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転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


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第51話 灰色の応接間と瑠璃色の鎮魂歌(レクイエム)

 重厚な木造の門扉が開く。

 西園寺家の玄関先で、憔悴しきった表情の初老の男性と、その妻と思しき女性が、一行を出迎えた。

 彼らの視線は、スーツ姿の鈴木や担当者に一瞬止まり、すぐにその後ろにいる制服姿の高校生たち――健太たちに向けられた。


「あ、あの……」


 父親が、困惑したように声をかける。


「警察の方からは、専門の部署の方が来られると伺っていましたが……。その学生さんが……?」


「はい。彼らは私の『部下』であり、また娘さんと同じ学校の先輩でもあります」


 八咫烏の保護管理課担当者(女性)が、落ち着いた声で説明する。

 その堂々とした態度に、両親は気圧されたように「は、はぁ……」と頷くしかなかった。


「立ち話もなんですので中へ。……娘さんもご一緒にお願いします」


 担当者の言葉に、両親は顔を見合わせた。


「……あの子は今、奥の部屋で……。誰とも会いたくないと……」


「構いません。無理に連れてくる必要はありませんが、私たちの声が聞こえる場所にいさせてください。彼女にとっても重要な話になりますから」


「……分かりました」


 通されたのは、広々とした応接間だった。

 豪華だが、どこか冷たい空気が漂う。


 一行がソファに腰を下ろすと、父親がお茶を出しながら、緊張した面持ちで口を開いた。


「……それで、そちらの組織というのは一体……?」


 担当者は、名刺を差し出した。


『内閣情報調査室 特殊事象対策課』。


 その肩書きに、父親の目が丸くなる。


「改めて自己紹介させていただきます。私は本件の担当を務めます、心理カウンセラーの佐藤です。そして、こちらが現場指揮官の鈴木特務官」


 鈴木が、無言で頭を下げる。


「単刀直入に申し上げます。私たちは、娘さんのような『特殊な力』に目覚めた方々を保護し、社会に適応させるための国家機関です」


「国家機関……。で、ではやはりあの子は病気ではなく……?」


 母親が、縋るように尋ねる。


「ええ。病気ではありません。『因果律改変能力』と呼ばれる、一種の才能です」


「才能……!?」


 両親は、信じられないといった顔をする。


「娘さんは、昨今の受験や進路に関する過度なストレスによって、その才能が一時的に暴走してしまったのです。……これは決して珍しいことではありません」


 佐藤カウンセラーは、両親の目を見据え、ゆっくりと安心させるように語りかけた。


「毎年この時期になると、同じように力に目覚める学生が、数多く報告されています。彼女だけが特別におかしいわけではありません。まずはご安心ください」


「……そ、そうなんですか……?」


「はい。……論より証拠。実際に見ていただいた方が早いでしょう」


 彼女は、健太の方へと合図を送った。


「斉藤健太君。お願いします」


「はい」


 健太は、緊張を隠してゆっくりと立ち上がった。

 彼は、テーブルの上に置かれた自分の湯呑みへと、右手を向けた。


(……頼むぞ。失敗するなよ)


 彼はいつものようにイメージした。

 見えない手が、湯呑みを優しく包み込む感覚を。


(――浮け)


 コトッ、という小さな音。


 そして。


 ふわり。


 湯呑みがテーブルから音もなく浮き上がり、健太の手元まで、滑るように移動してきた。


「「…………!!」」


 両親は言葉を失った。

 目を見開き、空飛ぶ湯呑みを凝視している。


「……ご、ごらんになりましたか……!」


「ま、魔法……?」


「魔法ではありません。これが『能力』です」


 佐藤カウンセラーが、冷静に解説を加える。


「このように能力者は、私たちの社会の中に数多く存在しています。そして、ご息女が通う私立K高校には、彼を含め、すでに4名の生徒が当課の正式なエージェント……つまり『国家公務員』として採用されています」


「……こ、公務員……?」


 父親が、信じられないものを見る目で健太たちを見た。

 ただの高校生だと思っていた彼らが、急に頼もしい「国家のエリート」に見えてくる。


「彼らは、学業と両立しながら、その力を使って社会に貢献しています。……娘さんも、適切な訓練を受ければ力を制御し、彼らのように普通の生活を送ることができるのです」


「……普通の生活……」


 母親の目から、涙が溢れた。

 それが、彼女たちが一番欲しかった言葉だったのだろう。


 その時。


 応接間の隅、少し開いていた襖の隙間から、小さな嗚咽が聞こえてきた。


「……う、ぅ……」


「麗華!」


 母親が駆け寄ろうとするのを、佐藤カウンセラーが手で制した。


「桜井さん。……お願いします」


「はい……!」


 詩織が立ち上がった。

 彼女は震える足で、ゆっくりと襖の方へと歩み寄った。


 隙間から見えたのは、部屋の隅で膝を抱え震えている少女――西園寺麗華の姿だった。

 目の下にはどす黒い隈。髪は乱れ、パジャマ姿のままだ。


「……こ、来ないで……!」


 麗華が、かすれた声で叫ぶ。


「私、化け物なの……! 眠ったら……またあいつらが出てくる……!」


「……大丈夫だよ」


 詩織は、優しく、しかし力強く声をかけた。


「私も同じだから」


「……え……?」


「私も、あなたと同じ。最初は怖かった。でも、仲間がいてくれたから大丈夫だった」


 彼女は振り返って、健太たちを見た。

 健太、田中、鈴木(同級生)、そして瑠璃が、安心させるように微笑んでいる。


「……西園寺さん。私たちがついてるから」


 詩織はそっと麗華の隣に座り込み、その冷たい手を握りしめた。


「……治そう。一緒に」


 その手のひらから、淡い温かい光が溢れ出す。


 SSR『完全治癒』。

 それは、傷ついた肉体だけでなく、疲れ切った心をも優しく包み込む癒やしの光。


 麗華の強張っていた身体が、少しずつほどけていく。


「……あったかい……」


「さあ、これを飲んで」


 佐藤カウンセラーが、水と共に錠剤(強力な睡眠導入剤)を差し出した。


「眠っても大丈夫です。桜井さんが、ずっとついていますから」


 麗華は、すがるような目で詩織を見て、そして恐る恐る薬を口に含んだ。


 数分後。


 薬の効果と、詩織の癒やしの力によって、麗華の瞼がゆっくりと落ちていった。


「……う……ん……」


 数日ぶりの深い眠り。


 その瞬間、彼女の背後の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 悪夢の怪異が、生まれようとしているのだ。


「――させねぇよ!」


 健太が即座に念動力を発動させた。

 発生しかけた歪みを、力づくで押し留める。


「私も手伝います!」


 瑠璃も、見えない霊刃で、歪みの元を斬り裂く。


 そして詩織が、その『完全治癒』の力で麗華の脳内に直接干渉し、悪夢の元となる恐怖の感情を和らげていく。


 歪みは数秒で消滅した。


 怪異は生まれなかった。


 スースーという安らかな寝息だけが、静かな和室に響いた。


「……入眠確認しました」


 佐藤カウンセラーが、小さな声で告げた。


「怪異の発生も確認されず。……成功です」


「おお……! 麗華……!」


 両親が、涙ながらに娘の寝顔を見守る。


「というわけで」


 佐藤カウンセラーは部屋を出て、再び応接間で両親に向き直った。


「しばらくは、薬と彼女たちによるセラピーを併用し、能力の暴走を防いでいきます。彼女の能力は『自然睡眠時』に、無意識の恐怖がトリガーとなって発動しているようです」


「……なるほど……」


「ですが、根本的な解決には、彼女自身が『能力の制御』を学ぶ必要があります。自分の意思で夢をコントロールする。あるいは、能力を使わないように抑え込む。その意思を持てるようになるまで」


 彼女は、健太たちを示した。


「幸い、同じ学校にすでに能力を制御できている先輩たちがいます。彼女の体調が安定したら、放課後などに定期的に集まり、彼らと一緒に訓練をすることをご提案したいのですが。……いかがでしょうか?」


「……!」


 父親は、健太たちの顔を一人一人しっかりと見た。

 そして、深々と頭を下げた。


「……お願いします。娘をどうか助けてやってください……!」


「はい! 任せてください!」


 健太が、胸を張って答えた。


「俺たちが責任を持って、彼女を一人前の……じゃなくて、普通の生活ができるように鍛えますから!」


(……鍛えるって言っちゃったよこいつ)と、鈴木(同級生)が心の中でツッコミを入れたが、その顔は笑っていた。


 面談は終わった。


 灰色の絶望に塗り潰されかけていた、一人の少女とその家族。

 そこに、瑠璃色の処方箋と、若きヒーローたちの希望が届けられた夜だった。


 西園寺麗華。

 彼女もまた、この日から『怪異ハンター』たちの仲間入りを果たし、その数奇な運命を、彼らと共に歩んでいくことになる。

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