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チカ丸がニヤリと口の端を上げて言う。
「ママ、ひきにーと」
「千鹿ちゃん、言い方。」
「ダメよ、チカ。ヘンな言葉覚えちゃ、誰かみたいになっちゃうから」
ふーみんとはなっちが揃ってこちらを見てくる。
「どこでそんな言葉を覚えたんでしょうね?この子は、まったく。日本のアニメか、ニヒヒッ」
チカ丸が唇に人差し指を当て、澄まして応えた。
「ママもコレ言うと怒る」
「怒るという事は自覚があるという事だよ。ママさんはニートの条件に完璧、当てはまるからね。だって学生じゃないしメイドがいるから主婦もしていない。イラストレーターの仕事もしていなかったみたいだし、そもそも働く必要なんて無いから就活すら関係ない。通学・家事・就業・職業訓練、この4条件どれにも当てはまらない立派なニートだ!」
「立派なニートってなによ、」
「まあ、唯一普通のニートと違うのは、将来の不安が無い点か。なんて羨ましいニートだ!」
「略して、うらニート」
「花までっ!ニートに裏なんて無いわよ。表替えってセレブって言うのよ、それ」
かいちょがフフッと笑い終えて言った。
「月光さん。子育ては立派な仕事ですよ。手がかからなくなったから、千鹿さんのお母さんも、また絵を描き始めたんじゃないでしょうか?」
「ママ、いま社会復帰目指してる」
「なるほどね。チカ丸は立派に親離れしたんだ」
「じゃあ、チカは日本に一人で来たの?」
彼女が首を振る。
「ママと一緒。バーバはドバイと行き来してる」
「へぇ、そうなんだ。ねえ!ママさん、アタシに紹介してよ。こんなチャンスそうそうないからね」
アタシは話の流れついでにお願いしてみたつもりだったのに、チカ丸の瞳がこちらを見据えた。ほとんど無表情なので何を考えているのか読みづらし、美人に見つめられるというのも変に緊張する。
彼女が口を開いた。
「私とお付き合いする?」
「は?」チカ丸の突然の発言にみんな口をあんぐりと開けた。
アタシはすぐにその意味を理解して否定した。
「あ!違うからっ!親に会うだけでそういう意味に捕らえられるのか!ドバイ怖い」
チカ丸がニヤリとする。
「冗談。」
(この娘も素で冗談を言うようになったか)
それはこの部活を受け入れてくれた証のようで喜ばしいけれど、ヒメといい、チカ丸といい、変な汗をかかされてばかりだ。
「あーあ!そういう意味ね。ビックリさせないでよチカ」
「そうですよ!先輩はあげませんからね!」
ふーみんとヒメも遅れて理解したようだ。
チカ丸がこちらの反応を楽しむようにまた口の端を上げた。
「ママにはそのうち合わせてあげる」
アタシは切り返した。
「うちのとーさんには会わせないからな!」
彼女はコクリと頷いた。
「教えで同性が付き合うの禁止」
「明確に禁止する国もあるのですね。日本でも同性婚は認められていませんし、選挙の焦点に挙がったりしますよね」
かいちょはまじめだなぁ。
アタシは空気を変える為に茶化した。
「けど、スーパー絵師に会えるなんてオラ、ワクワクすっぞ!」
「ふふっ、先輩ならきっと千鹿さんのお母さんと気が合うと思いますよ。家の中、ゲームだらけでしたから」
「なに⁉ゲームだと!っていうか、ヒメは会ったことあるの?」
「はい。千鹿さんに小説の表紙をどうしようか相談したら、描いてくれるというので家にお邪魔したことがあるんです」
「ゲームお邪魔。家、ゲームの入った段ボールだらけ。段ボールハウス」
「チカ。日本語がおかしくなってるわよ。気を付けなさい」
首をかしげるチカ丸。ここ数日ですっかり先輩気取りだな、ふーみんは。
「沢山のダンボールに収められたゲームの数々かぁ。ママさんが集めた珠玉の一品なんだろうね」
チカ丸が首を振る。
「ママのじゃない。ボスに送るためのモノ。バーバが日本で買い集めてる」
「なにっ⁉」
アタシは驚いて椅子から立ちあがった。そのまま崩れ落ちそうになるのを、テーブルへ両手をついて体を支える。
「まさか、こんな身近で日本のお宝が海外流出しているなんて・・・・・・」
「なんでそんなに驚いてるのよ。そりゃあ、アンタにとってはお宝だろうけど、」
ふーみんが、いつものが始まったな?みたいに言ってくる。けど、そうじゃない!本当にアタシにとっては大ごとなんだ!
「ふーみんは知らないだろうけど今、日本のレトロゲームが外国人に買い占められてるんだよ」
「そうなの?」
あっさりした反応が返ってきた。オタクじゃない彼女にとっては事の重大さが分かっていないのだ。




