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ヒメが耳を真っ赤にしているので(今日はこれくらいにしておいてあげるか)と、アタシは席に座り直した。
「そういえば、このイラストはどうしたの?気になってたんだけど、」
スマホに小説を出し、その表紙を指さす。
「あ、・・・・・・それは、」ヒメの目が泳いだ。
「もしかして、どこかから拾ってきちゃった?ダメだよ。著作権関連はしっかりクリアにしておかないと」
「いえ。その点は大丈夫です」
「じゃあ、自分で描いたとか?」
女の子が描かれたそのイラストは、素人が描いたにしては全体のバランスが取れている。けど、慣れた人が描いているんだろうという印象なだけで、そこまで上手とは言えない。
「えっと、」
ヒメの視線が横にずれる。
「あぁ、さてはAIだな?このところのAIイラストの進歩は目覚ましいよね。けどアレも著作権の問題がクリアとは言えないから、まだ様子見かな」
「いえ、そうじゃなく」
ヒメの目線がまた横を向く。どうやらその視線はチカ丸に向いている様だ。
「もしかしてチカ丸が描いたの?」
彼女が顔を横に向け言う。
「美濃のせいでバレタ」
「先輩はもの凄くカンが鋭いので隠し事なんて出来ませんよ」
「本当にチカ丸が描いてるの?」
彼女が首を振る。
「ママが描いた」
「先輩!千鹿さんのお母さんすごいんですよ」
チカ丸が自分のスマホを取り出し操作すると、その画面を見せてきた。
「ママ、イラストレーター」
そこに映しだされていたのはヒメの小説の表紙に使われているものとは似ていない繊細なイラストだった。明らかにプロが描いているというのが分かる。
「ちょっと、待って!」
しかもそのイラストには見覚えがあった。
「いや、だってコレもの凄く有名な人のイラストだよ⁉」
「ママ、有名人。絶対ヒミツ」
チカ丸が口の端をニヤリと上げる。どうやら冗談ではなく本当の様だ。ヒメも頷いている。
「本当に⁉この人、神絵師だよ?アタシが生まれる前くらいに小説やゲームのキャラデザに引っ張りだこだったんだから。最近は活動してないみたいだけど」
チカ丸が首を振る。
「ママ、神さまじゃない」
「いややいやいや、神絵師だよ。」
彼女はなおも首を振る。
「ママ、有名人。でも神様じゃない」
(あーぁ、そういう意味か)
アタシは察して、言い直した。
「じゃあ、スーパー絵師」
ニヤリと口の端が上がる。
「イイ。ママも金髪」
改めて2つのイラストを見比べてみた。
「いやー、でもやっぱり信じられないんだけど。十何年ぶりにまた描き始めたって事?昔の絵とは随分違うじゃん」
ヒメの表紙の方は、娘の友達だからしょうがなく片手間で描いてあげたのだとしても、昔の繊細なタッチは失われてしまっている。
「ママ、アナログで描いてた。今、デジタル練習してる」
「はー、なるほどね。いくら絵が上手でもデジタルには慣れが必要って事か」
「先輩、千鹿さんのお母さんの話がまた、おもしろいんですよ」
ヒメが小さな手帳を取り出し、めくり始めた。この前もパイセンの名前を記帳していたようだし、どうやらそれは小説のネタ帳として使っているらしい。
「話しても?」ヒメが同意を求める。
チカ丸は首を縦に振らなかったが「ここだけ」と言ってニヤリとした。本当は母親に止められているのかもしれないけど彼女自身、自慢したくてしょうがないのだろう。
ヒメが嬉しそうに喋り出した。
「先輩がさっき言ったように千鹿さんのお母さんは人気のイラストレーターだったそうです。同人誌の即売会でも壁に配置されるサークルだったようですね」
「壁サーか。当然だろうね」
「かべさーって、なによ」ふーみんがためらいがちに聞いてきた。
「検索してみればいいのに」
「もうイヤよ。ヘンなのがでてくるから」
「やれやれ。壁サーっていうのは、同人誌を売ったりするイベント会場で壁際に配置されるサークルの事だよ。人気の絵師や漫画家が所属するサークルは行列になりやすいから、混雑緩和の為に壁際に配置されるんだ。壁際にスペースを割り振られるっていうのは人気サークルの証なんだよ」
「へー、」




