第55話 再生される都市伝説と12時間後の消失
「――はい、どーもー! オカルト探偵団のリーダー、KENです!」
「助手のMAYUでーす!」
薄暗い部屋。
後ろの棚には、エイリアンの模型や、呪物らしき面、そして意味深な古地図などが並べられている、いかにもなセット。
今やチャンネル登録者数150万人を超える、人気の都市伝説・未解決事件考察チャンネル『オカルト探偵団』の最新動画が、その夜、静かにアップロードされた。
動画のサムネイルは、禍々しい赤黒いフィルターがかかったスマホ画面の画像に、極太の白文字でこう書かれていた。
【警告】視聴注意。
謎のアプリ『KAII HUNTER』の正体を暴く!
〜消された掲示板の闇と、政府の陰謀〜
KENが、カメラに向かって深刻そうな表情を作る。
「えー、今回はですね……。正直、動画にするか迷いました。これ、マジで消されるかもしれない案件なんですよ」
MAYUも、いつもの元気な様子はなく、神妙に頷く。
「そうなんです。SNSや掲示板でも、この話題を出したアカウントが、次々と凍結されてるって噂があって……」
「ですが! 我々オカルト探偵団は、真実を追求することを恐れません!
今日は、今ネットの深淵で囁かれている都市伝説、『怪異ハンター』について、徹底考察していきます!」
画面が切り替わり、フリップ(スケッチブック)が表示される。
「まず、事の発端は、とある匿名掲示板の書き込みでした」
KENが解説を始める。
「『身に覚えのないアプリが勝手にインストールされていた』『タップすると、超能力が使えるようになった』……。
普通に聞けば、ただのイタい釣りネタですよね」
「うんうん。よくあるラノベ設定みたい」
「だがしかし! 普通じゃないのは、その後の展開なんです。
これらの書き込みをしたスレッドが、なんと一夜にしてサーバーから跡形もなく消滅。
さらに、関連キーワードを含んだSNSの投稿も、不自然にシャドウバンされているという報告が相次いでいます」
KENが、声をひそめる。
「何かが、意図的に、この情報を隠そうとしている……そう、思いませんか?」
そして、動画は確信へと踏み込む。
「我々のもとに、勇気ある視聴者さんから、とんでもない映像が送られてきました。こちらをご覧ください」
画面いっぱいに、手ブレのひどい、粗いスマートフォンの動画が再生される。
撮影場所は、どこにでもある深夜の公園のようだ。
『……やば、なんだあれ……』
撮影者の震える声が入っている。
カメラがズームされる。
公園の街灯の下、あり得ないものが映っていた。
工事現場にあったはずの、重いはずのコンクリートブロックが、まるで風船のように、いくつも空中に浮かんでいるのだ。
そして、それらが、何もない空間に向かって、弾丸のように射出されていく様子が。
「……っ!」
「これ、CGじゃないですか?」
MAYUが疑う。
「専門家にも見てもらいました。結果は……『加工の痕跡なし』。
つまり、これが、生の映像だということです」
KENが、断言する。
「そして、もう一つ。こちらの映像」
今度は、別の場所。夜の廃ビル街だろうか。
一瞬だけ。本当に一瞬だけ、画面の端を、青白い閃光が走り抜けた。
コマ送りで再生される。
そこには、黒髪の少女らしき影が、何も持っていないはずの手から、光り輝く長い「刃」のようなものを振り抜いている姿が、ぼんやりとだが、確かに映り込んでいた。
「……!」
MAYUが息を呑む。
「見えましたか? まるで、SF映画のレーザーブレードのような光。……もし、これが現実だとしたら?」
KENが、カメラを真っ直ぐに見据える。
「都内で頻発する、原因不明の事故や停電。
これらがもし、この謎のアプリを手に入れた『能力者』たちによる戦闘の結果だとしたら?」
「こ、怖い……」
「さらに、我々の独自調査によれば、この現象には、あの『内閣情報調査室』が関わっているという噂まであります。
……信じるか信じないかは、あなた次第ですが」
KENは、最後に、警告するように告げた。
「この動画も、おそらく明日には消えているでしょう。国の圧力、あるいはもっと大きな力が働いて……。
だから、これを見ているあなたは、ラッキーです。
そして、どうか忘れないでください。あなたのスマホの中にも、ある日突然、『それ』が現れるかもしれないということを……」
不気味なノイズと共に、動画は唐突に終わった。
その直後から。
コメント欄とSNSは、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
コメント欄:
「うわ、マジで見たわこれ。うちの近所の公園だ」
「合成っぽくね? でも、最近こういう話マジで増えてるよな」
「俺の学校でも、いきなり休むようになった奴がいる。あいつも選ばれたのか?」
「消される前に保存した」
「国が隠蔽してるってマ? アベンジャーズ計画かよw」
「いや、先週の深夜に俺も変な光見たわ。雷じゃなくて、下から上に昇っていく青い光」
「『KAII HUNTER』って検索してもヒットしないんだけど、どうやったら手に入るの? 俺も能力欲しい!」
半信半疑。面白半分。
だが、その中に混じる「確かな恐怖」と「目撃証言」。
この動画は、公開からわずか数時間で、再生回数が跳ね上がった。
SNSのトレンドにも、「謎のアプリ」「動画消される」といったワードが浮上し始める。
人々は、まだ気づいていない。
これが、単なるエンターテイメントではなく、彼らのすぐ隣で進行している、恐ろしい現実の一端であることを。
――そして、翌日の朝。
視聴者たちが再びその動画を見ようと、URLにアクセスした時、そこには、無慈悲なメッセージだけが表示されていた。
【この動画は、利用規約違反のため削除されました】
「うわ、マジで消えた!!」
「予言通りじゃん!!」
「国が動いた……?」
「垢バン(アカウント停止)まではされてないけど、動画だけピンポイントで消すとか、逆にリアルすぎて怖い」
チャンネルのアカウント自体は、無事だった。
KENは、後にTwitterでこう呟いた。
『みんな、ごめん。運営から警告が来た。
詳細は言えないけど、「特定の公的機関に関する不適切な憶測を含むため」だってさ。
……やっぱ、触れちゃいけないタブーだったみたいだね。
この件については、もう動画にはしない。探偵団の命に関わるから』
この、あまりにも不自然な「答え合わせ」に、ネット住民たちは戦慄した。
ただの噂が、陰謀論の域を超え、得体の知れない「真実」へと変貌を遂げた瞬間だった。
画面の向こう側で、無数の誰かが、自分のスマートフォンを不安そうに見つめている。
もし、自分の画面に、あの黒いアイコンが現れたら?
恐怖と、そしてほんの少しの期待。
都市伝説は、削除されることで完成し、より強固なウイルスとなって、人々の脳内へと拡散していった。




