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発光

作者: 雉白書屋

「……おい、おい! これ、ふざけん、あ、いや」


 ふざけんな殺すぞ、と怒鳴ろうとした俺だったが急ブレーキをかけた。

 なぜなら、こう思ったからだ。これを、俺を元に戻せるのは、こいつしかいないかもしれない、と。


「……なに?」


「あ、いや、ふぅー……これは、どうなっているのか教えてくれないか?」


 部屋の電気のスイッチを入れ、振り返った奴に俺は努めて優しい声で訊ねた。本当はすぐにでも飛び掛かり、首を絞めてそのテーブルに頭を打ち付け、ビーカーやらが並ぶ棚に顔から掴ませた後、冷蔵庫に保存している液体を手当たり次第、喉の奥へ流し込んでやり、それから引き倒し頭を踏みつけ、そう、殺してやりたかった。

 

「はぁ……だからさっき説明したじゃないか」


 奴のため息には『この馬鹿にもう一度説明するのはまあいいが、今度はもっとわかりやすくしないと駄目か。面倒だな』という心の内がありありと表れていた。いや、殺すぞ。


「そ、そこを頼むよぉ……」


 俺は媚びへつらうような笑みを浮かべ、甘えた声を出した。

 何も寝て起きたら記憶喪失で一から説明しろと言っているわけじゃないんだ。さっさと話せ馬鹿。そして死ね。という、心の内を隠して。俺は自分が冷静なのか違うのかよくわからなくなってきた。

 また、ため息を吐く奴。俺もフッーと息を吐く。冷静になるために状況を少し振り返ろう。

 奴と俺は中学時代からの友人であり、奴は秀才、俺は凡人。高校卒業後、町工場で働く俺と、この大学の研究室で研究漬けの日々を送る奴と交友関係が続いているのは何とも奇妙なことだったが、思えば奴は変人であり、他に友人がいないだけかもしれない。

 そして、何なら俺のことも友人と思っていないのかも。そう、実験台としか。

 奴はある時、研究に協力して欲しいと俺に言ってきた。報酬も出すと。俺はそれに快く応じた。報酬に釣られたわけじゃないとは言えないが、奴が俺を頼ってくれたのは嬉しかった。

 が、今は違う。奴は俺にとんでもないことをしやがった。


「あー、体が発光する生き物がいることは知っているよね?

蛍じゃないよ。体全体が発光するんだ。ホタルイカとか、海の生物だ。深海に多いね。

ああ、全体と言っても光っているのは皮膚。発光器だ。まあ、で、僕は人間にそれを応用できないかと思ってね」


「それで、俺の体を光らせたってことかよ!」


 俺は堪えきれず、つい怒鳴ってしまった。奴はその声よりも話を遮られたことにイラッとしたようだった。顰めた眉の下の目が『これだから高卒は』と言っている。なんで俺はこいつと友人なんだ。


「同意しただろう? 聞いていなかったのか? まあ、想像以上に上手くいったみたいだけどさ。

よし。もう一度、電気を消してみよう。……おお、すごいな。で、これを更に応用すれば、例えば体の悪くなった部分を赤く光らせたりとかして警告を。他にも」


「いい、いい、いい……とにかく元に、あ、いや、まあそうか。ははは、さすがにいつまでもこのままって訳じゃないよな? 自然と元に戻るんだよな? でも、できれば明日の夜までには戻りたいんだけど。彼女とデートがあってさ」


 パチッと部屋の電気のスイッチを入れた音と奴の舌打ちが重なった。話を遮られた事ではなく、俺に彼女がいることに苛立ったのだ。

 と、何でさっきから奴の考えが読めるんだ? 実験のせいで特殊能力に目覚めたのか? テレパシーとか、心を読む力みたいな。


「そうだ、イカに似た宇宙人がいるよな」


「はぁ……」


 ほら、今も奴はため息で返事をしたがこう思ったはずだ。『それはタコだろ馬鹿』と。


「で、どうなんだ?」


「わからないというのが正直なところだな」


「は、はぁ!? おい、ふざけんなよ!」


「だからそれも同意したはずだ。覚えていないのか? 同意書にサインもある。金も受け取ったろう?」


 いよいよ、こいつを絞め殺す時が来たようだ。と、イカの触手のようにながーく手足が伸びないか試してみる。奴はただ顔を顰めた。


「まあ以前、マウスで試した結果から見るにそう長くは続かないだろうとは思う」


「ほんとか!? なんだよそれを早く言ってくれよ」


「ああ、すまん。考えてみると、確かにちょっと説明が足りなかったように思うよ。

お詫びと言っては何だが、今日はこの大学の体育館でパーティーがあるんだ。

僕と一緒なら入れるはずだから一緒に行かないか? きっと、いや、必ずモテると思うよ」


 と、奴はぎこちない笑顔を見せた。それで少し許す気になった。と、言うのも奴は実験はただの口実で、本当は俺と一緒にパーティーに参加したかったのだろう。

 まあ、俺と一緒にと言うよりは他に友達がいなかったという話だろうが。

 結局、俺と奴は実験室を出て、中庭を通り体育館へ向かった。しかしまあ、モテるというのは同意だ。何せ、こうして歩いている時点で「きゃあ!」とか「すごーい!」「きれー!」なんて声が上がってスターの気分。

 途中、シャツとズボンを脱ぎ捨てると歓声はますます大きくなった。パンツ一枚でここまでオーディエンスを沸かせられるやつは中々いまい。

 体育館の入り口に来ると、どうぞどうぞとばかりに目を丸くし、笑みを浮かべ俺は中に招き入れられた。

 中は薄暗く、クラブのような雰囲気。ダンスパーティー。まさにおあつらえ向き。しけた大学かと思えば中々にいいじゃないか。

 と、奴はどうした? 入り口で引っ掛かったのかな。地味な格好と顔だからな。しょうがない奴だな。俺の連れだと言って通してやるか――


「ねえ、素敵」

「一緒に踊らない?」

「ねえ、一緒に写真撮ってぇ」


 ……ま、別にいいか。俺をこんな体にした罰だ。

 しかし、この女たち。どうせSNSにでも上げて承認欲求を満たしたいだけだろうが、顔は中々にいい。それに体もほほう、ほほう。


「ふふっ、あ、エッチー」

「あはは、照れてるのー? かわいい」

「赤くなってるーすごーい!」


 え、赤く? 顔? でも暗くて見えないだろ。いや、赤、光、体、熱――



「……ゴカイも光るものがいるんだ。そして、ゴカイ類は繁殖の際、爆発するように精子を撒き散らす。……ふふっ。リア充ども、爆発したな」

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