第40話 灰色の祭典と集う狩人たち
「――ついに発表されましたね」
放課後の喫茶店『カフェ・ド・レンガ』。
いつものボックス席で、斉藤健太はスマートフォンの画面を食い入るように見つめながら、誰にともなく呟いた。
彼の周りには、詩織、田中、鈴木(同級生)という、もはや家族のようなパーティーメンバー、そして優雅に紅茶を啜る絶対的な支配者・神楽坂瑠璃が集結していた。
画面に表示されているのは『KAII HUNTER』の緊急告知ページ。
そこには、全プレイヤーが待ち望んでいたあの大規模イベントの詳細が、禍々しくも豪華なフォントで記されていた。
【イベント名:第一次大規模討伐戦『深海の宴』】
【開催日時:明日 22:00 〜 翌朝 5:00】
【決戦フィールド:東京・臨海副都心 特設隔離エリア】
「お台場かよ……。またずいぶんとベタな場所を選んだもんだな」
健太は画面をスクロールさせながら、ターゲット情報の欄に目を留めた。
「ターゲットは、Tier2クラスの『深海の厄災』およびその眷属。……Tier2って、瑠璃先生と同じレベルじゃねぇか。勝てんのかこれ?」
「Tier2……。今の私たちじゃ、一瞬で消し炭ですね……」
詩織が、青ざめた顔で呟く。
だが、その下の「報酬」の欄を見た瞬間、その恐怖は強烈な欲望によって塗り替えられた。
【報酬】
討伐成功時、参加者全員に限定称号『深海を征く者』を付与!
貢献度ランキング 2位〜10位:『SSR確定ガチャ券』×1
そして――
貢献度ランキング 1位:『UR能力付与チケット』×1
「「ううぉぉおおおおおお!!!」」
田中と鈴木の絶叫が、喫茶店に響き渡った。
「ゆ、ゆーあーる!? SSRの上か!? マジかよ!」
「どんな能力なんだ……!? 時間巻き戻すとか、地球割るとかか!?」
興奮で、二人は完全に正気を失っていた。
SSR『念動力』を持つ健太ですら、その喉がごくりと鳴るのを止められなかった。
UR。それは未知の領域、このゲームにおける「最強」の称号に他ならない。
「……餌としては最高級ね」
瑠璃は紅茶のカップを静かに置き、冷ややかな、しかし興味深そうな笑みを浮かべた。
「運営も本気で、あなた達を『篩』にかけるつもりらしいわね。Tier2の怪異に、借り物の力の有象無象をぶつけて、誰が生き残るかを楽しむ。……悪趣味なコロシアムだわ」
「……俺たちに、勝ち目はありますか?」
健太が真剣な顔で、瑠璃に尋ねた。
「ゼロではないわ。このイベントは個人戦ではない、『レイド戦』。つまり、何千人ものプレイヤーが同時に攻撃できる。数によるゴリ押しでどこまで通じるか。……そして、その混沌の中で、あなた達がどれだけ冷静にチームとして機能できるか。それが勝負の分かれ目ね」
「俺たちの初陣……」
「ええ。私は特等席で観戦させてもらうわ。あなた達が無様に散るのか、それとも何かを掴み取るのか。……せいぜい楽しませて頂戴」
その試すような瞳。
健太は、強く拳を握りしめた。
やるしかない。
この一ヶ月、地獄のような訓練に耐えてきたのは、この日のためだ。
――翌日の夜、八咫烏本部作戦指令室。
モニターには、お台場周辺のリアルタイム映像と、無数の霊的パラメーターが表示されていた。
「鈴木特務官、準備は良いかね」
烏沢の声がスピーカーから響く。
鈴木太郎は、いつものスーツ姿で、レインボーブリッジを望む臨海地区のとあるビルの屋上に立っていた。
夜風が、彼の髪を乱暴にかき回す。隣には、日向葵と長谷川蓮も控えている。
「ああ。いつでもいけますよ。……それにしても、悪趣味なイベントだ」
鈴木は眼下を見下ろした。
お台場海浜公園一帯は、一般人の立ち入りが完全に規制され、その代わりに異様な空気を纏った集団が、続々と集結しつつあった。
「上の命令は、あくまで『静観』だ。イベント自体を止める必要はない。ただし――」
烏沢の声が一段低くなる。
「民間人への被害、あるいは結界外への影響が少しでも確認された場合は、即座に介入し、フィールドごと破壊せよ。……頼んだぞ」
「了解。……はぁ、面倒くせぇ祭りだな」
鈴木はため息混じりに通信を切ると、眼下の「狩り場」を睨みつけた。
午後10時。
臨海副都心の夜空に、突如として巨大な魔法陣のような光が展開された。
それはお台場エリア全体を覆うドーム状の『隔離結界』。運営の力だ。
一般人からは、濃い霧が発生して何も見えないように偽装されている。
結界の内側には、全国から集まった数千人の『KAII HUNTER』プレイヤーたちが、今か今かとその時を待っていた。
それぞれが、自慢の能力に合わせた奇抜な装備や、チームごとの揃いの衣装に身を包んでいる。
そこには、かつてのような灰色の日常はない。非日常に生きる者たちの熱狂と殺気が渦巻いていた。
「……すげぇ数だな」
健太は群衆の中に混じり、その光景に圧倒されていた。
チャットルームで見かけた『龍神』と思しき派手な特攻服を着た男や、『月詠』と思われる冷たそうな美女の姿も見える。
そして、一際異様なオーラを放つ一団。
スキンヘッドの巨漢を中心に、凶悪そうな面構えの男たちがたむろしている。『ジャガーノート』とその取り巻き――プレイヤー狩りを生業とする危険な連中だ。
「ケッ、雑魚が群れてんじゃねぇよ。……祭りだ、暴れようぜぇ!!」
ジャガーノートの叫びに呼応するように、プレイヤーたちのテンションが沸点に達する。
健太は、震える手を必死に抑えた。怖い。だがそれ以上に、高揚していた。
俺はここにいる。この祭りの主役の一人として。
「――みんな、行くぞ!」
彼のかけ声に、詩織、田中、鈴木が力強く頷いた。
午前10時ジャスト。
お台場の海面が、爆発したかのように激しく逆巻いた。
「ギシャアアアアアア!!!」
耳をつんざく絶叫と共に、黒い海の中から無数の影が這い出してくる。
半魚人のような鱗に覆われた身体、鋭い爪、そして赤く光る目。
Tier5クラスの怪異『海魔の眷属』。その数、数百、いや数千。
砂浜を埋め尽くさんばかりの勢いで、プレイヤーたちに襲いかかってくる。
「――来やがった! 迎撃!!」
誰かの叫びを合図に、お台場は戦場と化した。
炎が上がり、雷が落ち、衝撃波が飛び交う。
数千の能力が入り乱れる、混沌の宴。
その喧騒の中で、健太たちのパーティーは冷静に動いていた。
「田中、前衛! 漏らした奴は俺がやる!」
「任せろ! 『硬質化』!!」
田中が鋼鉄と化した身体で、眷属たちの突撃を真正面から受け止める。
「鈴木、左翼! スピードで攪乱しろ!」
「了解!」
鈴木(同級生)が、強化された跳躍力で宙を舞い、敵の頭上から強烈な一撃を見舞う。
「詩織、田中のケアを頼む!」
「はい! 『継続治癒』!」
詩織の緑色の光が、前線を支える田中を癒す。
そして健太。
彼は、周囲に散乱する岩や瓦礫を念動力で浮遊させ、次々と敵の急所めがけて撃ち込んでいく。
無駄弾は一発もない。的確で、そして冷徹な射撃。
「……いい調子だ」
彼は確信した。
俺たちは戦える。このカオスの中でも、自分たちの「形」を崩さずに。
だが、この戦いはまだ序章に過ぎなかった。
沖合の海面が、不気味に盛り上がり始めていた。
絶望の王が、その深淵なる姿を現そうとしていた。
灰色の祭典は、ここからが本番だった。




