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転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


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第16話 社畜と仕様書と危険なアップデート

 週明けの月曜日。

 その日の八咫烏ヤタガラス本部は、週末の穏やかな空気が嘘のような、重苦しい緊張感に包まれていた。都内各所で頻発する小規模な霊障れいしょう事案、海外の異能組織との水面下での神経戦、そして新たに浮上した正体不明のスマートフォンアプリの脅威。日本の裏側で、人知れず人々の平穏を守るこの組織にとって、平穏な日など一日たりとも存在しない。


 その組織の中枢、最上層に位置する係長執務室。そこに鈴木班の三人と、彼らの上官である烏沢係長の姿があった。部屋は、烏沢の趣味なのか、余計な装飾が一切ないミニマルなデザインで統一されている。ただ、壁の一面だけがスマートガラスになっており、今は巨大なモニターとして、K市で発見された問題のアプリ――『KAII HUNTER』の起動画面を映し出していた。禍々しい筆文字で書かれたロゴと、不気味に脈動する背景デザイン。それはお世辞にもセンスが良いとは言えない、だがしかし、ある種の人間たちの心を強く惹きつけるであろう独特の魅力を持っていた。


「――以上が、先日K市で接触した高橋少年に関する報告の全てです」


 鈴木は、まるで前世で何度も繰り返してきた営業報告のように、淡々とした口調で締めくくった。彼の報告は常に簡潔で要点を得ていて、そして一切の私情を挟まない。そのプロフェッショナルな仕事ぶりは、烏沢からも高く評価されている点だった。


 ソファに深く腰掛けた烏沢は、組んだ指の上で顎を休めながら、静かにモニターを見つめていた。その眼鏡の奥の瞳は、まるで熟練のプログラマーが未知のソースコードを解析するかのように鋭く、そして冷静に情報を分析している。長い沈黙の後、彼はようやく口を開いた。


「……アプリねぇ」


 その声は、感心しているようでもあり、あるいは心底呆れているようでもあった。


「実に現代的な手口だ。古来より人に力を与える手段といえば、悪魔との契約書、呪われた秘宝、あるいは血塗られた儀式と相場が決まっていたものだが……。まさか利用規約への同意ボタン一つで、超常の力をばら撒く時代が来るとはな。時代の変化というものを痛感させられるよ」


「えげつない話ですよねぇ。しかもガチャ付きですよ、ガチャ」


 隣に座っていた葵が、まるでワイドショーのコメンテーターのように、呆れた声で相槌を打った。


「私、ちょっと気になってネットで調べてみたんですけど、『神ゲー』とか『マジで現実リアルに剣が出る』とか、そういう口コミが裏掲示板みたいなところに、ごく少数ですけど確かにありました。もちろん、ほとんどは都市伝説扱いされてますけど、水面下で少しずつプレイヤーを増やしてるのは間違いないと思います」


「うむ。私も技術班に命じて、アプリの出所やサーバーの特定を急がせている。だが相手も相当な手練れだ。幾重にも偽装されたサーバーを経由しており、追跡は困難を極めている。一つだけ分かっているのは、その技術体系が、我々八咫烏や退魔師協会が使用する伝統的な和風呪術とも、欧米の魔術体系とも全く異なる、未知のプロトコルで構築されているということだ」


 烏沢はそう言うと、一同へと向き直った。


「さて諸君。このふざけた名前の『怪異退治ゲーム』について、率直な意見を聞きたい。どう思うかね?」


 その問いに最初に口を開いたのは、最も実直な男、長谷川蓮だった。彼は直立不動の姿勢で、緊張した面持ちのまま、しかしはっきりとした口調で述べた。


「……危険だと思います」


「ほう。どうしてそう思う?」


「高橋君は『ただゲーム感覚で……』と言っていました。ですが、与えられている力は本物です。画面の向こうのデータではなく、現実の怪異の命を奪っている。その行為の重さや意味を、本人たちが全く理解しないまま力を振るうことが、どれだけ危ういことか……。僕も数週間前までは、その危うさを知らない人間でしたから、よく分かります」


 蓮の言葉には、彼自身の経験に裏打ちされた確かな重みがあった。自分がどれだけ規格外の才能を持っていたのか。それがどれだけ危険なものだったのか。彼はこの場所に来て、初めてそれを自覚したのだ。


「それに……」と彼は続ける。「もしアプリの指示が『怪異退治』だけではなかったとしたら? もし、ある日突然クエストの内容が『特定の人物を襲え』とか『重要施設を破壊しろ』に変わってしまったら……。プレイヤーたちは、ゲームの続きをやりたいというだけで、何の疑問も持たずにその指示に従ってしまうかもしれません」


「……なるほどな。プレイヤーのモラルハザードを懸念しているわけか。もっともな意見だ」


 烏沢は静かに頷いた。次に彼は、葵へと視線を移す。


「日向特務官はどう思う?」


「そうですねー……」


 葵は少し考えるそぶりを見せると、彼女らしい楽観的で、しかし的を射た意見を述べた。


「まあ、蓮君が言うような危険性は確かにあると思います。でも、逆の見方もできるんじゃないかなーって」


「と言うと?」


「だってこれって、超効率的な『原石』発掘システムじゃないですか? 今までみたいに、こっちから地道に探さなくても、アプリの方が勝手に才能ある人を見つけ出して、おまけに初期研修まで済ませてくれるんですよ? こんなに楽な話ないじゃないですか!」


 彼女の言葉に、蓮は少しだけ驚いたような顔をした。


「アプリが無害で、プレイヤーたちもまともな子たちばっかりだったら、の話ですけど。そういう子たちを上手くこっちにスカウトできれば、八咫烏の戦力を一気に増強できる、絶好のチャンスだと思うんですよねー。ま、十人に一人くらいは、力を悪用するヤバい奴も出てくるでしょうけど。そういうのは私たちで“教育”してあげればいいんですよ」


 最後の一言は、Tier3エージェントとしての確かな自信と覚悟を滲ませていた。


「ふむ。リスクとリターンか。コインの裏表というわけだな。君の意見も面白い」


 烏沢は満足げに頷くと、最後に、ずっと黙ってコーヒーを啜っていた男へと、最終確認をするように問いかけた。


「――では、鈴木特務官。君の“査定”を聞かせてもらおうか」


「……査定ねぇ」


 鈴木は、まるで興味がなさそうに、カップをソーサーに置いた。


「まあ、だいたいそこの二人と同意見ですよ。こんなもん作った奴の意図次第で、薬にも毒にもなる。それ以上でも、それ以下でもない」


 彼の言葉はいつものように冷めていた。だが、その瞳の奥には、他の誰も気づいていない、この事件のさらに深い本質を見抜いているかのような、冷徹な光が宿っていた。


「ですがまあ……この『怪異退治ゲーム』、かなりの確率で、俺たちが追ってる例の知性型怪異とは別口でしょうな」


「……ほう。その根拠は?」


 烏沢が初めて、興味深そうな色を瞳に浮かべた。


「手口が違いすぎる。あいつら――水上町で遭遇した人形女の一味は、もっと直接的で悪意に満ちていた。自分たちの餌となる『原石』を、長い時間をかけて熟成させ、確実に喰らう。そういう狡猾な“捕食者”の匂いがした」


 鈴木の脳裏に、あの時の戦いが蘇る。あの人形が放っていた、ねっとりとした執着と、純粋なまでの食欲。


「だが、このアプリは違う。あまりにも無差別でシステム的だ。まるで畑に種をばら撒いて、育った作物の中から出来の良いものだけを収穫するような……。そういう目的のためなら、個々の犠牲など気にしない、非人間的な“効率”だけを追求したやり方だ。目的も、美学も違う」


「……つまり、我々は同時に二つの、全く異なる思想を持つ敵対勢力と向き合っている可能性があると?」


「そういうこった。どっちも最高に面倒くさいって点では、同レベルですがね」


 鈴木はそう言うと、ふぅと長い息を吐いた。そして、今までで最も重要な核心を突く指摘を口にした。


「それにもう一つ。高橋少年、あいつは“借り物”の能力でようやくTier4相当だ。実際の実力は、せいぜいTier5か、下手すりゃTier6の一般人と大差ない。あの『捕食者』どもからすりゃ、あんな栄養価の低い雑魚、餌にする価値もないでしょうな。あいつらが狙うのは、蓮みたいな、生まれた時から規格外のエネルギーを秘めた『特上の食材』だけですよ」


 その言葉は、まるで全てを見てきたかのような絶対的な確信に満ちていた。蓮が自分のことを言われていると気づき、ごくりと喉を鳴らした。


 烏沢は黙って鈴木の分析を聞いていた。やがて彼は、重々しく頷いた。


「……同感だ。私もそう考えていた」


 会議室に再び沈黙が落ちる。正体不明のアプリ開発者、そして暗躍を続ける知性型怪異の一味。二つの脅威が今まさにこの国で、静かに、しかし着実にその根を広げつつある。八咫烏は今、重大な岐路に立たされているのかもしれなかった。


「……さて」


 烏沢は重くなった空気を断ち切るように、ぱんと軽く手を叩いた。


「諸君の意見はよく分かった。それを踏まえて、当面の基本方針を決定する」


 彼の声が、プロフェッショナルな指揮官のそれへと切り替わる。


「まず高橋少年だが……。しばらくは我々の監視下で『ゲーム』を続けてもらうのが得策だろう。彼には、我々が裏でサポートすることを伝えた上で、今まで通り怪異退治を続けてもらう。いわば『囮』だ」


「囮ですか?」


「ああ。ゲームを続けていれば、新たなクエストが追加されたり、アプリがアップデートされたりして、開発者の尻尾を掴むヒントが得られるかもしれん。彼の安全は、鈴木班が責任を持って確保すること。何かあれば、即座に介入を許可する」


「なるほど……。それなら高橋君も、安心して協力してくれそうですね」


 葵が納得したように頷いた。


「次に、彼と同じようなアプリ利用者の継続的な調査。これも引き続き、鈴木班に担当してもらう」


 烏沢はモニターの地図を指し示した。


「高橋少年の証言や、葵特務官が集めたネット上の口コミから、プレイヤーが他にも複数存在することはほぼ確実だ。まずは都内を中心に、同じアプリ利用者を見つけ出し、リスト化を進めてほしい。アプリそのものが無害で、かつプレイヤーが善良な市民であれば、将来的に八咫烏の新たな戦力としてスカウトすることも視野に入れる。逆に、有害な存在であると判断した場合は、速やかに能力を停止させ、記憶処理を行う。あるいは……」


 烏沢はそこで一度言葉を切ると、射るような目で鈴木を見つめた。


「――八咫烏の戦力に、強制的に加えてもらう」


 その言葉には、国家の治安を預かる組織の、冷徹な非情さが込められていた。


「……まあ、妥当な判断でしょうな」


 鈴木は、特に表情を変えずにそう答えた。


「よろしい。では基本方針は決定だ。鈴木班はこれより、『KAII HUNTER』対策の特務チームとして活動を開始する。高橋少年と密に連絡を取りながら、都内のアプリ利用者の特定と、その実態調査を最優先任務とする。……何か質問は?」


 三人は顔を見合わせ、静かに首を横に振った。


「結構。では早速任務に取り掛かってくれたまえ。期待しているぞ」


 烏沢のその一言で、緊急作戦会議は締めくくられた。


 執務室を出て、無機質な廊下を歩きながら、葵が大きく伸びをした。


「ふぁー……。なんか、すごい話になっちゃいましたねー」


「ああ。思ったより根が深いかもしれんな、この事件」


 鈴木も、どこか他人事のように相槌を打つ。


「でも、やること自体は今までとあんまり変わらないですよね? 都内をパトロールして、ヤバそうな奴がいたら接触、みたいな」


「まあな。せいぜい巡回エリアがちょっと広がるくらいだろ。大した違いはねぇよ」


「それなら良かった! とりあえず今日のお昼ご飯、何にします? 私、昨日テレビで見たオムライスが美味しい洋食屋さんに行きたいんですけど!」


「……お前は少しは緊張感というものをだな……」


 葵の、あまりにもいつも通りな脳天気ぶりに、鈴木は呆れてものも言えなかった。


 だが、そんな二人のやり取りを、蓮は少しだけ離れた場所から、複雑な表情で見つめていた。


(……アプリ。ゲーム……)


 もし自分が、鈴木さんたちに出会っていなかったら。もし自分が、あの田舎町で一人で力に目覚めていたら。そんな時に目の前に、この『KAII HUNTER』が現れたとしたら――自分は果たして、それを拒否できただろうか。


 おそらく無理だっただろう。彼は高橋少年の姿に、ありえたかもしれない「もう一人の自分」の姿を、重ねずにはいられなかった。


 その時、不意に彼の肩が、ぽんと軽く叩かれた。


「……おい、蓮」


 振り返ると、そこに鈴木が立っていた。


「いつまで突っ立ってる。行くぞ」


「あ……はい」


「安心しろ。お前はもう、あいつとは違う。お前は、面倒な上司と、やかましい先輩がいる、立派な社畜(うちのチームの一員)だ。くだらん感傷に浸ってる暇があるなら、さっさと俺の報告書作りでも手伝え」


 そのぶっきらぼうな言葉は、彼なりの不器用な激励だった。蓮の強張っていた表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


「……はい!」


 彼は力強く頷いた。


 面倒で厄介で、そして底が見えない新たな事件の始まり。

 だが彼らは、もはや一人ではなかった。

 鈴木班の、長くて騒がしい一日が、また始まろうとしていた。彼らはまだ、この「怪異退治ゲーム」というパンドラの箱が、これからどれだけ多くの悲劇と喜劇を、この東京にもたらすことになるのか――その本当の恐ろしさを、まだ知らなかった。

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― 新着の感想 ―
ここまで読んで、面白いんですけど正直3歳児の本体の話要らないかなと。 式神ボディの話書き出して作者さんもこっちが面白くなって止まらなくなってるのかな? 似たような展開の作品知ってるんですよ。 主役…
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