10 妻
「え?旦那様が?」
結婚してから二ヶ月後。今日の仕事も終わり、図書館から歩いて離れへと帰ると、サーシャから旦那様が戻られたと教えられた。領地で愛する女性との時間を過ごしていると思っていたのだが、想定より早いお戻りだ。もしかしたらまもなくお子が生まれそうなので、私にお飾りの妻になってほしいと言いにわざわざ戻ってきたのかもしれない。
――コンコンコン
そんなことを考えていると離れに誰かやってきたようだ。サーシャが確認のために扉へと向かったがまもなく日が落ちる時間だ。こんな時間に一体誰が来たのだろうか。
「ユリア様」
「こんな時間に誰が来たの?」
「それが…」
「私だ」
「…旦那様?」
サーシャの後ろから現れたのは旦那様だった。顔を合わせるのはあの初夜以来だが、あの夜の衝撃はあまりにも大きかったため、その記憶と共に旦那様の顔は忘れずに済んでいた。
「公爵様からユリア様にお話があるそうです」
「!」
(やっぱり!ようやくお飾りの妻に正式に任命されるのね!)
「…少しいいだろうか」
「ええ、もちろんです」
「できれば二人だけで話をしたいんだが…」
「わかりました。サーシャ。お茶を淹れたら下がってちょうだい」
「かしこまりました」
「旦那様はこちらへどうぞ」
「あ、ああ」
旦那様を席へ案内し、サーシャにお茶を淹れてもらう。サーシャが部屋から下がったところで旦那様が口を開いた。
「こんな時間に申し訳ない」
「いえ、ちょうど帰ってきたところですからお気になさらないでください」
「…どこかに出掛けていたのか?」
「はい。自由に過ごしていいとのことでしたので、毎日図書館に行かせていただいています」
「っ、そ、そうか。…そういえばなぜ離れで生活を?…あ、いや、自由に過ごしていいと言ったのは私だから咎めるつもりはないんだ。ただ何か理由があるのかなと思って」
「理由ですか?もちろん旦那様のためです」
「え?それはどういう…」
「それより旦那様は私に何かお話があるのではないですか?」
「!あ、ああ。…今日はあなたに大切な話があるんだ」
「ええ、承知しております。私はすでに心の準備ができておりますので気にせず仰ってください」
お飾りの妻になる準備はすでに整っている。あとは直接旦那様の口から言われるのを待つだけだ。
「っ!そ、そうか?…では聞いてほしい」
「はい!」
「……あなたとの初夜をやり直させてほしい!」
「承知しまし………え?」
「あなたと本当の夫婦になりたいんだ!」
「…え?」
私の耳はおかしくなってしまったのだろうか。
(初夜をやり直す?本当の夫婦?旦那様は何をおっしゃっているのかしら?)
私をお飾りの妻にしなければ愛する女性を本当の妻として迎え入れることはできないのに、旦那様はそれを理解していないのだろうか。
「あなたを傷つけてしまったんだ。簡単に許してもらえないことは分かっている。だけど私はあなたのことが好きなんだ。だからあなたと…」
「…旦那様」
「ダメだろうか…?」
「ダメです」
「っ!…そう、か」
「当然です!だって旦那様には愛する女性がいらっしゃるのですから、冗談でも私にそのようなことを言ってはダメです!」
「…は?」
「だからはっきりと仰ってくださって構いません!」
「な、にを…」
「決まっているではありませんか!…私をお飾りの妻にしたいのだと!」
「…」
「旦那様?」
「……」
「旦那様聞いてます?…あら?サーシャ!サーシャ!」
このあと旦那様が意識を取り戻したのは翌日のこと。それから次の日もその次の日も旦那様は私に会いに来るのだが、忙しい旦那様のためにハッキリと言ってあげたのだ。
「お望みどおりお飾りの妻になりますので、ご心配なく!」