流されて鬼ヶ島
鬼たちの住まう鬼ヶ島。堅牢な門構えや遠目に見ても目立つ島の中心部にそびえ立つ巨大な城とは対照的に、植物や動物といった自然が一切存在しない死の孤島。その島の中心地である鬼ヶ城の大広間で、屈強な鬼たちの中でも特に図体の大きい赤い鬼が荒れ狂っていた。
彼はこの島の鬼たちを束ねる頭領である。温厚な平時の面影などかけらもなく、造花の植えられた陶器類を片端から叩き割り、襖や畳を引き裂いて回るなどするその姿は、まさに修羅のごとき様相であった。
彼がこのように怒れる要因は、島に桃が流れてこないことにあった。その桃は半年に一度この島に流れ着き、荒れ果てた島の土壌に半年の実りをもたらした。この島に住む鬼たちは、鬼たちは桃の恩恵を賜ることによって、この死に絶えた孤島の中で生きながらえることができたのだ。その桃が、流れてこない。それはつまり、鬼たちの飢え死にを意味していた。
「落ち着いてください頭領。無駄に暴れては力が減る一方です」
「であればこの怒りをどこにぶつければいい。このままでは我々は飢え死んでしまう。落ち着いてなどおられるか!」
「であればこそです……私に名案がございます」
その声を聞き、頭領は一端の平静を取り戻す。しかしその瞳には、未だ怒りが煮えたぎっているのが目に見えた。
「……戯言であれば、即刻首を飛ばすからな?」
「承知しております」
そう言うと、側近の青鬼は頭領の耳に口寄せ、名案とやらについての仔細を述べた。
二人を見守る鬼達の反応はさまざまだ。同僚が一時的にでも落ち着きを取り戻したことに安堵する者。青鬼の言った名案を訝しむ者。名案の内容に憤り頭領が再び暴れ出してしまうのではと憂慮する者。
「ほう、しかしそれでは・・・・・・」
頭領の反応は納得でも反感でもなく、困惑であった。予想外の様子に、鬼たちは何事かとざわめきだす。
「確かに餓死者を出さぬにはそれが最も確実な手段かもしれん。しかしそのようなことをすれば先祖の二の舞になるぞ!」
「何を迷うことがございますか!もう四〇〇年も経ちました。先祖たちを島流しにした源氏の将軍も四天王も生きておりませぬ。そうでなくとも、このまま何もしなければ我々は飢え死にしてしまいます!どうか、ご決断を」
迷っている時間は無い。無意味には暴れ回った挙句餓死するか、青鬼の案に乗り同胞たちの明日を手に入れるか。自由にとれる選択肢など、もう残されてはいなかった。
「……わかった。お前の案を、信じよう」
頭領は青鬼の考えを受け入れ、島の者たちへとその旨を伝えるのだった。
かくして鬼たちは本土へと渡り、食料を手に入れるのだった。しかし長期にわたる飢餓によって気性が荒くなってしまった鬼の一部は、必要以上に人に危害を加えたり、目的とは全く関係のない宝物まで盗んだりなど、彼らの先祖を彷彿とさせるような悪行を犯した。
頭領は、仲間と戦利品を引き連れて島へと戻った後の数日間、罪悪感に苛まれていた。島の同胞を死なせぬためとはいえ、先祖と同じ過ちを犯してしまったこと。そして何より、同胞たちにも過ちに手を染めさせてしまったこと。飢えが治まり平静を取り戻していくにつれ、彼の心に押し掛かる罪悪感は肥大化していった。
そんな彼の葛藤をよそに、本土から鬼ヶ島へと人知れず、桃が流れてくるのだった。これまで島へと恩寵を授けてきた桃ではなく、罪を犯した鬼たちを誅するべく来る、一人の桃が。