表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/120

ひゃくじゅうごかいめ 忘れ物

 私は、どこかに出かけた時に、なにかしら自分のものを広げると帰る時に、何かを忘れたような気になる。

 忘れ物をするのは嫌だから、何度も忘れ物がないか確認をするが、それでもなんだか感じてしまう。

 特に顕著に現れるのが、図書館に行った帰りだ。

 図書館が徒歩一時間位の場所にあることも相まって、小学生の頃から良く行っていたのだが、小学生の頃から図書館から出る時はなんだか酷く忘れ物をして、その忘れ物がかけがえのないもののような気がしてならないのだ。

 大人になるにつれて、その喪失感と呼んでもいいようなものも薄れてきたのだが、それでもなんだか後ろ髪を引かれる事が多々ある。


 他にも、どこかに泊まったあとだったり、学校に行った時だったり、なにかを忘れてしまったような気がするのだ。

 今書いていて、勝手に思ったのだが、私のこれは、強くなにかを思った場所に対してなるんじゃないだろうか。

 そうやって思い返せば、祖父母の家に遊びに行った時だとか、誰かと遊んだあとの解散した帰り道だとか、そういう時にも少しだけ何かを忘れたような、そんな気がしていたような気もする。

 もしかすると、私が忘れた気になっているものは、思い出だとか、記憶だとか、ちょっとした執着だとか、その場所に行ったことで振い落された精神的なものなのかもしれない。

 少しだけこじつけのような気もする。


 例えば、海に行った帰りは、強くなにかを思ったとしても忘れ物をした気はしないし、喪失感もない。

 逆に、不思議と満たされており、ただ漠然と希望だとかそんなものが胸の内いっぱいにひろがって、収まりがつかない。そんな心境が多い。

 この違いが少し分からないが、忘れ物をした気がする、というのはあまり気持ちがいいものでは無いのだ。

 特に、私は忘れ物というものが苦手で、より一層そうやって思ってしまう。


 いっそのこと忘れ物をしても「まぁいいか」と思えるような精神性を身につけることが出来ればまた別なのだろうが、少なくとも今の私にはそんな精神性は備わっていない。

 だからこそ、この忘れ物をいつか思い出したいものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ