第44話 灰色の家族会議とデジタルの井戸端会議
夜。斉藤健太の自室は、モニターの青白い光だけに照らされていた。
昼間、喫茶店で突きつけられた「八咫烏への就職スカウト」と「親へのカミングアウト」という、あまりにも重すぎる現実から逃避するように、彼は今日も『奈落の淵』のチャットルームへとログインしていた。
ここには、自分と同じく非日常を生きる顔の見えない仲間たちがいる。彼らなら、この悩みを分かってくれるはずだ。そんな淡い期待を抱きながら。
KENTA: 『……というわけで、どうするかマジで迷ってるんですよね。親を説得できる気が、全くしない……』
彼が投稿したその切実な悩み相談に、すぐに反応があった。
月詠: 『うわー、遂に来ちゃったねその話題! 八咫烏からのスカウトかー、すごーい! 私なんて、一応協定プレイヤーとして能力者登録だけはしてるけど、就職のお誘いなんて全く無かったよw さすがお台場の英雄サマは格が違うね!』
KENTA: 『月詠さん、やめてくださいよ……。こっちは真面目に悩んでるんですから……』
龍神: 『だよなー。就職ってなると、人生かかってるもんな。俺もスカウトはされなかったクチだけど、ぶっちゃけ羨ましいぜ? 八咫烏に就職ってことは、安定した公務員待遇(実際は違うが、世間一般の認識に近い)だし、何より金が良いって噂だしな!』
健太は、瑠璃から提示された「初任給400万」という数字を思い出した。
確かに、高校生のアルバイト感覚で怪異狩りをしている今の収入とは、桁が違う。
(金は魅力だよな……。でも、そのために親に全てを話すリスクを背負うべきなのか……?)
その時、チャットルームに、いつもの乱暴な言葉遣いが割り込んできた。
ジャガーノート: 『おいKENTA。テメェ何ビビってんだ? 美味しい話だろうが! 怪異ハンターの力がいつまで続くかは分からねぇ。明日突然アプリが消えるかもしれねぇんだぞ? その前に、国(組織)公認の立場と、まとまった金を掴んでおく。それが一番賢い生き方だろ。それを元手に投資なり事業なり、もっとデカいことができるだろうが!』
KENTA: 『……それはそうなんですけど。でも親が……』
ジャガーノート: 『親? ハッ、そんなもん無視すりゃいいんだよ! テメェの人生だろ! テメェで決めろ! 反対されたら家出して自立すりゃいいだけの話だ!』
相変わらずのジャガーノート節に、健太は苦笑するしかなかった。
この人は、未成年者のしがらみなんてものは、とっくの昔に捨て去っているのだろう。
月詠: 『あー出た出た。ジャガノさんは大人だからいいけどさー、KENTA君みたいな現役高校生にとっては「親へのカミングアウト」って人生最大の一大イベントなんだよ? ラスボス戦より緊張するってば!』
名無しの新人ハンターA: 『親バレですか……。正直、僕も目を背けてましたね。もし親に言わなきゃいけないってなったら……無理です。家出します』
名無しの新人ハンターB: 『だよなー。うちの親なんか、オカルト番組見るたびに「馬鹿らしい」って鼻で笑うタイプだからな……。もし俺が「実は能力者です」なんて言ったら、精神科連れていかれる未来しか見えねぇ……』
やはり、みんな同じ悩みを抱えているらしい。
チャットルームに、共感の嵐が吹き荒れる。
龍神: 『えー、でもさ? 実際に目の前で念動力で皿とか浮かせれば、一発で信じるんじゃね?』
KENTA: 『……それができれば苦労はしませんよ。常識的に考えて、そこまで見せたら親に「化け物」扱いされる可能性もあるじゃないですか。最悪の場合「あんたなんか息子じゃない!」って拒絶されるパターン……』
月詠: 『うわーありそう……。昭和のドラマみたいだけど、実際自分の子供がエスパーでしたなんて言われたら、親御さんもパニックになるよねぇ』
名無しのハンターB: 『で、パニックになった親が警察呼ぶんだよ。「息子が変な組織(八咫烏)に洗脳されてるんです!」「超能力が使えるとか、訳の分からないことを言い出して!」ってなww』
龍神: 『警察可哀想www 現場の警官なんて言うんだろうな。「いや奥さん、それ民事(家庭の問題)なんで……」とか言って逃げるのかなw』
その光景を想像して、健太も思わず噴き出した。
深刻な悩みなのに、こうやって茶化してくれる仲間がいるだけで、少しだけ心が軽くなる気がした。
ジャガーノート: 『お前ら舐めてんのか。八咫烏の存在なんざ、警察の上層部は当然知ってるし、現場の下っ端ですら都市伝説レベルでは把握してんだよ』
KENTA: 『えっ、そうなんですか?』
ジャガーノート: 『俺なんざ見た目が厳ついからな、夜中に怪異探してウロウロしてると、しょっちゅうポリ公に職質されるんだよ。「おいコラ何してんだ」ってな』
月詠: 『ジャガノさん職質常連なんだww まあ、あの見た目なら仕方ないかw』
ジャガーノート: 『うるせぇよ。で、そういう時はな、八咫烏から支給されてる「能力者登録カード(ライセンス)」をチラつかせてやるんだよ。そうすりゃ相手の顔色がサッと変わって、「失礼しました! ご苦労様です!」って最敬礼して去っていくぜ。あれはなかなか気分が良いもんだぞ』
KENTA: 『うわー……リアルですね……。権力ってやつですか』
ジャガーノート: 『そういうこった。八咫烏に所属するってのは、この国の「表の権力(警察)」すら黙らせる「裏の権力」を手に入れるってことだ。高校生のガキには過ぎた力かもしれんがな、持っておいて損はねぇぞ』
ジャガーノートの言葉は粗暴だが、不思議な説得力があった。
八咫烏という組織の大きさ。そして、自分がそこに加わろうとしていることの重み。
健太は、モニターの前で深く考え込んでしまった。
やはり、避けては通れない道なのだ。自分の人生を選ぶための通過儀礼。
(……話すしかないか)
彼は大きく深呼吸をすると、キーボードに指を走らせた。
KENTA: 『……皆さんありがとうございます。覚悟が決まりました。今週末、親に話してみようと思います』
月詠: 『お! 頑張ってKENTA君! 私たちも応援してるよ!』
龍神: 『もし家追い出されたら、俺の家に来ていいぞ! 狭いけどなw』
ジャガーノート: 『ケッ。さっさと片付けて、次の狩りに備えろ。湿っぽい話は終わりだ』
仲間たちのエールを背に受けて、健太はチャットルームをログアウトした。
そして、暗い部屋の中で一人、決意を新たにした。
怪異との戦いよりも遥かに怖くて、そして遥かに難しい家族との戦い。
そのゴングが、今週末、斉藤家のリビングで鳴らされようとしていた。




