9 妻
「歴史書をお探しですね。それではこちらに――」
結婚してから一ヶ月半後。採用試験を無事に突破した私は、念願だった王立図書館で司書の仕事をしている。
初夜を拒否された翌日、私は旦那様の望むお飾りの妻になるべく行動を始めた。
まずは住む場所を本邸から離れへと移動した。お飾りの妻が本邸に住んでいては旦那様も相手の女性もいい気分ではないだろう。屋敷の外では私が公爵夫人を名乗ることになるが、屋敷の中だけは愛する二人の仲を邪魔してはいけない。別の場所に部屋を借りることも考えたが、さすがにそれは現実的ではないので本邸から少し離れた場所にある離れに移動したのだ。なぜか移動することに使用人たちからは強く止められはしたが、彼らもお飾りの妻に仕えるなんて嫌だろう。だから私は彼らに『私のことは気にしなくていいわ。これは旦那様の望みだから』とはっきりと伝えてあげれば、彼らは戸惑いながらも部屋の荷物を運ぶのを手伝ってくれた。荷物をどうやって運ぼうかと悩んでいたが、さすが公爵家の使用人。お飾りの妻にも優しくしてくれたのには感謝だ。しかしこれ以上は申し訳ないので離れには私とサーシャの二人だけで過ごしているが、優秀な侍女のおかげで意外と快適に過ごせている。
次に銀行で私名義の口座を作った。離婚した後には何かとお金が必要になるだろうから、嫁入りの際に持参したドレスや装飾品を売ってお金に変えた。私はあまり着飾ることに興味がないので必要最低限だけあれば問題ない。もちろん公爵家で用意されていた物には手をつけてはいない。あれらはいずれ本当の公爵夫人になる女性のための物なので、クローゼットや宝石箱にそのままにしておいた。
そして採用試験。採用試験にはユリア・ルーセントの名前で申し込んだ。メルトハインの名前にするか悩んだが、私は旦那様に初夜を拒否された身。この国では初夜を済ませていない夫婦は本当の夫婦とは認められないので、私はまだメルトハインとして認められていない。それに今後も認められることはないと分かっているので、ルーセントの名前で申し込んだのだ。採用試験までの一ヶ月は図書館に通って試験の対策を練った。そして臨んだ試験の結果は採用。私は晴れて王立図書館の司書になったのだ。
「ここからここまでが歴史書になります」
「助かりました。どうもありがとう」
「また何かございましたらお声かけくださいね」
まだ司書として働き始めて半月ほどだが、毎日楽しく働いている。本に囲まれて仕事ができるなんて最高だ。
図書館内を覚えるために新米は案内係を任されるのだが、私は十年も図書館に通っていたので本がある場所は把握している。案内は慣れたものだ。
(そういえば司書になる前に一度だけ本を探すのを手伝ったことがあったわね)
私はふとそんなことを思い出した。たしかあれは結婚が決まる少し前だったが、私の不注意で人とぶつかってしまったのだ。ぶつかってしまった相手の男性が優しかったのは覚えているが、いくつくらいの人でどのような容姿だったのかはあまり覚えていない。私は本に関係すること以外はあまり覚えることが得意ではなく、特に容姿を覚えるのが苦手だ。ちゃんと相手の名前を聞いておくべきだったのだが、あの時は男性が本を探していると聞いて、少しでもお詫びになればと一緒に本を探しているうちに忘れてしまったのだ。
(もしかしたら図書館で働いていればまた会えるかもしれないわね)
相手の男性が私のことを覚えていればの話だが、また会えたら以前一緒に探した本の感想を聞いてみたいと思った。