第56話 灰色の初心者講座とランク詐欺の罠
『奈落の淵』のチャットルームは、今日もいつものメンツで平和に(内容は血生臭いが)賑わっていた。
龍神:
『なあ、気のせいか? 最近、やけに新人多くねー?』
月詠:
『気のせいじゃないよー。昨日なんて、狩り場に行ったら右も左も分からなそうな Tier5 狩りしてる子がいてさ。
話しかけたら、インストールされてまだ 3 日目だって言ってたし』
ジャガーノート:
『ケッ、邪魔くせぇ。雑魚が増えんのはいいが、マナー知らねぇのが多すぎてイライラするわ。
俺の獲物(湧き待ちしてた Tier4)を横から狩ろうとした馬鹿がいたから、軽くシメといたが』
話題の中心は、ここ数日で急増した、右も左も分からない新規プレイヤーたちのことだった。
その理由は明らかだった。
KENTA:
『例の件ですね。掲示板とか SNS で都市伝説として話題になってるから……。
好奇心で調べてるうちに適合しちゃって、勝手にインストールされたってパターンが多いみたいですよ』
龍神:
『あー、なるほどな。ネットでバズったからか』
月詠:
『へー、それが理由なんだぁ。どおりで』
名無しのハンターA:
『俺も今日だけで、10 人くらいの新人から
「最強能力なんですか? リセマラ何が良いですか?」
って DM 来たしwww さすがに草』
KENTA:
『俺のとこにも来ましたよ。YouTube の動画も、あっという間に消されてましたけど、逆効果で拡散しちゃいましたね』
龍神:
『「消された動画」とか、一番見たくなる奴だからな。人間の心理を突いたステマかと思うくらいだわw』
話題になったことで「自分も選ばれるかも」と期待してアプリを探す人間が増えた。
その集合的無意識がアプリの配布アルゴリズムを刺激したのか、あるいは運営が意図的に配布枠を広げたのか。
どちらにせよ、東京には今、生まれたての雛鳥たちが溢れかえっていた。
KENTA:
『じゃあ、今後も新規は増えそうですね……』
ジャガーノート:
『チッ。狩り場が荒れるな。……まあ、雑魚の相手なんぞ俺はしねぇが』
月詠:
『うーん、狩り場の取り合いになるのは嫌だけど、でも怪異自体は山程いるから、そこまで心配しなくて良いんじゃない?
最近、湧くスピードも早いし』
龍神:
『だな。それよりさ、新人が変なことして自滅したり、一般人に迷惑かけたりしないように、なんか対策したほうが良くね?』
名無しのハンターA:
『あー、それ思った。今の Wiki の初心者向け解説、ぶっちゃけイマイチだからな。
文字ばっかりで読みにくいし』
KENTA:
『分かりやすくリライト(編集)するべきですよね。FAQ とかもっと充実させないと』
月詠:
『KENTA 君、真面目だなぁw
し・た・い・な・ら、しらー?(チラッチラッ)』
KENTA:
『……分かりましたよ、やりますよ。どうせ暇ですし』
こうして健太を中心に、チャットルームの住人たちによる「初心者向けテンプレ作成会議」が始まった。
KENTA:
『まず需要があるのは、「リセマラランキング」ですよね』
龍神:
『だな。「怪異討伐向け(戦闘用)」と、「普段使い(探索・補助用)」で分けたほうが親切じゃね?』
名無しのハンターB:
『個人的には「身体能力強化」の強さを推したい!
SR 以上ならマジで化けるし、地味だけど絶対に腐らない。初心者には一番オススメだろ』
月詠:
『あー、それね。派手さはないけど、生存率は一番高いもんね。……あと「体力無限化」とかも強スキルだよね。
SR なのに疲れ知らずで永遠に動けるとか、ある意味チート』
KENTA:
『持久戦なら最強ですね。……あと一番誤解されやすいのが「念動力」ですよ。これマジで重要だから、赤文字で書いとくべき』
龍神:
『ああ、あれなw 「念動力(R)」と「念動力(SSR)」の落差が酷すぎる件なw』
ジャガーノート:
『前にいたな、混同してた馬鹿が。「俺、念動力だから最強っす!」ってイキって Tier4 に突っ込んで、即死しかけてた奴』
KENTA:
『R の念動力って、要するに「マジックハンド」ですからね。
10 メートル先のコップ取れるくらいの出力しかない。あれで戦おうとするのは無謀です』
月詠:
『対して SSR バージョンは、完全に別ゲーだもんねw
KENTA 君みたいに鉄骨ぶん投げたり、空飛んだりできるし。名前が同じなのが運営の悪意だわー』
名無しのハンターA:
『「コイン操作(R)」も罠だよな。誰が百円玉一枚だけ動かす能力で戦えってんだよ。
自販機の下の小銭拾うくらいしか使い道ねぇぞ』
龍神:
『あー、でも俺、知り合いに「コイン操作(SSR)」持ちがいるけど、あれはヤバいぞ?
コインを音速で射出できるから、実質「超電磁砲」だ。貫通力だけなら、KENTA の念動力より上かもな』
KENTA:
『うわ、その人と会ってみたい……!
つまり「同じ名前の能力でも、ランクで強さと応用性が天と地ほど違う」ってのが結論ですね。
SSR なら、基本的に何でも強い』
月詠:
『例外は「植物会話(SSR)」かな……。
世界中の植物の「声」が一斉に聞こえてきて、発狂しかけた人がいるって聞いたことあるよ。
あれは別の意味で最強(最恐)かもw』
チャットは、夜更けまで盛り上がり続けた。
かつて自分たちが苦労して得た知識を、まだ見ぬ後輩たちのために形にしていく作業。
それは、この血なまぐさいゲームの中で、唯一「コミュニティ」としての温かさを感じられる時間だった。
斉藤健太は、画面の向こうの顔も知らない仲間たちと一つの Wiki を編集しながら、改めて確信していた。
この世界は怖い。だけど、面白いと。
新しく生まれたハンターたちが、この Wiki を読んで、一人でも多く生き残ってくれますように。
そんな先輩らしい願いを込めて、彼は「更新する」のボタンをクリックした。




