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転生陰陽師は平穏に暮らしたい ~神の子と呼ばれたサラリーマン、最強すぎてスローライフ計画が崩壊寸前~  作者: パラレル・ゲーマー


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第15話 社畜とガチャと悪魔の契約書

 K市の穏やかな昼下がり。

 鈴木班の三人は、河川敷からほど近い、何の変哲もないファミリーレストランのボックス席に陣取っていた。テーブルの上には三者三様のドリンクバーのグラスと、申し訳程度に注文されたフライドポテトが一皿。彼らは、ここを臨時の作戦司令室としていた。


「……で、どうするんですか先輩。あの高橋君、昨日から一歩も家から出てませんけど」


 葵がストローでメロンソーダをかき混ぜながら、退屈そうに言った。彼女の視線の先、窓の外には、例の高橋家の屋根が小さく見えている。鈴木が放った百羽以上の鳥型式神『飛燕』たちは、今もなお上空から高橋家の周辺を監視し続けていたが、その報告は芳しいものではなかった。


「まあ、昨日は派手に動き回ったからな。今日は休み日なんだろ。学生の本分は勉学と部活だ。毎日毎日、怪異退治バイトに精を出すほど、真面目じゃないってことだろ」


 鈴木は、まるで自分に言い聞かせるように、そう呟いた。目の前にはブラックコーヒーの入ったグラス。ここ二日間で、一体何杯のコーヒーをおかわりしただろうか。退屈な監視任務は、彼の社畜としての魂を苛んでいた。


「それに、まだいる」


「え?」


「例の“観測者”だよ。高橋君の家の真上あたりに、ずっと張り付いてやがる。こっちが動けば、あいつも動くかもしれん。下手に動けんさ」


 鈴木の『天理の眼』は、昨日と同じように、空間を歪めてその存在を隠蔽している何者かの気配を、正確に捉え続けていた。そいつは、まるで蜘蛛のように巣を張り、獲物がかかるのをただ静かに待っている。その不気味さが、鈴木に慎重な行動を選択させていた。


「でも、このままじゃ埒が明かないですよー。私、ドリンクバーの全種類制覇しちゃいそうです」


「……俺も、このポテトの塩分だけで生きていけそうな気がしてきました」


 葵に続いて、蓮も静かに、しかし切実に訴えかけた。彼もまた、この膠着状態に飽き飽きしている一人だった。


「……うるせぇな。分かってるよ」


 鈴木は忌々しげに舌打ちすると、ひとつため息をついた。


「……仕方ない。プランBだ」


「プランB?」


「ああ。こっちから接触する。ただし正面からじゃない。あくまで『偶然』を装ってだ」


 そう言うと、葵へと視線を向けた。


「葵、お前が行け」


「えっ!? 私ですか!?」


 突然の指名に、葵は素っ頓狂な声を上げた。


「そうだ。男二人でいきなり話しかけたら、ただの不審者だ。警戒されるのがオチだ。だが、お前みたいなのが『すいませーん、道に迷っちゃってー』とか言って話しかければ、相手の警戒心も少しは和らぐだろ」


「なんですか、その“お前みたいなの”って言い方! ちょっと失礼じゃないですか!?」


「それに、万が一相手が暴れ出して逃げたとしても、お前の足なら確実に捕まえられる。蓮じゃ追いつけんし、俺が行くと手加減をミスって殺しかねん。お前が一番適任だ」


 その、あまりにも合理的で、そして的確な人員配置の判断に、葵はぐうの音も出なかった。Tier3エージェントである自分の実力を、先輩は正しく評価し、信頼してくれている――それは、少しだけくすぐったい事実だった。


「……分かりました。やってみます!」


 葵は、ぱんと胸を叩いて快諾した。


「それで、具体的にはどうするんです?」


「まず、高橋君の通学路を割り出す。あいつが次に家を出るタイミング――おそらく明日の朝の登校時だ――に合わせて、お前がそのルート上で『偶然』を装って接触する。そこで当たり障りのない会話をして、まず顔見知りになるんだ。そこから少しずつ懐に入っていく。いいな?」


「なるほど……。なんだかスパイ映画みたいで、ちょっとワクワクしますね!」


 葵は、すっかりその気になっていた。


 こうして、高橋少年への接触作戦は、チームの紅一点(物理的にも強い)である日向葵に託されることになった。


 翌朝。作戦は決行された。

 高橋家の前の道を、ブレザーの制服に身を包んだ高橋少年が、少し眠そうな顔で歩いてくる。その数十メートル先、電柱の影からその様子を窺う葵の表情は、真剣そのものだった。


(よし来た……!)


 耳につけた小型のインカムに、そっと指を触れる。


「こちらヒナタ。ターゲットがポイントAを通過。これよりプランB-1『偶然の出会い』フェーズに移行します」


『……こちらスズキ。たかがガキに話しかけるだけだろうが。大げさなんだよ、お前は』


 インカムの向こう――百メートルほど離れたマンションの屋上から、双眼鏡でこちらを監視しているであろう上司の、気だるげな声が聞こえてくる。


「これは雰囲気作りです! 雰囲気! モチベーションを上げるための!」


 小声で抗議すると、タイミングを見計らって、すっと角から飛び出した。わざとらしくキョロキョロと周囲を見回しながら、高橋少年の正面へと歩み寄る。完璧な演技だった。


「あ、あのー、すいませーん!」


「……へ? あ、はい」


 突然、見知らぬ年上の、しかもかなり可愛い部類に入る女性に話しかけられ、高橋少年は明らかに戸惑っていた。


「ちょっと道に迷っちゃって……。〇〇駅って、こっちの道で合ってますか?」


「え、あ……〇〇駅なら、この先の信号を右ですけど……」


「ほんとですか!? 助かったー! ありがとうございます!」


 葵は、太陽のような満面の笑みを浮かべた。その屈託のない笑顔に、高橋少年の警戒心が、氷が溶けるように少しずつ和らいでいくのが分かった。よし、第一関門は突破だ。


『……おい葵。そこまでだ。今日のところは顔を売るだけで十分だ。さっさと離れろ』


 インカムから、鈴木の冷静な指示が飛ぶ。


(えー、もうちょっと話して仲良くなっちゃえばいいのに……)


 内心で少し不満に思いながらも、プロとして上官の指示に従う。


「じゃあ、本当にありがとうございました! お兄さん、学校頑張ってね!」


 そう言ってひらひらと手を振り、少年と別れた。


 ――はずだった。


 高橋少年が角を曲がり、その姿が見えなくなった、まさにその直後。

 葵のインカムから、今までとは全く質の違う、緊迫した鈴木の声が響いた。


『――葵、戻れ! 今すぐターゲットを追え! “観測者”が動いた!』


「えっ!?」


 葵は即座に踵を返した。鈴木の声には、いつもの気だるさなど微塵もない。本気の警戒音だ。全速力で角を曲がり、高橋少年の背中を追う。少年はまだ何も気づかず、のんびりと歩いていた。


 だがその進路上――次の角のビルの屋上から、何かが陽光を反射してきらりと光ったのを、葵の優れた動体視力は捉えていた。


(――狙撃手!?)


 そう判断した瞬間、葵の身体は、思考よりも速く動いていた。霊力を足に集中させ、アスファルトを爆発的な瞬発力で蹴る。彼女の身体は、常人には捉えきれない残像と化した。


 高橋少年のすぐ背後まで追いついた葵は、何が起こったのか理解できていない彼の身体を、有無を言わさず抱きかかえるようにして突き飛ばす。


 そのコンマ数秒後。

 ビシュッ! と、空気を切り裂く鋭い音が響いた。先ほどまで高橋少年がいた空間を、黒い針のような“何か”が、音速を超えた速度で通り過ぎていった。それは近くの電柱に深々と突き刺さり、びりびりと微かな放電を起こして、塵となって消えた。


「なっ……!? な、なんなんですか今のは……!?」


 地面に尻餅をついた高橋少年は、あまりの出来事に呆然としていた。


「……話は後! とにかく今は、私についてきて!」


 葵は彼の腕を掴むと、半ば強引に路地裏へと引きずり込んでいった。


『……おい葵、無事か』


 インカムから、鈴木の安堵とも焦りともつかない声。


「な、なんとかなりました! でも危なかったです……! あれ、なんですか先輩!?」


『分からん。だが間違いなく、高橋を狙った攻撃だ。しかも殺意はなかった。おそらくは威嚇か、あるいは俺たちを誘き出すための罠だ』


「どうします!? このままじゃ……」


『……仕方ない。プランCだ』


 忌々しげに言う鈴木。


『これ以上、泳がせとくのは危険だ。葵、そいつを連れて今すぐ俺たちがいる場所に合流しろ。多少強引でも構わん。――ここからは、直接話を聞く』


 その声には、もはや遊びの色は一切なかった。ただ、冷徹なプロフェッショナルの響きだけがあった。


 数十分後。

 鈴木たちが借りている、見晴らしの良いワンルームマンションの一室。そこに、三人のエージェントと一人の高校生が、奇妙な緊張感の中で向かい合っていた。高橋少年は、先ほどの衝撃からまだ立ち直れていないのか、ソファの端に座り、俯いたまま震えていた。


「……さてと」


 沈黙を破ったのは、鈴木だった。コーヒーを一口すすると、できるだけ穏やかな、しかし有無を言わせぬ口調で切り出す。


「まず自己紹介からしておこうか。高橋君だっけ? 俺たちは内閣情報調査室・特殊事象対策課――通称『八咫烏』。君のような特殊な力を持つ人間を、保護・管理する国の組織だ」


「……やたがらす……?」


「ああ。詳しい説明は、こいつが後でしてくれる」


 鈴木は顎で葵をしゃくった。葵は心得たとばかりに、一枚のパンフレット(もちろん八咫烏が“こういう時”のために用意している一般人向けのものだ)を、高橋少年の前に置く。


「俺たちが聞きたいのは君のことだ。単刀直入に聞く。君が使っている、あの剣を出す力。そして、怪異を狩っている理由。それを、俺たちに話してくれるか?」


 鈴木の真っ直ぐな視線に、高橋少年は観念したように、こくりと頷いた。そして、ぽつりぽつりと、信じられないような話を始める。


「……一ヶ月くらい前です」


 まだ少し震える声。


「ある日の朝、スマホを見たら……見覚えのないアプリが、勝手にインストールされてたんです」


「……アプリ?」


 鈴木の眉が、わずかにぴくりと動いた。


「はい。『KAII HUNTER』……怪異ハンターっていう名前のアプリで……」


 少年は恐る恐るスマートフォンを取り出すと、その画面を三人に向けた。そこに表示されていたのは、黒を基調とした、どこか厨二病心をくすぐるようなデザインのアイコンだった。


「……それを開いてみたら、最初にチュートリアルが始まって……。まず、怪異を探すための『怪異レーダー』機能の説明があって。次に『能力ガチャ』っていうのがあったんです」


「……ガチャ」


 鈴木は思わず、その単語を反芻した。前世で幾度となく味わった、天井まで回しても目当てのキャラが出なかった、あの苦い記憶が蘇る。


「はい。初回は無料だって言うんで、何となく回してみたら……星5のレアリティの『光の聖剣』っていうのが当たって……。それから、スマホからこの剣を実体化できる能力が使えるようになったんです」


「……なるほどな」


 鈴木は腕を組み、深く頷いた。全てが繋がった。武器生成能力の源は、このふざけた名前のアプリだったのだ。


「それで、アプリには『デイリークエスト』とか『ウィークリークエスト』みたいなのがあって、『近所の公園に巣食うヘドロ怪異を討伐せよ』とか、そういう指示が出るんです。レーダーで場所も示してくれるし……。で、そのクエストをクリアすると、報酬としてポイントが貰えて、そのポイントでまたガチャが引けたり、自分の能力を強化できたりするんです。正直……最初は、ただのゲーム感覚でした。レベルが上がっていくのが、面白くて……」


 少年は、罪悪感に苛まれるように、そう言って俯いてしまった。


「……よく分かった。話してくれて、ありがとうな」


 鈴木の声は意外なほど優しかった。責めている様子は、微塵もない。


「とりあえず君に一つだけ頼みがある。その怪異退治は、今日限りで少し控えてくれるか。そのアプリが一体何なのか、どういう目的で作られたものなのか。俺たちの方で上に報告して、本格的に調査する。それが終わるまで、君の身の安全は俺たちが保証する」


「……はい。分かりました」


 高橋少年は、力なく頷いた。


「よし。葵、蓮。後の説明は任せた。俺は少し、係長に電話してくる」


 そう言うと、鈴木はベランダへと出ていった。


 その日の夕方。

 すっかり落ち着きを取り戻した高橋少年を家まで送り届けた後、鈴木班の三人は、再びあのファミリーレストランに戻ってきていた。テーブルの上には、先ほどと全く同じ光景が広がっている。


「ふー……。しかし、まさかアプリで怪異退治とはねぇ……」


 葵が、心底呆れたというようにため息をついた。


「驚きました……。そんな方法で力を与えることができるなんて……」


 蓮も、信じられないというように呟く。


「ああ。問題は、そのアプリを誰が、何の目的でばら撒いているかだ」


 ベランダで烏沢との長い電話を終えた鈴木は、重い口調で言った。表情は、昼間とは打って変わって険しい。


「烏沢係長の見立てでは、二つの可能性が高いらしい」


 指を一本立てる。


「一つは、例の知性型怪異の一味が、手駒となる人間を増やすために開発したシステムという可能性。ゲーム感覚で一般人を引き込み、力を与え、いずれは自分たちの兵隊として利用する。ありえなくはない話だ」


「……なるほど」


「そして、もう一つの可能性」


 二本目の指が立つ。


「――このアプリが、不特定多数の人間がダウンロードできる、ごく普通の“スマホアプリ”として、すでに世に出回ってしまっている可能性だ」


「「……えっ!?」」


 葵と蓮の顔色が変わった。


「もしそうなら、話は全く違ってくる。高橋君は、ただ運良く(あるいは運悪く)能力に目覚めた最初の一人というだけかもしれん。今この瞬間も、日本中で、世界中で、何も知らない人間たちが、この“怪異退治ゲーム”をダウンロードして、力を手に入れているとしたら……?」


 その仮説が意味する、恐るべき未来。もはや八咫烏という一組織で管理できるようなレベルの話ではない。世界中が、力を持て余した素人能力者で溢れかえる。秩序は崩壊し、混沌が訪れるだろう。


「……少し面倒な事件になってきたかもしれんな」


 鈴木は、冷たくなったコーヒーを一口飲むと、まるで他人事のようにそう呟いた。


 平穏なスローライフを求める、ただの社畜。

 その彼の元に、また一つ――世界の命運を左右しかねない、とてつもなく巨大で、そして最高に面倒くさい案件が、否応なく舞い込んできたのだった。

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