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よんじゅうさんかいめ

 人の感情の動きは複雑で、違う感情で本来の感情を塗りつぶし、自分でさえそれを認識出来ないことや、いろんな感情を混ぜ込み過ぎて、その発露の仕方がわからなくなることもある。


 自分の感情でさえ、そんなふうに完璧に分からずに困惑することがあるのに、他者の感情の機微を知ることの難しさと言ったらない。

 相手の心情を想像することはできるけれど、確信することはできないし、感情を全て言語化できるかと言われたらそれも難しいだろう。


 私は出来ない。

 ただ、そういう言語化出来ない部分を求めてしまい、母や妹と喧嘩になることがあった。

 原因は様々で、状況も様々だが、大抵「自分の中でなにかが気に食わないとき」「相手の言動にどこか違和感が拭えずに振り回されたとき」に相手に求めてしまう。


 自分の中でなにかが気に食わないときでは、意固地になって相手に「どうしてそういう考えになったか」を、求めてしまうことが多く、自分でも面倒くさい事を言っている自覚がある。自覚はあるし、自分の言うことに正当性がないことを認めている時もあるが、どうにも意地を張ることが多い。主張をして五分ほどで謝るのだが。


 相手の言動に違和感があり、相手がその言動でこちらの心を揺さぶって来る時は、前者より余程面倒くさい自分になると思っている。

 何かこう、相手が言うことにひっかかりを覚え、どこが、なにが、どんな風になど説明は出来ないが何か調子が狂い、癇に障る。

 自分がそんなふうに苛立ちを発露するものだから、相手も訳が分からずに喧嘩になる。

 そういう時は一度離れ、冷静になってから自分がどこに違和感を感じたか、など原因を詳らかに話し、謝る。


 言語化出来ないところこそを大切にして、それを自分なりに受け入れていると思っているのだが、自分のそういったところや、誰かのそういったところが受け入れられないこともある。

 そういう時は大抵自分の精神に余裕がなかったり、誰かの怒りにひっぱられて怒っていたり、心が荒んでいたりする時なのだが、いつでも少しの余裕を持って生きたいものだ。

 そういった人に憧れを持っている。




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