1 妻
「今日は疲れているだろうからそのままゆっくり休んでくれ」
「…え?」
部屋へとやってきた旦那様が開口一番に放った言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。けれど旦那様は私の戸惑いをよそに話を続ける。
「それと明日から領地に戻ることになった。しばらく王都に戻ってこられないが、あなたはここで自由に過ごしてほしい」
「あの…」
「まだ嫁いだばかりで大変だろうから、女主人の仕事はしなくて大丈夫だ」
「っ!それは、どういう…」
「あなたの好きに過ごしてもらって構わないという意味だ。…ではゆっくり休んでくれ」
そう言って旦那様は私に背を向け、部屋から出ていこうとしたので慌てて声をかけた。
「ま、待ってください!」
「…どうしたんだ?」
振り向いた旦那様の顔は不快そうに歪んでいた。その顔を見て怯みそうになったが、これだけは確認しなければと、勇気を出して旦那様に問いかけた。
「しょ、初夜はどうするのですか…!?」
女性から初夜のことを口にするのは、はしたないが確認しないわけにはいかない。緊張しながら旦那様の返事を待つ。そして少しの間が空き、旦那様が口を開いた。
「…………すまない」
一言謝罪の言葉を口にして、旦那様は改めて部屋から出ていった。初めてを共にするはずだったベッドの上に私を残して。
「…どうしましょう」
私は先ほど旦那様が出ていった部屋の扉を見つめながら独り言を呟き、自身の膨らみの少ない胸に手を当てた。
――ドクン、ドクン、ドクン
今までの人生で、これほど激しく心臓の鼓動を感じるのは初めてだ。
「初夜をしない、だなんて…」
これは予想もしていなかった展開だ。
私と旦那様は政略で結ばれた関係ではあるが、旦那様の子を生むことが妻になる私の義務だと思って嫁いできた。だから緊張しながらも旦那様を待っていたのだが、まさかの拒否である。
「私のことが嫌いなのかしら?……それとも他に愛する方がいる、とか…?」
――ドクン!
「っ!」
自身の言葉に心臓が跳ねた。
(…そうよ。そうでなければ初夜を拒否などしないわ。きっと旦那様には心から愛する女性がいて、その女性に操を立てているのよ。だけどその女性と結ばれるのが難しくて、私と仕方なく結婚したのだわ。…ということはよ?これから先、私は旦那様の愛する女性から『愛されているのは私よ』と牽制されたり、旦那様から『彼女との子を後継ぎにする』とか言われたりするの?そんな、そんなのって……)
「まるで小説みたいじゃない!!」
――ミシッ!
興奮のあまりベッドから勢いよく立ち上がると、旦那様との初夜で使うはずだったベッドが大きな音を立てて軋んだのであった。