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恥じらいは乙女の嗜み

作者: 水無飛沫


「よっ、欠食男児! 元気にしてるかい?」


頭の薄い中年上司にポンと両肩を叩かれる。

PCのモニターに囲まれて船を漕いでいた意識がグッと引き戻される。


「つかれてるのかい?」

「全然、大丈夫っす」


差し入れだよ、とデスクに缶コーヒーが置かれる。

上司にお礼を言ってから、プルタブを立てて一口飲む。

口の中に広がる苦い感じが眠気を追い払ってくれることを祈りつつ、大きく息を吐いた。


「顔色が悪いぞ。ちゃんと食べてるのかい?」


悪い人ではないんだけど、中年特有の息の臭さが、生理的にしんどい……ちょっとだけ。


「別に食べてないわけじゃないですよ」


夜勤と残業の多いこの部署に配属されて半年が経とうとしてた。

生活リズムは狂いに狂って、体重も7キロ太って過去最多をマークしている。

そのため、夜勤中……特に深夜には何も食べないという簡単なルールを自分に決めているのだ。


「じゃあ俺はちょっとタバコ吸ってくるわ。ちょっとの間、よろしく頼むね」


再び肩をポンと叩かれる。

軽快な足取りで部屋から出ていく上司を眺めながらため息を吐く。


(この缶コーヒーは賄賂か……)


それにしても、そんなに血色悪いのだろうか。

上司の発言について考えていると、ふぁーと大きなアクビが出た。

まぁ、眠気が酷いのは事実か……。





仕事を終え、すっかり明るくなって、もう朝とも言えないような時間に家に着く。

シャワーを浴びてビールを一本飲み、すぐさま布団に入る。

疲れ切った体に、眠気はすぐに訪れてくれた。


日差しは遮光カーテンによって完全に防がれているものの、どうしても外の音は聞こえてしまうものだけど、

その日も全くと言っていいほどに音が聞こえてこなかった。

その変わり……扉、窓、タンス、色々なところから冷気が入り込んでくる錯覚に陥って、痛いほどの耳鳴りに襲われる。

いつものアレだ。


金縛り。


身体は眠っているのに、頭だけが冴えている状態。

ストレスが溜まっているとそういうこともあるのだという。

職場の環境が変わってそろそろ半年だというのに、一向にこの現象は収まろうとしてくれない。

……それどころか。


薄っすらと目を開ける。

ベッドに仰向けに眠る自分の足元には女が座っている。

細身の体には死装束を着けていて、垂らした長い髪が顔を完全に隠してしまっている。


ずいっとこちらに身を乗り出したときにチラリと覗く唇は、ニっと気味の悪い笑みを浮かべていた。

女が俺の体に馬乗りになる。

そのまま、ずいずいと体を前後に動かして例の部分を刺激する。


昂る下半身とは逆に、俺の上半身は恐怖に染まっていった。

その後の展開はここでは言えることではないので、ご想像にお任せするしかないのだけど、

彼女の腰の動きが激しくにつれて、俺はどうしようもなく恐ろしくなるのだ。

あの気味の悪い笑みを浮かべながら、彼女はゆっくりと俺の方に手を伸ばして……


………………首を絞める。




目を覚ます。すでに夕方だけど、どうしても眠った気になれない。

かといって、二度寝するテンションにもならないので、適当にコンビニに寄って夕飯を調達することにした。

この半年、こんな夢をよく見るのだけども、その頻度が徐々に多くなっているようだ。

お祓いとか行った方がいいのかなぁ。

欲求不満なだけだったらいいんだけど……。




「よっ、血色男児。また眠そうだねえ」


ポンと上司に肩を叩かれる。

再びブラックコーヒーを置くと、彼はタバコのジェスチャーをしながら去って行った。





* * * * *




屋上にて。


暗闇の中に男が一人、立っている。

ボッとライターの明かりを灯したかと思うとすぐに消え、タバコの火が明暗を繰り返す。

タバコを吸いながら、男は虚空に語りかける。


「ただでさえ一緒にいるだけで生気を吸われてしまうんだ」


「おまけに精気まで吸って……首を絞めて気絶までさせてるなんて……」


「このままだと死ぬよ。彼」


そこまで告げたところで、何者かからの返事が返ってくる。


『だって、恥ずかしいじゃない』


女の声だった。それは部下に憑いた幽霊である。


『私ね……その……イク時に出ちゃうのよ』


「なにが?」


『あ……アヘ顔Wピース……』


消え入りそうな声で女が言う。


「あへ?」


中年にはその言葉の意味を理解できない。


『だからぁ……恥ずかしいのよぉ///』


両手で顔を隠して照れる女幽霊。


「そういう可愛らしさで勝負すればいいんじゃないか?」


思わずボヤいてしまう中年。


『可愛いって……私のこと口説こうとしてます?』


「いや、俺は母ちゃん一筋だから」


即座に否定。


『はぁ、そうですか』


心底どうでもよさそうな反応。


「とにかくな、毎日首絞められて気絶してる彼の身にもなってあげなさいって」


『だってぇ……』


「せめて目を塞ぐとか代案はあるんじゃないかい?」


『声も……できれば聞かれたくないし……』


消え入りそうな声で女幽霊。


「大丈夫。彼、きっと優しいから受け入れてもらえるよ。

君が好きになった人なんだから」


『そう……かな。ありがとう、頑張ってみるね』


その声を最後に、もう一つの気配は消えてしまった。


「恋せよ乙女……いや、乙女なのか?」


タバコの火と中年の独り言が、夜の闇へと消えていく。





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