さんじゅうといっかいめ
海に来た。
夕日も一緒に見ようとしたけれど、生憎と曇りで、見える夕焼けは遠くの海をきらきらと照らす一部のみ。
そんな天気だからか、あまり人はおらず、たまに犬の散歩をしてる人と挨拶を交わすのみ。
足跡がほとんどない浜辺に足を踏み入れて、1列だけ足跡つける。それを見て少し笑って、どんどん範囲が狭くなる夕焼けを見る。
辺りは静かで、穏やかな波の音と、時々聞こえる鳥の鳴き声、遠くから響く子供の声、しかない。
あまり風が強くなく、暑くもなく寒くもない、ちょうどいい秋の日だ。
道中で買った炭酸水をちまちま飲みながら浜辺を歩く。
そんなこんなで20分ほど歩いていたころ。
わずかな隙間から夕日が見えた。
ちょうど水平線に沈むところで、落ち着ける岩の上に座り、沈むところを静かに見つめる。
波の音しか聞こえない中で、夕日が沈むところを見れたのは5分にも満たない時間だったけれど、心の中の何かはとても満たされて、太陽が水平線の向こう側に消えた途端に、途轍もない寂寥感に襲われる。
けれど、その寂しさも俄に騒ぎ出したカラスのおかげで、なんだか少し嬉しさに変わった。
それと同時、反対側の山の上にある灯台が、いつの間にか光っているのを見て、心が弾む。
残っている太陽の光の残滓も、いずれ消えてしまい、夜の闇が辺りを包む。
それでも、なんだか妙に嬉しい私はスキップをしながら車へ戻り始めた。
その道中、葉桜を見つけて駆け寄る。
そこにはまだ桜が咲いていた。
流石に満開とは行かないし、ほとんどが葉桜だったけれど、それでもひとつ、ふたつ、みっつとまだ咲いてる桜を見つける度に、心の何かが嬉しさで爆発しそうになる。
昼の残滓が消えるのは思いの外早いもので、燃えるような夕焼けも、いつの間にか藍色と混ざり始め、だんだんと視界が悪くなってくる。
後ろで騒ぐカラスたちと、波の音、自分の足音だけが響く。それでも、太陽が消えたときの寂しさは無く、ただ根拠のない自信と、嬉しさと、希望が心に溢れていた。
うっきうきの帰り道。信号待ちの時に、ふと目に入る。
坂道の上から、下へ。車のテイルランプが延々と道のように並んでいる。
その先には、住宅街と漁港。
住宅街にはポツポツと明かりがついており、山の上のくるくる回る灯台に、船の明かりと思しき光が海の上にある。
なんだか酷く懐かしくて、その光景がやたらとキラキラして見える。
信号が青になり、進まなきゃいけなくなっても、妙にその光景が頭に残り、今でもそれは同じだ。
なんだかこう、歳を重ねて、いつか今日あったこと、見たもの、聞いたことが薄れても、この光景は思い出せそうな。そんな不思議な予感がする。




