にじゅうといっかいめ
過去のひとつひとつの全てが今の私を形成している。
嫌なことだったり、楽しいことだったり。
感情は様々で全てを鮮明に思い出せるか、と聞かれると私は頷くことは出来ない。
楽しかったことでも、少し記憶が違っていたり、確固としてこうだ! と思っていたものが正反対のことだったり。
私にはそういったことが多々ある。
もちろん、その全てを記録して物的証拠としてのこしているわけじゃないから、私の記憶の方が正しいこともあるのだろうが、自分の記憶に少しだけ自信を無くしたのは周りとの記憶の食い違いが多いからだろう。
例えば、私は小学生の頃に過去に首を絞められたと記憶していたが、後々からその話を聞くと、首を絞められたのではなく、襟元を掴まれて壁に押し当てられただけだった。
いざその頃の話をされると、記憶がフラッシュバックしてきて鮮明に思い出せてしまい、私の都合のいいように記憶を変えてしまっていたことにゾッとした記憶がある。
もちろん、それすらも作り変えてしまったものかもしれないけれど、そうじゃないものだと思っている。
こういった、ある種の被害者意識は自身の過去に対する色眼鏡と同じもので、それは私自身が忌避していたものと同種だ。
最近でこそ、意識してそんな被害者にならないように、作らないようにしているが、それを無意識下で、いとも簡単に出来てしまうことが、少しだけ怖く感じた。
今でも、偏った記憶は存在しているのだろうが、思い込まず、決めつけず、ただいま感じているものを大事に。
被害者によらないように思う。そんな今日この頃。




