済まされるようになる。……木を隠すなら森の中。怪異を隠すなら都市伝説の渦の中ってな」


 画面の中では、コメンテーターたちがまだ激論を交わしている。


「もし本当に能力者がいるなら、免許制にすべきだ!」

「いや、人権侵害だ!」

「ヒーローが現れるってことですか!? アベンジャーズ的な!」


 彼らの言葉は空虚だが、しかし確実に「新しい常識」を人々の脳裏に植え付けていく。


 平和だったはずの日本社会に、取り返しのつかない「ひび割れ」が入った瞬間。

 その音は、ワイドショーのけたたましいBGMにかき消されて、誰にも聞こえなかった。


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