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テンプレ ~その2~

「えっ!」


 ハシモトの口から短く叫び声が上がった。だがそう叫んだのはハシモトだけではない。交差点に集う人々が、同じように息をのんだり、小さく声を上げるのが、ざわめきとなって辺りに広がって行く。


 目の前では何人もの警察官が笛を鳴らしつつ、交差点の前に急停車したトラックの前方へと走り出すのが見えた。その一人が「救急車!」と声を上げる。


「今の見た!」「大丈夫かしら」


 それをきっかけに、交差点に集う人々が一斉に口を開き始めた。そして携帯を持ち上げると、トラックの方へとそれを向ける。ハシモトはハデスの方を向くと、その袖にしがみついた。


「ハ、ハデスさん。いま、麗奈さんがトラックに轢かれたように見えましたが、私の見間違いですよね?」


 ハデスは先ほどと同様に、じっと前を見つめているだけだ。その視線の先では、警官の一人が、救護施設にでもあったらしい箱から、包帯をひったくるように取り出している。その制服は、見間違い用のないほどに真っ赤に染まっていた。


「間違いないね。彼女のようだ」


 ハデスが感情を感じさせぬ声でハシモトに答えた。


「え、あの、まさか死んでいないですよね?」


「そうだね。まだ死んではいないね。でも時間の問題だろうな」


「ちょ、ちょっと待ってください。彼女はまだ私の半分ぐらいしか生きていないんですよ!」


 ハシモトはハデスに対して怒鳴った。その姿をハデスが不思議そうな顔をして見る。


「どれだけ長く生きられるかは、人それぞれだよ。それに私は君が、彼女のことを疎んじていると思っていたのだが、それは私の勘違いかな?」


「これはそういう問題じゃないんです!」


 そう叫ぶと、ハシモトは交差点に立つ警官の一人の方へと駆け寄った。


「この交差点は事故で封鎖中です。しばらく――」


「彼女の知り合いなんです!」


 ハシモトは警官に向かって声を掛けた。


「知り合いって?」


「さっきの女性です。一緒にクリスマスのお祝いをしたんです!」


 ハシモトの言葉に、警官は少し当惑したような顔をしたが、それでも肩口のマイクに口を寄せた。


「怪我人の知り合いらしき男性。交差点、駅側」


 そうマイクに告げた警官は、イヤフォンから流れてきた声に耳を傾けると、ハシモトに対して小さく頷いて見せた。


「現場に案内します。救急到着まで、本人に声を掛け続けてください」


 警官はハシモトに交差点の反対側を示すと、ついてくるように合図した。ハシモトは警官に続いて、交差点の反対側へと走り出す。いつの間にか、ハデスも背後に続いている。


 ハシモトの目に、アスファルトに横たわった、黒いゴスロリの衣装が飛び込んできた。そこには大きな血だまりも出来ている。そしてヒューという、枝が風を切るような音も聞こえて来た。血にあふれた彼女の肺が、空気を求めてあえいでいる音だった。


「麗奈さん!」


 ハシモトは言葉を続けようとしたが、そこから先は何もつぐむ事が出来ない。ハシモトは警官が先ほど告げた言葉の意味を、ハデスが述べた「時間の問題だ」と言う台詞が、あけすけな真実を述べていたことを理解した。


「なんて……」


「まだ死んでいないというのに、随分と仕事が早いな」


 隣にいたハデスがそう呟いた。


「黙って――」


 やはり見かけは人のふりをしているが、中身は間違いなく別物だ。ハシモトはハデスに対して怒鳴ろうとしたところで言葉を飲み込んだ。おかしい。何かがおかしい。


『いや、自分がおかしくなってしまったのか?』


 ハシモトは自分自身に問いただした。


 無線に向かって、せわしなく話していたはずの警官が、まるで彫像の様に固まっている。交差点の先にいる群衆にも動きはない。気付けば、先ほどまで鼓膜が破れそうなほど鳴り響いていたサイレンの音も、全く聞こえなくなっている。


 それだけではない。突き抜けるような青空も見えなかった。いや、空はあるのだが、まるでモノクロームの写真みたいに、ただの真っ白な空間だけがそこにある。


『な、なんだ!?』


 そう心の中で呟くと、ハシモトは辺りを見回した。そして白黒の世界の中で、何かが麗奈の顔を覗き込んでいるのを見つけた。


『鳥!?』


 それは真っ黒な鳥、カラスだった。それが二匹、麗奈の体を挟むように立っている。いきなり麗奈の体を貪り食いにでも来たのだろうか? ハシモトはそんな事を考えたが、すぐに間違いだと気がついた。


 これはカラスなどではない。こんな大きなカラスなど聞いたこともない。その大きさは動物園で見たコンドルより一回り以上は大きく、人の子供ぐらいはある。そしてその足が二本ではなく、三本であることにハシモトは気が付いた。


 それが麗奈の上半身を覆うように身をかがめながら、その顔を覗き込んでいる。


「どうなってんだ!」


 たまらずハシモトは叫び声を上げた。その声に反応したのか、巨大カラスがハシモトの方をじろりと見る。鳥とは違い、その眼には人と同じような瞳があった。その視線の鋭さに、ハシモトは思わず後ずさりしそうになる。


「どうした?」


 振り向いた一匹が、もう一匹に向かって声を掛けた。


『カラスがしゃべっている?』


 その声は嘴の動きと完全に同期しており、間違いなく巨大カラスの口から聞こえたとしか思えない。


 もはやハシモトの頭は訳が分からないどころの話ではなかった。完全な混乱状態だ。そして自分は夢を見ているのではないかと言う気分にもなってくる。それも極めつけの悪夢なのは間違いない。


「こちらに気が付いている奴がいるぞ」


「気にするな。たまにいるだろう。こっちが見えるというやつが。それよりも魂の回収を急がないと。この時期は数が多くて――」


「いや、見えているだけじゃない。動いている」


「な、なんだって? そんな馬鹿な!?」


 麗奈の心臓らしきところに耳を当てていた一匹が、慌てて顔を上げると、ハシモトの方を振り向いた。


「黒みかかってはいるが、特に変わった波動は感じないぞ? いや、明らかに並以下だ。どうしてこんなさえない魂を持つ奴に、そんな力があるんだ?」


 そう告げると、不思議そうに目を瞬かせた。


「まずいな。まだ心臓は動いているが、さっさと魂を回収して――」


 最初にハシモトに気がついた方が、麗奈の方を振り向く。そしてカラスもどき達が、羽を大きく羽ばたかせようとした時だった。


「君たち、それは回収規定違反ではないのかな?」


 辺りに美声としかいいようのない、透き通った声が響き渡った。


「この世界の時間軸では、彼女の心臓はまだ動いているよ」


「おい、もう一人いるぞ!」


「一体どうなっているんだ!? それよりさっさと回収して……、ちょ、ちょっと待て、回収規定だって!?」


 そう叫んだカラスもどきの(くちばし)が震える。 そして羽根をはばたかせながら、その嘴を大きく開けた。


「か、監督官!」


「兄弟たちと違って、私は適当な仕事と言うのが大っ嫌いでね」


「ちょっと待ってください。どうして貴方がこんなところに!?」


「そう言えば、管理官が第一世界線上に存在が検知できないとか言っていたな……」


 そう告げると、一匹が納得した様に頷いて見せた。そして今度は小さく首を傾げて見せる。


「こちらは執行官? いや、どう観測してもその様には……」


「彼は私の依頼者だよ」


「えっ!」


 二匹の嘴が同時に大きく開いた。


「そのような予定は聞いていませんが?」


「予定? これは私の専任事項だよ」


 そう告げると、ハデスは二匹に向かって、小さく肩をすくめて見せた。


「と言うことは、初期化をされる予定なんですか?」


「そうだね。色々と行き詰まっている様だし、そろそろだとは思っていたんだ。それよりも、私の目の前で規定違反をするとは、君たちは私の調停の対象になりたいという理解であっているかな?」


「め、滅相もございません。結界を解除していただければ、この世界の時間軸に合わせて、心臓が間違いなく止まってから、規定通りに回収させていただきます」


「残念ながら、それはちょっと待ってもらうことになるね」


「えっ!」


 ハデスの言葉に、二匹が再び嘴を大きく開いて見せた。


「あの、先ほど規定について、お言葉を頂いたばかりだと思いますが?」


「彼女はこちらを認識できる存在の一人でね。今回の件の予備と言ってもいいかな。ついては例外処理の適用を検討したいと思う」


「例外って、まさか!?」


「何かね? 例外も規定の内だ。それに適用例がないわけではないし、これも私の専任事項だよ」


「おっしゃる通りではありますが、先導役は?」


 そう告げたカラスもどきに対して、ハデスはハシモトの方を指差した。


「えっ!」


 カラス達の口から何度目かになる驚きの声が漏れた。そしてその嘴が今までで最大に開かれる。


「ちょっとは闇色に見えますが、その辺にある普通以下の……」


 カラス達はそう口にすると、ハシモトの方を胡散臭そうに見つめた。


「その辺? 私の依頼者に対して、それは少しばかり失礼じゃないかな?」


「なんでもありません!」


 ハデスは二匹のカラスもどきに片手を振って答えると、今度はハシモトの方を振り返った


「では、ここからは君の仕事だ。例外と言っても、全ての手続きには規定と様式というものがあってね」


 ハシモトとしては、カラスもどきの言っていることはもちろん、ハデスが何を言っているのかも、さっぱり分からない。


「あの、なんのことか、さっぱりなんですけど。それにこれって、絶対に夢ですよね?」


「なに、心配はいらない。全ては常識の範疇だよ。では手続きの可及的速やかな遂行をお願いする」


 そう告げると、ハデスはハシモトに向かって小さく口の端を持ち上げて見せた。ハシモトはハデスに色々と聞かないといけないと思ったが、意識が闇の中へと沈んでいく。そして世界から全てが消え去った。

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