表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/112

じゅういっかいめ

 私は、誰かと話すことが少し苦手だ。

 自分の些細な一言で相手を傷つけたり、相手の捉えようによっては、悪意ある言葉になったり。

 実際にそういう風に捉えられたこともあるし、そういう捉え方をしてしまったこともある。

 面と向かって、顔を見ながら話していても相手の真意を完璧に汲み取ることなど出来ないのに、最近ではSNSでの文字だけの文章が、妙に棘が多かったり、少しの冷たさを感じたり、そういうことを多々感じてしまう。


 誰でも簡単に、匿名で、自由に書き込める場所、と聞けばそれはとても凄くて、善いものに感じてしまう。

 実際に善い側面もあるにはあるのだが、私からしてみればそのほかの冷たい側面ばかりを気にし過ぎている。

 些細なすれ違いでの暴言。僅か一文字で全く違う事になる。対面していると、顔色や声色、そのほか視覚情報からある程度何が言いたいか、どんなことが言いたかったのかを分かることは出来る。

 けれど、文面だけだと相手がどんな表情で、どんな感情を持って言っているのか伝わりにくい。

 だからこそ、顔文字や絵文字を使う人もいるのだろうが、なんだか少しだけ自分の心と乖離しているような気がして、どうにも使うのが苦手だ。


 私は、SNSを使って何かを発信することが苦手だ。

 特に、特定の人物に向けて発信することは今でも得意じゃない。

 電話をかけたり、個人チャットに対して何かを送ったり。そういうことをする時に少しだけ緊張してしまう。

 かと言って、不特定多数に向けて何かを発信する時に緊張しないの? と聞かれたら答えにどもってしまう。

 現に、今こうして文章を綴る時も誰かに読まれるかもと思うと、すこしだけ緊張してしまう。


 要は、自分の発した言葉で誰かを傷つけたくないのだ。

 今まで面と向かって話す中で幾度となく傷つけてきた自覚があるからこそ、余計にもSNSでの言葉の使い方、表現の仕方は気をつけてしまう。

 相手はそこまで気にしてない言葉だったとしても、この言葉や、表現は少し的外れだったかもしれない。

 この時に言われた事はどんなことだったんだろう、なんて。

 深読みを重ねて、言葉を反芻して、たまに自責して。


 そんな自分だから、今のSNSを見ていると、心が苦しくなる。

 簡単に暴言が飛び交い、いとも容易く人を殺すような言葉が山のように出てくる。

 私に向けられた言葉じゃないものにも、読んでいて苦しくなるし、悲しくなる。

 それに、「なんでその言葉を言ってるんだろう」と、気になることもある。

 その疑問が氷解したことはないが、これから言葉をたたきつけてる人達に対してこの疑問を投げかけて、いつか氷解する日が来るかもしれない。


 それでも、自分の吐いた言葉で相手を傷つけてしまうかもしれない、という強迫観念に似たなにかを振りほどかない限りは、きっと私はこの疑問を吐く事はできないだろう。


 そして、これを書いている時に思ったのだが、私は相手を傷つけてでもこの言葉は言う! という程の意思が無いのかもしれない。

 嫌われたくないという思いがあるのかもしれないし、単純にそれほどのエネルギーがなかったのかもしれない。

 実際にそんな場面に出逢うことはなかなかないのだが、言葉を投げても、投げなくても、後悔はしないように、例え誰かをきずつけたとしても、自分の心により近い言葉を吐き出そうと、そう思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ