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サイコパス ~その11~

 ハシモトの眼の前で、業務用エレベーターの扉が開いた。瀬須はそれに乗ると、ハシモト達にも乗るように即す。ハシモトと麗奈も黙ってそれに従った。だがどこに行くと言うのだろう。


 もしかしたら、彼はここではない別の病院に収容されているのかもしれない。そんなことを考えていたハシモトに、瀬須は小さく口元に笑みを浮かべて見せると、ポケットから出した鍵で、開閉ボタンの下にある小さな扉を開けた。


 そこにはもう一つ、カードリーダーが設置されているのが見える。瀬須が手にしたカードをそこに差し入れると、扉が閉まり、エレベーターが下へと降りていく。


「あの……」


 声を上げたハシモトに対して、瀬須が口元に指を立てて見せた。どうやら今は、こちらの質問には何も答える気はないらしい。


 隣に立つ麗奈の方へ視線を向けると、思いつめた表情をしながら、じっと前の扉を見つめ続けている。その間もエレベーターは下へと降り続け、一番下にあるB1を示した。


 だがどういう訳か、エレベーターはそこで止まることなく下降を続ける。それに階を示す表示は「ー」を示したまま変化しない。エレベーターが動作する微かな機械音に、扉の前に立つ瀬須医師の背中が見えているだけだ。そしてただ時間だけが過ぎていく。


『一体どういうことだろう?』


 ハシモトは首を捻った。もしかしたら、自分は警備員に押さえつけられた時に気を失っていて、今は夢を見ているだけなのではないだろうか?


 ハシモトがそんなことを考えた時だった。不意にエレベーターが止まり、ゆっくりと扉が開いていく。その向こうでは、真っ暗な闇の先に、一本の通路が続いているのが見えた。


 バン、バン、バン


 まるで映画の一シーンを見ているみたいに、スイッチの動作音と共に、手前から奥へと明かりがついていく。今度はブーンという照明の安定器の立てる音が、エレベーターの機械音に代わって通路に響き渡った。


「こっちよ」


 瀬須医師がハシモト達を手招きすると、通路の奥へと足を踏み出す。ハシモト達も足早に歩いていく瀬須に遅れぬよう、廊下へと進み出た。ここが何処なのかはよく分からないが、まだ病院の中らしく、リノリウム製の床に足元がキュッキュッと音を立てる。


「あの女って何者?」


 前を行く瀬須の背中を見ながら、麗奈がハシモトに小声で問いかけた。


「さあ、彼の主治医ということしか知りません」


「何なの、あのお人形さんみたいな顔。まるで整形しまくった女優みたいじゃない」


「まあ、美人であるのは間違いないですね」


 どうやら美人と言う発言が気に入らなかったらしく、ハシモトの答えに、麗奈が殺気を含んだ目で睨みつけてくる。


 見かけについて言えば、麗奈だってそうそう負けている訳ではない。いや、むしろ自然な美しさを備えているとハシモトは思ったが、それを口に出したりはしなかった。口に出したところで、間違いなく逆効果なだけだ。


「ここよ」


 通路の一番奥で、瀬須の足が止まった。目の前には廊下と同じ白い扉がある。瀬須医師はハシモト達の方を振り返ると、扉の横にあるリーダーにカードをかざした。


 カチリ


 小さく鍵が開く音がする。瀬須が扉を押すと、それはゆっくりと奥へ向かって開いていった。部屋に明かりはなく、中は薄暗い。だがそこは病室と言うより、刑務所の独房を思わせるような部屋で、ベッドの上では一人の男性が片膝を立て、壁を背に座っているのが見えた。


「羽田さん!」


 前にいたハシモトを押しのけて、麗奈が部屋の中へと飛び込んだ。そしてベッドに座る人物へ駆け寄り、そのまま抱きつく。


「羽田さん、羽田さん、羽田さん!」


 ハシモトも瀬須医師と共に部屋の中へと入った。間違いない。そこにいるのは彼、ハデスだ。普段は感情に乏しい顔に、おやっという表情を浮かべながら、麗奈へ視線を向けている。


「無事でよかったです!」


 ハデスの胸元にすがりつきながら、麗奈のすすり泣く声も響いてくる。


「ところで、麗奈さんはどうしてここに?」


「羽田さんを助けに来ました!」


 顔を上げた麗奈が、ハデスに答えた。


「私を救いに?」


 不思議そうな顔をしたハデスが、麗奈にそう問いかける。


「そうです。こんなところ、すぐに出ましょう!」


 そう叫ぶと、麗奈は背後に立つ瀬須医師の方を睨みつけた。


「なるほど、これはある種の運命かもしれないね」


 その言葉に、麗奈が嬉しそうな顔をしてハデスを見上げる。


「はい。間違いなく運命です。いや、宿命です!」


 ハデスは麗奈に対して、口元に笑みを浮かべて見せた。


「だとするならば、やはりこれは確定したと言うことだね。麗奈さん、さぞ疲れた事でしょう。しばし休んでいてください」


 そう告げたハデスに対して、麗奈は何かを告げようとしたが、ハデスが指を鳴らした途端、その体から力が抜ける。ハデスは麗奈の体を両手で持ち上げると、それを丁寧にベッドへ横たえた。そして戸口にいたハシモト達の方へと視線を向ける。


「それでゼウス、今回は私の勝ちと言うことでいいのかな?」


『ゼウス!?』


 ハシモトは横に立つ瀬須の方を振り返った。瀬須は彫像の様な顔に複雑な表情を浮かべながら、ハデスに向かって肩をすくめて見せる。


「そうね。そういう事になるわね」


「あの? 一体どういう事で……」


 思わずそう口にしたハシモトに対して、瀬須が苦笑して見せた。


「彼とちょっとした賭けをしたの」


「賭け?」


「ええ、あなた達がここまで乗り込んできたら、彼を自由にする。もしそうでなければ、私がこの世界に対して諦めがつくまで、ここに幽閉するってね」


「あの、もしかしてやっぱりあなたも?」


 ハシモトの問いかけに、瀬須、ゼウスが子供みたいにあどけない表情をすると、くすりと笑って見せた。


「彼同様、あなた達から見たら、そう呼ばれるような存在だと言うだけのことよ。もっとも私は世界を維持、管理するのが仕事だけど」


「それで管理官、私はもう自由で、自分の責務を果たすことに戻ってもいいという理解であっているかな? それにやっていることが、君のポリシーとかなり食い違っている様にも思うのだが?」


「あなたはこの世界の存在ではないのだから、あなたに干渉するのは、規約上も、私の信念上も、何の問題も無いでしょう?」


「規約に書いていないことを、都合よく拡大解釈していないかね?」


「あら監督官、それを言うのなら、あなただってこの間、私に対して相当な横紙破りをしてくれたと思うのだけど?」


 そう告げた瀬須、もといゼウスの声に、ハシモトは聞き覚えがある気がした。そうだ。麗奈のせいで冥界下りをする時に、自分に声を掛けてきたあの女神だ。


「でもハシモトさん、あなたには感謝しているわ。お陰で彼がこっそり、この世界をリセットするつもりだったのが分かったのだから」


「あれはすでに何度も事例があることだと思うのだが? それに終焉を決めるのは私の専任事項だよ」


「本当にそれだけかしら? まあいいわ。今回の賭けについて言えば私の負け。でも正しくは、私たち両方の負けの様な気がするのだけど、それは私の勘違い?」


「両方とは?」


 ゼウスの言葉に、ハデスが首を捻って見せる。


「あなたも今すぐ、この世界にリセットをかける気はないでしょう?」


 そう言うと、ゼウスはハシモトと麗奈の方を指さした。


「たとえあなたや私が見える人たちでも、その魂は永遠の闇の中に沈んだままではない。あなたがこの世界線における、魂のボラティリティを確かめたいと思っていたのなら、それは十分に確認できたのではないのかしら?」


「君らしい詭弁だよ。だがこの世界線における真実を含んでいる点については同意する」


 ハデスはそうゼウスに告げると立ち上がった。そして頭一つ以上高い位置から、唖然としているハシモトの顔を覗き込んだ。


「今回の君への依頼についてだが――」


 そこでハデスは言葉を一度区切ると、背後に立つゼウスの方をちらりと見た。


「一度保留と言う事にする」


「保留?」


「そうだね。この世界について、すぐにリセットをかけるのは得策ではない様だ。ゼウスの言うように、経過観察が必要らしい。それに個人的にやり残していることもある」


「はあ」


 ハシモトはハデスに対して生返事を返した。神々の陰謀を耳に挟んだ、一匹の鼠とでも言うべきだろうか? 一体自分はこの得体の知れない場所で、得体の知れない者たちを相手に、何をやっているのだろう。


「ハシモトさん、あなたは世界を救ったのよ」


 ハシモトの考えを読んだのか、ゼウスはそう告げると、ハシモトに片目を瞑って見せた。


「ゼウス、人の話の腰を折らないで欲しい」


 ハデスの言葉に、ゼウスが苦笑して見せる。

 

「ところで参考までに、今の時点で君が考えた、世界の終わらせ方を教えてもらえないだろうか? もちろん、それを今すぐ適用しないことについては約束しよう」


 ハデスの問いかけに、ハシモトは小さく寝息を立てながら、ベッドに横たわる麗奈の姿を見つめた。


「麗奈さんが沢山いて、あなたを奪い合うんです」


 ハシモトの言葉に、ハデスも背後を振り返る。


「確かに世界は滅びるね」

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