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きゅうじゅうきゅうかいめ あらため

 改めて、初心に帰ってみる。

 これを始めたきっかけは、エッセイのようなものを書こうと思ったから。

 かねてより小説を書きたい、書こう。書けない。を繰り返していた私は、このまま燻り続けるのも違う。

 ただ、納得のいかないまま書き続けて行くのも違う。

 でも、何かを起こさないと、今日も昨日も明日も同じようなものになってしまう。

 そんな考えと、少しでも私の思っていることが形になって、それを見た誰かが共感したり、ふとした時に私の書いた言葉で景色を眺めようとしてもらえたりしてくれたらな、という思いがあった。


 一転して、最近は惰性もまざって来てしまったように思える。

 今日はこんなことがあった。こんなものを見た。こんなことを感じた。

 それらを書かなきゃ『やらなきゃ』なんて少しの強迫観念を混ぜつつ書いていた。

 日課としてしまうことの恐ろしさと言うべきか、凝り性、完璧主義の私の少し凝り固まってしまっている部分と言うべきか、とにかく『やらなきゃ』と言うもので書いていてはそのうちこれさえも消えてしまうような気がした。

 だからこそ、今日は初心に帰るべく言葉を繋いで行こうと思う。


 私は、幼い頃から自然と触れ合ってきた。

 父は、以前にも言ったように転勤族で、私が産まれる時に、たまたま勤務した地はかなりの田舎だった。

 それこそ、街に出るには車で山をいくつか超えなくてはいけないような、そんな場所だった。

 そこには二年程居たらしいのだが、その日々で、母は毎日散歩に出ていたらしい。

 私にも朧気ながら覚えている記憶がいくつかある。

 その散歩で、母は色んな事を教えてくれた。

 春風が運んでくる風の匂いや、雨の匂い。

 栗拾いに、落ち葉を踏む楽しさ。

 寒い冬の日に、小さな手袋を手につけてくれた時の安心感。


 思い返せば思い返すほど、今の私を形成するのに欠かせないものばかりだ。

 それでも、私は高校に上がるまでここまで自然が好きではなかったし、空なんてものもあまり気にした事がなかった。

 例外は、天気がいい春の日に野原で空を見上げた時くらいだ。

 高校に上がるまでの私は、転々と変わりゆく環境になんとか順応しようとして、失敗して、その失敗が積み重なってどうにもならない状況だった。

 中学生で、自分のこれまでを振り返って、自己嫌悪が溢れて。

 そんなのも自分だ。過去も今を形成する一部で、認めるしかないのに、そんな自分を否定するから、周囲にも否定的に当たってしまって。自然だとかそんな事を考える余地すらなかった。


 高校になってから、四月はあまり記憶がないのだが、五月に入り、ようやく高校生活に慣れた頃合いで、陸橋の上から見えた夕焼けと、夕陽に照らされた町と、空がたまたま目に入って、そこから妙に世界がきらきらと輝いて見えたのがきっかけだと覚えている。

 本当に何気ない、いつもの登校の時にぱっと見た空が私がこんなに空が好きになったきっかけだ。

 それからも、何度もその陸橋から景色を見たし、未だにたまにその陸橋に立ち寄っている。

 その後の高校生活に、更に綺麗に見える橋を見つけたり、そんな綺麗を求めて一日中自転車で駆けずり回った事もあるのだが、またの機会にしようと思う。

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