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にじゅうにかいめ

 怒りというのはかなり強い感情だと私は思う。

 誰かひとりが怒っている雰囲気をだすだけで、その場の雰囲気は重くなってしまうし、どうにもやり切れない気持ちばかりが増えてしまう。

 それに、怒りという感情は便利だ。

 なにか別のことを隠すことが上手にできる感情だ。

 例えば寂しさや、悲しさ。

 寂しさを誤魔化すために怒る人を、私は知っているし、私自身も何度かこの怒りを発露したことがある。

 他にも、傷ついてしまった時に、相手も傷つけるような方法で怒りを出してしまうこともある。

 このように、別のなにかがあるはずなのに怒りという形で出力するということはままある。


 ただ、私は、幼い頃から周りに悟ってもらうような怒りの発散方法をする人物が間近にいたからか、怒りに対してあまり良い感情を持てず、自身の怒りが許せず、誰かの怒りに対してもなるべく早く鎮めてほしいと干渉しようとしていた。


 自分が怒った時は怒ったことに対しての自己嫌悪と、自責がある。

 その原因に対しての深堀りと、自分の心の動き方。

 例えば正論を言われた時、何故か反発してそのまま怒りとして出してしまう時。

 これは負けたくないという気持ちや、自分でもわかっている正しさに対して傷ついた時。

 そういう時に怒りと、強い言葉、口調を持って攻撃的になってしまう。


 他者の怒りだが、昔は傲慢にも自分がどうにか動くことで、どうにかその怒りを出来るんじゃないかなんて考えて、原因となるものをどかそうとしたり、怒りから気をそらそうとしたり、考えつくことはやった。

 しかし、それは私自身が疲れてしまうし、元から察することがあんまり得意じゃない私は空回りばかりで余計にも相手の怒りを煽ってしまうことがしばしばあった。


 だから最近は、怒っている誰かを見ても触れずにいることが多い。

 ただ、怒りを覚えている人が苦手な私はどうにも同じ空間にいるだけで心がソワソワして、落ち着かない。

 その怒りの原因が自分にある時は申し訳なさや罪悪感があるのだが、八つ当たりのような怒りにあてられた時は、どうにも自分の方も怒りを覚えてしまう。

 とは言え、その怒りはなかなか言葉には出さないが、雰囲気を重くしてしまう怒りだ。

 忌避してる行為を自分がしているということで、怒りが覚めた時の罪悪感は盛られていくばかり。


 怒る人を見て怒って雰囲気が悪くなって、それを感じた別の誰かが怒る。

 悪循環となっている。もちろん、怒る人を見てもその怒りに巻き込まれない人もいるし、自分も怒らない時がある。要は怒りとも上手く付き合えればいいのだが、まだ苦手意識がある私は、上手な怒りの表現の仕方も、他者の怒りとの付き合い方も、勉強中の身だ。

 だからこそ、怒りを悪く思うんじゃなく、上手いこと付き合えるよう、自分のこころの動き方をよく観察していこう。







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