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サイコパス ~その5~

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!


 チャイムがけたたましくなる音に、ハシモトは我に返った。警察官やら鑑識官から渡された書類に、色々とサインをしたのは覚えているが、その後は何をどうしたのか全く覚えていない。おそらくそのままずっと立ち尽くしていたのだろう。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!


 再びチャイムがけたたましく鳴り響く。こんなチャイムの鳴らし方をするのは一人しかいない。いや、もう一人いたか?


 ハシモトはそんなことを考えながら、玄関の扉を開けた。扉の先では、赤いリボンで髪をツィンテールにした女性が、ゴスロリの衣装を着てハシモトを睨みつけている。


「一体――」


 その人物が何かを話す前に、ハシモトはその手を引っ張って、玄関の中へと招き入れた。


「ちょっと、なんなのよ!」


 抗議の声を上げた麗奈に対して、ハシモトは口元に指を立てて見せる。


「せっかくですので、お茶でも入れましょう」


 わざと他人行儀にそう告げると、ハシモトは麗奈に対して部屋の奥を指さす。麗奈は呆れた顔をして見せたが、ハシモトの顔を見て、理由がある事を理解したのか、素直に頷いた。


「今からお湯を沸かしますので、テレビでも見ていてください」


 リモコンでテレビのスイッチを入れて、薬缶に水を注ぐ。夕方の情報番組でもやっているらしく、テレビからは女性レポーターや司会やらが、何かの製品を褒め倒す甲高い声が流れてきた。


「何様のつもり?」


 さらにテレビのボリュームを上げたハシモトに対して、麗奈が問いただした。


「刑事ドラマの見過ぎですかね。誰かが聞き耳を立てている気がするんです」


 ハシモトはそう小声で告げると、麗奈に対して肩をすくめて見せた。その台詞を聞いた麗奈が、少し驚いた顔をして部屋の中を見回す。


「一体どこの誰がモブの監視をしたりするのよ。CIAが俺を見張っているとか言うんじゃないでしょうね?」


「もちろん私の為じゃありません。彼ですよ」


 その言葉に麗奈が顔を上げると、ハシモトの方へ詰め寄った。


「そんな事より、どうして羽田さんが、警察に連れていかれたりするのよ!?」


「見たんですね?」


 ハシモトの問いかけに麗奈が頷く。その目は真剣というよりも、これから果し合いにでもいく武士みたいな目をしている。


 彼女の性格からしたら、相手が国家権力だろうがなんだろうと殴り込みに行くところだろうが、相当な忍耐力をもって我慢しているのだろう。


「彼は患者で、病院を無許可で抜け出したみたいです。それで警察に捜索願が出されていたそうです」


「羽田さんが病人? 捜索願い? まるで犯罪者扱いだったけど?」


 ハシモトはハデスが連れ出される所を直接見てはいなかったが、ニュースで見る犯人護送の現場そのものだった。とても保護の為とは思えない。


「そもそも何の病気なのよ!」


「精神的な病だそうです」


「モブ、羽田さんがおかしいとか、本気で言っているの?」


「まあ、普通でないのは確かですね」


 ハシモトの発言に、麗奈が腕を上げて掴みかかろうとする。


「モブのくせに、そんな発言をするだなんて、絶対にあり得ない!」


「ちょっと、噛みつこうとするのはやめてください! 彼が普通の人じゃないのは、麗奈さんだってよく分かっているじゃないですか?」


「そういう意味? そうよ、羽田さんはまさに孤高の人よ。モブ、ともかく知っていることを全部教えなさい。全部よ!」


「医師の説明によれば、彼は『反社会性パーソナリティ障害』、いわゆるサイコパスで、しかも催眠術師でもあるそうなんです」


「はあ? 何を馬鹿なことを言っているの。羽田さんが反社会とかなら、社会の方が間違っているに決まっているじゃない。むしろそんな余計なものは、壊してしまった方がいいんじゃないの?」


 ハシモトは心の中で、サイコパスがここにもいたかと思ったが、もちろん口に出したりはしない。もしハデスを召還したのが麗奈だったら、間違いなくすでにこの世は存在していないはずだ。


「そうでしょう、モブ!」


「そうですね。彼と出会って色々とありましたが、でもそう言われると、確かに納得出来る部分もあるんです」


「どう言うこと?」


 麗奈がハシモトの顔を睨みつけた。冗談でも許さんという顔つきだ。


「冷静に聞いてください」


「私は羽田さんの事についてはいつでも冷静よ」


「おかしいと思いませんでしたか?」


「何が?」


「誰も彼の事を振り返らないことです」


「そ、それは羽田さんのオーラが……」


「麗奈さんだって気が付いていたでしょう? あれだけのイケメンなら、女性はもちろん、男だって振り返りそうなものです。それが誰も振り返らない。それに気が付いたのは二人だけです」


「二人?」


「麗奈さんと、うちの上司です」


「上司って、あのおばさん!? あの女、やっぱり色目を使ったのね!」


「色目を使ったりはしていないと思いますが……」


「あんたに女の何が分かるのよ!」


「人とは思えないと言っていました」


「そうよ、羽田さんはその辺の芋なんかとは違うわ」


 麗奈はそう言うと、ハシモトの方へ片手を上げて、まるで虫を追い払うかの様に振って見せた。


「だから彼が催眠術師で、私たちが催眠に掛けられていたとでも考えないと、確かに辻褄が合わないんです」


 ハシモトの言葉に、麗奈が振っていた手を止めた。


「あんたはそれを信じるの?」


 そう問いかける麗奈の目は真剣だ。


「信じるべきなんでしょうが……」


「どうなの! 信じるの、信じないの!」


「声が大きいですよ」


 ハシモトはTVのボリュームをさらに上げた。


「でもやっぱり辻褄が合わないんです」


「モブのくせに、何をもったいぶっているの。男でしょう、はっきり言いなさい!」


「彼がどうやって病院を抜け出せたのか、医師に聞いたんです。そうしたら、病院のスタッフの手助けで抜け出したと言っていました」


 ハシモトは医療材料の卸を仕事にしているので、精神科の閉鎖病棟が、どれだけ厳重に管理されているかは知っている。


「モブとしての正しい行いよ。羽田さんの手助けをしたんでしょう?」


「そうですね。はっきりした事は言いませんでしたが、医師はその理由が羽田の容姿だと匂わせたんです」


「どこかの女が、羽田さんに色目を使ったという事?」


「どちらかと言えば、彼がそれを利用したという話だと思います。でもおかしくはないですか?」


「何が?」


「彼が催眠術師で、私たちが催眠にかかっていたとしたなら、病院のスタッフも催眠にかかっていたことになりますよね。それにそれを話したのは彼の主治医ですよ? 医師も含めて、病棟全員が催眠に掛かっている事になります」


 ハシモトは話が飛ばないように、それが絶世の美女だったことは麗奈には伏せた。


「だからどうにも辻褄が合わないんです。それにどうして警察が大勢で来るほどの事件になるんでしょうか? テロを起こそうとしていたとかであれば、分からなくもありませんが……」


「羽田さんがテロリスト? 頭に変な虫でも湧いたの?」


「その通りですよ。とてもそうは思えないんです」


 ハデスが本物なら、その辺のテロリストなど比較にならない。人類の存続レベルで危険な存在だ。そもそも警察で取り締まれるようなものじゃない。だが人だとしたらどうだろう。


 確かに彼は世界の終わらせ方について語ってはいた。だがそれはハシモトにその方法を考えろという程度の話だ。小説のネタ、それもどちらかと言えば中二病的ネタに近い。それが警察にいきなり身柄を抑えられる状況を引き起こすとは、到底思えなかった。だとすれば彼は……。


「何かの陰謀という事?」


 お湯が沸いた笛の音を聞きながら、ハシモトは麗奈の問い掛けに慎重に頷いて見せた。


「そう考えた方がよほどに辻褄が合うんです」


「事情は分かったわ。それならやることは一つよ」


 麗奈は腰に手を当てると、その背を伸ばした。


「羽田さんを助けに行く!」

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