永久の安らぎは、教会の鐘の音
修道女の仕事は、多忙を極める。
「神よ、今日も良き日が送れんよう、その瞳を通して、見届けてください」
朝は陽と共に起床し、神への祈りを捧げる。
「みんなー! 朝だよ! 起きなさい!」
その後、孤児院を兼ねた宿舎に子供を起こして周る。
「天におられる私達の父よ
皆が聖とされますように
みくにが来ますように
御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。
私達の罪をお許し下さい私達も人を許します。
私達を誘惑に陥らせ得ず悪からお救い下さい、スキーカ」
「「「スキーカ」」」
生きるために殺めることを厭わない、罪深き我らの業に許しをを乞うて、みんなと一緒に朝食を食す。
中には祈りの途中につまみ食いをする子もいるけれど、きっと神様もこれくらいの粗相は許してくれるだろう。
見なかった振りをして、祈りの言葉を紡ぐ。
そして子供たちが食事を終わった後、全員分の皿洗いを済ましたら、やっと教会としての活動が始まる。
「信じる者は救われます! たとえ、今が不品行でも、改心して祈りを捧げば神はお許しになります!」
今日は布教活動の日、街中で声を張り上げ、一生懸命私たちの神の教えを説く。
ただ、大体の人たちは私の格好を見るだけで、舌打ちをして、足早に去っていく。
これでも、今日はまだましな方。先週は後ろから飲み物を浴びさせられたから、何も起きてないだけ今日はましだ。
今は修道女になりたてだから、こんな地道な活動をしているけど、もっと年を重ねれば、こんな思いはしなくて済む。
だから、今は耐えるんだ。
この国は、長い間戦争になっている。
そしてこの国の国教は、私達とは正反対の教義を持つ宗派だ。
私としては、信者の人数が少ない方が、ご飯の支度が楽でありがたいが、お布施が心許ないのは頂けないのだ。
だから周りの修道女は、勧誘の声にも自然と力が入るらしい。
そんな時だった。
「――教の修道女様でいらっしゃいますか?」
お世辞にも身なりが綺麗とは言えない、小汚い青年が話しかけてきた。
「はい、合っていますよ。入信希望者ですか?」
内心では面倒だと思いつつも、笑みを絶やさぬよう修道女は対応する。
「いえ、入信ではないです。ただ、悩みを聞いて欲しくてですね……」
そう言いつつ青年が一歩こちらに近づくと、きっと何日も体を清めていないのだろう、独特の臭みが漂うが、それを我慢して、耳を傾ける。
「懺悔したいということでしょうか。それとも、修道女に心を軽くしてもらいたい、という事でしょうか」
「後者をお願いします。懺悔では、恐らく私の悩みは誰かと向かい合わねば、晴れないでしょう」
「わかりました、場所までご案内致します」
そういって青年に背を向けた修道女は思った。
これは、非常に面倒なことになる、と。
漏れそうになったため息を押し殺して、教会への道を出来る限りゆっくりと歩き出した。
「それでは、そちらの席へお座りください」
指差した席に、青年はおずおずと腰掛ける。
「あの、ここは少々開放的すぎるのでは」
確かにここは、大聖堂の隣に位置する、修道女が祈りを捧げる部屋だ。誰かと向き合うには、不向きだろう。
「大丈夫です、これから変えるので」
「変える、とは――」
「暗室はここに在り」
修道女が、そう一言呟くと、どこからともなく現れた幕が、修道女と青年を取り囲むように垂れる。
青年は見てはいけないものを見てしまったかのように、息を飲んだ。それを無視して、話を振った。
「さてと、これで悩みを聞けますね」
「やっぱり貴女が噂の……」
「えぇ、それを見込んで私に話しかけてきたのでしょう」
最初に青年が修道女を見た時、やっと見つけたと、その血走った目がそう語っていた。
そして、そういった人物が大抵何を求めるのかも、分かっていた。
「――救済を、永久の安らぎを、お願いします……」
「一応私は修道女なので、理由をお聞きします。何故そこまで神のお迎えが欲しいのですか」
「――俺は、恋人を、友人を、殺しました…… それだけでは、駄目でしょうか」
「問題ないです。それでは目を閉じて」
「……ありがとう、修道女様……」
「刃よ」
紡がれた言の葉に従い、手に小さな武器がもたらされる。
それを、勢いよく振り下ろし、名も知らぬ青年に別れを告げた。
「スキーカ」
誰に聞かれることもない、祈りの言葉が響く。
結局、誰もがそんなくだらない理由だ。でも、私たちの宗教は、神のお迎えを望む者は、誰であろうと歓迎している。
それが、国を救った聖人でも、俗物に塗れた犯罪者でも、等しく神の下では平等だ。
そんなことを考えながら、鐘を鳴らすために、塔を昇る。
お迎えなんて言葉で騙し、命を奪った私の、せめてもの償い。
この鐘の音が、神へと向かう道の鐘声へとなるようにと。
私は、何があろうと教皇へと上り詰める。
あの孤児院の子供たちが、こんな思いをしない世界を作るために。
撞木を振り上げ、鐘の音を街に轟かす。
「神よ、私をお許しください」