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転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


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第50話 灰色のカルテと瑠璃色の処方箋

 夕暮れの陽が長く伸びる、都内某所の閑静な住宅街。

 そこに停車しているワンボックスカーの車内は、即席の作戦司令室と化していた。


 運転席には、黒いサングラスをかけた八咫烏のエージェント。

 後部座席には鈴木太郎、そして神楽坂瑠璃と健太、詩織、田中、鈴木(同級生)の四人が、少し窮屈そうに膝を突き合わせて座っている。


 車内には普段の能天気な会話はなく、仕事に向かう者たちの張り詰めた空気が満ちていた。


 助手席のシートをくるりと回転させ、こちらを向いたのは、白衣を纏った理知的な女性だった。

 八咫烏の『保護管理課』所属の担当者だ。


「どうも、ご苦労様です」


 彼女は事務的な口調で挨拶をすると、手元のタブレットを操作し、後部座席のモニターに資料を映し出した。


「えー、では早速ですが会議を始めます。ターゲットの情報です」


 画面に表示されたのは、女の子の顔だった。


西園寺さいおんじ 麗華れいか。君たちと同じ高校の、2年生ですね」


 担当者が淡々と説明を始める。


「彼女は数日前、学校での授業中に過度なストレスによって能力を発動させてしまいました。その結果、眠るたびに無意識に怪異(Tier4〜5相当)を生み出し続けてしまう、いわゆる『怪異製造機』として覚醒しました」


「怪異製造機……」


 田中が、ごくりと唾を飲む。あまりにも不名誉で、危険な二つ名だ。


「彼女が生み出した怪異が学校で暴れましたが……そちらに関しては、我々の『記憶処理部隊』が既に手を打っています。生徒や教師への一時的な催眠処置、防犯カメラのデータ書き換え。これらによって、騒動は完全に隠蔽済みです」


「い、隠蔽……」


 健太は言葉を失った。

 学校であれだけの騒ぎが起きたはずなのに、翌日には何事もなかったかのように日常が続いていた理由。

 それがこの組織の仕業だったとは。


「つまり『事件ごと無かったこと』にしています。表向きはボヤ騒ぎか何かですね」


 担当者は、こともなげに言った。


「現在、彼女は実家にて隔離中です。ですが最大の問題は……『睡眠時に怪異が生まれる』という恐怖から、本人が強烈な不眠状態に陥っていることです。精神的に限界寸前で、八咫烏の到着を待っている状況です」


 彼女はそこで言葉を切り、全員を見渡した。


「八咫烏の対応としては、強硬手段での確保ではなく、治癒能力者のセラピーを中心としたメンタルケアを検討しています」


「……メンタルケアですか」


 詩織が、不安そうに呟く。


「ええ。ここまでで、質問等あればどうぞ」


「あの……」


 健太が手を挙げた。


「ご両親には、どこまで話が通っているんでしょうか?」


「現時点では、騒動の通報を受けた警察から『この案件は専門の部署、内閣情報調査室 特殊事象対策課から対応する』ということだけを伝えてある状態です。詳しい事情の説明は、これからになります」


 担当者は冷静に答えた。


「ですので、八咫烏という組織の説明などは、全て私がします。皆さんは、いきなり難しい話を振られても答えなくて大丈夫です」


「……なるほど、了解です」


「その上で、健太君」


「はい」


「君には重要な役割があります。ご両親とご本人へのデモンストレーションとして、その場で念動力を披露してください」


「えっ? 俺がですか?」


「そうです。私が口で『能力者は他にもいます』と説明するより、同じ学校の生徒が目の前で能力を使う方が、何倍も説得力がありますから。そして君自身が、すでに『八咫烏で勤務している』ということまで開示します」


「……なるほど。『能力者は自分だけじゃない』って、安心させるためですね」


「その通り。彼女の孤立感を和らげるのが最優先です。よろしいですね?」


「はい、了解です」


 健太は覚悟を決めて、頷いた。


「そしてご両親の警戒が薄れたら……桜井さん、君の出番です」


 担当者の視線が、詩織に向く。


「君には、薬と治癒能力でのケアを任せます。処方する睡眠導入剤と合わせて、君の能力で精神を安定させ、不眠症を改善できるよう努力してください」


「は、はい……! 頑張ります!」


「田中君と鈴木君は、部屋の警備と、万が一怪異が発生した際の制圧をお願いします」


「うっす!」


「任せてください!」


「最後に」


 担当者は声を一段低くし、全員に釘を刺すように言った。


「出来るだけ穏便に済ませたいので、発言には各自、細心の注意を払ってください」


 彼女は指を立てた。


「キーワードは『普通』です。『能力者は社会に普通にいる』『君は特別におかしいわけじゃない』。そういう空気を醸し出してください。……逆に『危険』だとか『珍しい』といった言葉は、絶対にNGです。彼女の不安を煽るだけですから」


「……なるほど。『普通』ですね」


 健太は復唱し、自分に言い聞かせた。

 自分たちが「非日常」を楽しむのとは訳が違う。彼女にとってこの力は、恐怖の対象でしかないのだ。


「よろしいですね。……では行きましょうか」


 車のドアが開く。


 目の前には、威圧感のある大きな門構えの日本家屋、西園寺邸が佇んでいた。


(……よし、やるぞ)


 健太は制服の襟を正すと、仲間たちと共に車を降りた。


 これから始まるのは怪異との戦闘ではない。

 一人の少女の心を守るための、繊細で、絶対に失敗できない任務だ。


 鈴木太郎(特務官)は、そんな彼らの背中を少し離れた場所から無言で見守っていた。

 面倒な案件だが、雛鳥たちの成長を見るには、悪くない機会だ。


 一行は、西園寺家のチャイムを押した。

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